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『折角、太陽を見なかった日に2』ー4 [自作原稿抜粋]

 それは突然訪れる。
 相手からアプローチがあるか、こちらが迂闊にもドライブに誘ったりなどしてしまうかだ。強烈に、「好き」とは意識していないほんの一瞬にそれは起こる。「好き」という感情がつよいときは、お茶にすら誘うひと言が言えない。
 サービスカウンターに遠い方の入口からはいる。
 きゅうりや芋が、すぐに目にはいる。
 スーパーの陳列というのはどこも配置が似かよっているなとつくづく思う。
 ノートと普通紙と万年筆のインクカートリッジと、カレーのルーとスパゲティーの麺を買った。
 セルフレジの順を待っていると例のアナウンスが鳴った。
 ーーー業務連絡いたします。従業員のナカジマさんは、Aコーナーに来てください。
 おれがこの店にはいると百パーセントこのアナウンスがある。
 数年まえ、籠回収係の男のことで店に苦情を言って、それでもその男の態度が変わらなかったからブログに店の名とともに名指しで書いて吊しあげたのだった。
 その直後から、おれが店にはいるとこのアナウンスが流れるようになった。
 籠回収係の老いた男は、おれがセルフレジでばんこちゃんにクレジットカードの決済をしてもらっているときに、おれの横、一〇センチの処で籠をばたばたと回収していた。
 籠を回収しに来るとき、邪魔になっているだろうと思ってこちらが「済いません」と声をかけているのに、それにはまったく反応せず、ばたばたと回収していった。
 籠が大量に重なっていた訳ではない。早急にそこの籠を回収する必然性はなかったのに客のおれとの距離一〇センチの処でもの凄く大きな音を立てて籠を回収したのである。
 倉庫で仕事をしているならいいが、客に極端に接近しておいて大きな音を立てるとは店員失格である。
 その後も、その老人はおれの行く方行く方へと店内を動いた。
 若い美男に嫉妬しているのである。
 その後、老人は馘になり、今度は古川と中古品を仕入れてバザーで売るなどということを始めたらしく、友藤の店でおれが古川を含めてインターネットの使い方について喋っているときはいってきて、初対面だろうと思い込んでいるおれが、「友藤の店に散髪に来た客なら悪いな」と内心思って、「済みません」と席を避けたら、いきなり、「エエ若いモンが」とおれが仕事をしていないことを責めたので、その日、家に帰ってから、その老人が死ぬようにキリストに祈った。
 果たして祈りは本当に聞かれて去年の年末、その老人は死んだ。
 スーパー中嶋とは、そういう経緯がある。
 午後一時半にマンションに帰ってきて、遅い朝食としてレトルトのカレーをあたためて食べた。
 ガスコンロがあるのだが炒飯をつくるのさえ面倒くさく、インスタント食品や総菜で済ませることが多い。
 男五〇にもなって独身というのは、コーヒー一杯入れるのさえ面倒くさい。
 山下や古川は、「出会い」だ「結婚」だと騒いでいるが、もう流石に、俺たちの年代は結婚や再婚など諦めるときだろう。
 ネットでは質問投稿型掲示板などにも参加している。
 Facebookやtwitterもやっている。
 ブログへ読者を流入させるためなのだが、正直ネット上の交流は碌な思いをしない。
 ブロガー同士のつき合いは決して嫌な気分にはならないのだが、ソーシャル・コミュニケーションというのは顔の見えない相手の場合、つまらぬ次元で噛みついてきたりする。
 質問投稿型掲示板に、セックス恐怖症の妻を持つ夫から、それが原因で他の女性との不倫の関係になってしまったという打ち明けと相談があった。
 おれは、奥さんのセックス恐怖症を治すことが先決だという回答をしたのだが、おれの後で次々に書き込まれる回答は不倫に走ってしまった質問者を責めるものばかりがつづいた。それも、かなりきつい語調で責めるのだ。
 男なら、一度や二度不倫をしてしまうことなどよくある話だし、それもお互い合意の上での関係なら何も他人が責める必要もないと思う。
 恐らく一度もセックスをしたことがない若年の引きこもりやニートが、他人が気持ちよくなることをしているのが許せないのだろう。 質問投稿型掲示板にかかわるのも良し悪しだ。
 当分かかわらないことにしてコーヒーを入れた。
 大きな窓は閉めて他の窓は半分カーテンを引いている。
 電気スタンドの灯りだけに煙草の煙が白く映えている。
 先月チャットで知りあった小説を上梓している十川さんに会ったが、来月も今度はおれがブログをはじめてからずっとコメントを書き込んでくれる東京のシステムエンジニアをしているブロガーと会ってこようと思っている。
 お互いに旅費が嵩むので、名古屋あたりで会おうという話になっている。
 バスや新幹線の車中で考想伝播が出ると非常につらいのだ。そこで行き帰りは車を使おうと思っている。Zならカーナビが有るから楽だ。
 自動車評論家の徳大寺有恒などは、ひと晩で大阪から東京まで走ってしまうらしい。それ程、疲労しないという。おれも頭痛や考想伝播さえなければ何ともないのだが。
 肌着がみぢかくなったので、肌着を含むその他ズボンやトップスなども買いに、二軒の店へ行った。
 肥ってしまったのだ。
 肥ったことによって躯の表面積が増えて、シャツが短くなった。
 しまむらで肌着とトップスを買った。
 その後、大型複合商業店に行き、カジュアルのズボンとベルトを買った。
 九十七センチで丁度という腹まわりになっていた。
 応対してくれた女は好い女だった。
 歳こそ行って肌の艶がなく多少の皺もはっきり分かる顔だったが、若い頃は随分美人だったろうと想像に難くない弥生人的な凹凸のすくないすっきりした顔をしていた。
「たしかめてみられましたか」
 と女はおれがベルトを会計に持っていくと言った。
 無段階式のベルトで何故そんなことを言うのだろうと怪訝に思ったが、女の説明で納得がいった。

 最長の長さが三種類あり、おれは九十五センチでは何とか留められるぎりぎりになるのだった。
「留められても、あまりチンチクリンでは格好わるいですし……」
 女の言う通りだった。
 百センチのコシノ姉妹の一人がデザインした物に変えた。
「ごっついやろ? これ、ラーメンがはいっとるねん」
 冗談まじりに言ったが、女はすぐには反応しなかった。
 しばらく経ってから、
「お好きなんですねェ」
 と微笑して返した。
 ジリ貧ではあるが、生業に時間から時間までという拘束をされない生活。
 これが良いのだと思う。
 満月を過ぎて、月は欠ける方向へ変化する日々になった。
 マンションにしては、横にも下にも気を遣わなくてよい。
 余分な音はまったくない。
 昼間、高い位置の窓を開けていると、ときどき幼児の叫ぶ声や赤ん坊の泣き声が微かに聞こえることはあったが、ごく短い時間だった。
 大きな嵌め殺しの窓を手前の引き戸を開けて見えるようにすると、夕方には交差点に決まって婦人警官が立っているのが見えた。
 時間帯によって種々の人々が下の通りを行き交った。
 夕にはブレザーを着た男女の高校生が自転車で通った。
 看板車のワゴン車、佐川急便のトラック。郵便配達の赤い百十シーシーのバイク。高齢運転者のマークをつけた軽乗用車。
 徹夜して朝七時頃通りを見ると、決まって中国人の出稼ぎの若い女工たちが自転車で群れてさっぱり分からない言葉を大声で交わしながら通りすぎていった。その声ですら小さくしか聞こえなかった。
 おれは馬鹿らしい実験をはじめた。
 大型商業施設内の紳士服売り場の五〇丁度くらいに見える女店員が、おれに惚れるように相手の意識におれの好印象を刷り込んで、どこで、どれ位で相手がたまらずこちらにアプローチしてくるかを観察することにした。
 一日おきに店に顔を出し、三回に一度安いカジュアルの服を買っていった。服を買わない日は、偶然通りかかったようなふりをして五メートルくらい離れて相手と一瞬だけ目を合わせるという作戦を遂行した。

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