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『中江警察』8 [自作原稿抜粋]

 七時になったので、フロントの交代要員に会った。

 写真を見せる。

「ああ、この方なら泊まっていらっしゃいます。405号室です」

「チェックアウトしてませんよね?」

「ええ、まだです」

「一緒に、来てもらえますか」

 合い鍵を持ったフロントマンと宮下との三人で405号に向かう。

 念のためと思ったのだろう。宮下はエレベータに乗らずに一階の奥へと走っていった。

非常階段から挟むつもりなのだ。

 405のドアノブには、ドント・ディスターブの札がかかっていた。

 フロントマンが鍵を開ける。

 本條を先頭に踏み込む。

 ベッドのシーツはよれて、夜着がしわくちゃに放置されていた。

 テレビの横のナイトテーブルの上には飲みかけのビールの缶と液体ののこったコップが

あった。

 宮下がユニットバスを、本條がクローゼットを確認する。

「畜生、遅かったかー」

 宮下が嘆言を吐く。

 もう捜すのは無理に思えた。

 本條と宮下は、中江署へと引きあげた。

 宮下が持ってかえった指紋と、スコラマンションの屋上のドアノブから検出した指紋が

一致した。

 桜井刑事部長が、写真つきで内藤智之の指名手配を全国にかけた。京都府警には捜査協

力を依頼した。

 内藤が見つかるまでは、本條と宮下は他の事件の捜査にあたった。

 松村愛刑事が、本條と宮下にお茶を出してくれる。

 全国的に、女子にお茶汲みをさせない風潮になって、中江署でもそれに倣ったのだが、

松村は、気が向いたときだけだが自らお茶を出す役をやる。

 本條が宮下に目くばせする。

 スーツの下のワイシャツがはちきれんばかりの胸で、松村は宮下のデスクに向きあって、

今、お茶を置いているところだ。

「ま、松村さん。今晩、食事でも一緒にどうです?」

「えっ?」

 桜井刑事部長が、端のデスクで咳払いをする。

「いえ、。何でもないです」

(せっかくなのに、よう言わんか。押しの弱いやっちゃなァ)

 本條は、心中でひとりごちた。

 スナックのホステスが、何者かに殺された事件。幼女が連れ去られ、いたずらされたあ

と殺された事件。中江組のナンバー2が居酒屋で拳銃で撃たれて殺された事件。

 捜査進行中の事件は、いくつもあった。

 中江組の幹部が殺された事件については、捜査四課と合同で捜査している。

 暴力団抗争が減っていたので、この事件を機に捜査四課は息を吹きかえして盛りあがっ

ている。

 年が変わり、二月にもなった。

 内藤智之が京都で捕まり、中江署へ護送された。

 山下刑事と本條が、交替で取り調べをすることになった。

 山下は、まず犯行を自供させた。

「お前が、黒岩哲男を突き落としたんだな」

「はあ? 何のことでしょう」

「ふざけるな! 証拠は上がっている。スコラマンションの屋上のドアノブから、お前の

指紋。さらに、黒岩の遺書にも、黒岩の指紋がなくて、お前の指紋だけが出た。目撃者も

いる」

 山下は、つばを飲みこんでつづける。

「お前が、やったんだな!?」

「はい。私が殺しました。でも、あれはーー」

「よし、分かった。どうやってスコラマンションにはいったのか、黒岩をどうやって呼び

出したのか、そこから順を追って話せ」

【未完のため、ここで打ち切りです】


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『中江警察』7 [自作原稿抜粋]

 内藤智之は、ホテルの一室でバカルディーというラム酒を飲んでいた。

 何で、あんな愚かなことをしたのだろう、と後悔からこのところ毎日酒浸りになってい

た。

(おれは、悪くないのだ)

 内藤は自身に言いきかせる。

 ーーーアンタ、浮気してるだろう。証拠の写真を持っている。奥さんにバレたくなかっ

たら、今すぐ、そのマンションの屋上に来い。

 我ながら、よく思いついた嘘だなと内藤は回想する。

 いや、しかし、おれは脅迫されたのだ。おれは加害者だが、本当に悪いのはアイツなの

だ。

 たしか殺人教唆という罪がある。だから、おれの罪はそんなに重くならないだろう。

 いや、第一、金はある。

 もう地元にもどらなきゃいいだけだ。

 内藤は自身を納得させる。

(ああ、どうせなら、女と飲みたい)

 内藤は、部屋を出て、最上階のラウンジに向かった。

 宮下は、内藤の顔を思いだしながら飲んでいた。

 内藤の弟に、最近の写真を借りた本條さんがカラーコピーを持たせてくれた。思想家を

思わせるような広い額には、うっすらと横皺がはいり、眉の内側のうえにそれが僅かに寄

ったことを示す隆起がある。

 四角い顎と鼻腔が下を向いたまっすぐな鼻梁。頭髪は剛毛だが左右に綺麗にながれてい

る。薬でぼやけているが思慮深い瞳は横にながい台形の白縁眼鏡からまっすぐにこちらを

見ている。

「宮下くん」

 と小声で本條が言って奥の席に目くばせした。

 内藤が、両手に華で飲んでいた。

 本條と宮下は、奥の席へ近づく。

 内藤が目を上げる。

「内藤さんですよね」

 そう言って本條は身分証を見せてから、

「黒岩さんの死について、お訊きしたいことがあるんですが」

 と切りだした。

 内藤の目が泳いでいる。

「ああ、あの自殺した黒岩さんね。……とりあえず、外で話しましょう。お勘定いくら?」

 内藤は支払いを済ませた。

 同時に宮下も勘定を払った。

 店を出たホテルの廊下で話す。

「黒岩さん、自殺じゃないようなんです」

「そうですか。それは何故」

「遺書があったんですが、それには黒岩さんの指紋はまったくついてなくて、別人の指紋

がついてたんです。それに、その遺書、一太郎で書かれたものらしくて。……黒岩さんは

ワードしかお使いにならなかったようですし」

「そいで、僕が容疑者っちゅうことですか。僕が突き落としたとでも?」

「いえ、念のために伺ってるんです。すみませんが指紋をとらせて頂けませんか」

 宮下にはラウンジのなかの内藤が飲んでいたグラスから、今指紋をとってもらっている。

 本條が指紋採取用のフィルムを出しかけた途端に内藤は踵をかえして急ピッチで走りだ

した。

 廊下の端へ走る内藤には追いつけなかった。

 廊下の端は非常階段につながっている。

 指紋を採取した宮下と合流し、フロントに行き、内藤智之という人物が宿泊してないか

を訊いたが、存在しなかった。

 偽名で泊まったのだろう。

 まだホテルの一室に居るだろうが、打つ手がなかった。

「やられましたねェ」

 部屋に戻ってきて第一声、宮下がそう言う。

 本條は、しばしミニバーのビールを出して飲んでいたが、あることを思いだしてそのま

まフロントに向かった。

 宮下も、すぐ後を追う。

「この顔の人、お客に居ませんか」

 内藤の写真を見せる。

「いえ、わかりませんねェ。……ただ、フロントは二組で交替勤務してますので、反対番

の者が知ってるかもしれません」

「交替は、何時です?」

「朝の七時です」

 待つしかなかった。

 それまでに逃げられてしまうのを避けるには、出口を見張ることだが、正面玄関と裏口

と非常階段からの出口も二つあるので、そのすべてを同時に見張ることはできない。

 宮下に裏口を見張らせ、本條は部屋から正面玄関を見下ろす形で見張ることにした。

 動きがあれば、すぐに携帯で連絡をとりあう。

 雨が降りかけた。

 本條は、ビールを飲みつづけた。

 二時半ごろ、一人が正面玄関から出てゆくのが見えた。

 本條は、署から持ってきている双眼鏡をかまえた。

 小柄な背広にコートを羽織った男だった。内藤ではなかった。


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『中江警察』6 [自作原稿抜粋]

 宮下はシャワーを浴びる。

 シャンプーを汲んで頭につけ、左手で泡立て両手でひとしきり頭皮をかき、右手でシャ

ワーのノズルを持ちすすいでいく。

 十年巡査をやってきた。

 二年まえ念願の昇進試験に合格し、中江署の刑事となった。

 本條も叩きあげだと聞いている。

 そろそろ身を固めたほうがいいんだろうか。そんなことを考えながら今度は身体を洗っ

た。

 浴槽に湯をはり浸かった。

 宮下は或ることに気づいた。

「本條さん、内藤のマンションに行って、指紋とればいいじゃないですか」

 ざっくりとしか拭いていない丸裸のままユニットを出て宮下は言う。

「それは分かってますよ。……でも肝腎は、彼の自供でしょう」

「ああ、そうか。指紋は後でとっても同じですね」

 そうは言ったものの、やはり犯人を特定してから自供、という段取りのほうが、余分な

遠回りをしなくてもいいのではないか、と宮下は思った。

 余程、本條さんには、内藤が犯人という確信があるのだろう、と思った。

「当分、京都に潜伏します」

 風呂あがりの宮下の耳に、本条の電話の声が聞こえた。

「君も、一杯どうです」

 ケイタイを置いた本條は、冷蔵庫から缶ビールを出す。

「僕は、まだいいですよ。五時になってからで」

「宮下くん、結婚は、しないのですか」

「唐突ですねェ」

「人が孤りで居るのは、あまり好ましくありません」

「そりゃあ、分かってるんですけどね。本條さん、誰か紹介してくれませんか」

「宮下くんなら、彼女ぐらい居そうに見えますが」

「それが、からきし駄目なんですよ。女性に声をかけるとか。おれ」

「草食系ですか」

「いえ、草食系ではないです」

「ウチの松村刑事なんか、どうです?」

「いえ」と言って鼻で息を吐いてから、「恐いですよ。彼女はトゲがある。とりつく島な

んてないじゃないですか」

 本條は宮下用に出していた缶のプルタブを立て呷る。

「宮下くん、人間なんて、ひと皮剥けば誰でも同じようなものですよ。案外、彼女もツン

デレかもしれません」

「本條さんは、子供は創られないんですか」

「宮下くん、もう僕は五〇ですよ。美津子も四十三だし、今からでは無理ですよ。昔は不

妊治療にもかよったんですが、結局駄目でした」

「そうだったんですか。すいません。余分なこと訊いちゃって」

「いや、それはいいんです。ともかく子供はさておき、結婚はした方がいいですよ」

 本條は、つまみのミックスナッツをばりぼり食う。

「押したらいいんです。身近な相手のほうが、よく分かってていいでしょう」

「本條さんは、今の奥さんとはどこで知りあわれたんです?」

「文学サークルの学習会です。神戸でありました。妻は、講師として来ていました」

「ええ? 本條さんも小説か何か書かれるんですか」

「ええ、文学ですよ」

「推理物かと思いましたよ」

「推理物は馬鹿げています。誰が殺されて、誰が犯人なのかは、事件の当事者にとって大

事なことですが、第三者にとってはどうでもいいことです」

 服を着た宮下は、腕時計をみた。

「やっと五時になりました」

「宮下くん、どうします。レストランにでも行きますか。それともさきに飲みますか」

 食事はまだいいと宮下が言うので、最上階のラウンジに行った。

「お仕事、何をされてるんですか」

 とホステスが訊いてくる。

「公務員です」

 と本條が答える。

「公務員といっても、色々あるでしょ。学校の先生? それとも」

「市役所です」

「あら、市役所にしちゃあ、時間が早いですねェ。まだ五時になったばかりだし」

「出張なんですよ。僕ら。兵庫から来てます」

 宮下が機転を利かせた。

 何組か客がはいってきた。

 科をつくる女が横についている。余分なしなだれは要らない。本條はそう思う。色気を

ふりまくよりもはきはき話す女のほうがよい。宝塚出身の天海祐希のような女のほうがよ

い。

 酒が、昔ほど飲めなくなった。

 生き甲斐といえば仕事だが、捜査と捕り物をやる使命感や達成感も若い頃に比べれば大

きな喜びではなくなった。

 室井のように生きられたら、どんなにいいことだろうか。

 収入や社会的立場がなくても、毎日作品をつくっていく喜びがある。

「本條さん、すすんでないじゃないですか」

 自分についたホステスと意気投合して興が乗った宮下がそう言う。

「歌でも歌ったらどうです」

 同意して、「歌って、歌って」とホステス二人が促す。

「いや、もう一寸あとで」

 何が歌だ。

 場がにぎやかになるだけで、誰も他人の歌を真剣に聴くという姿勢がない。

 それよりは、男女で話したほうがよい。


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『中江警察』5 [自作原稿抜粋]

 桜井刑事部長に呼ばれた。

 桜井刑事部長は、何か言いたいことを我慢している風であったが、結論として黒岩の死

の事件の真相をさらに追ってくれと言った。

 宮下と二人、京都に飛んだ。

「大分、寒いですねェ」

 同志社大学今出川キャンパスの外の道を歩く。

 小型の自動二輪が多い。

 バスが交通の流れのスピードをつくっている。

 緑のバス。オレンジ色のタクシー。

 吐く息が白い。

 晴れているが、空は多少翳みをかぶったようだった。かといって、PM2・5の影響を

受けているということはなさそうだった。

 こちらへ来るまえの朝に、内藤の弟のケイタイへ電話し、内藤智之が学生時代に住んで

いた下宿の住所を聞いてきた。

 三十分ほど今出川キャンパスの周りを歩いたあと、内藤自身バイクで十分かけて通学し

ていたという下宿跡に向かった。

 タクシーを降りるとそこは、モデルハウスが建ちならぶ閑静だが近代的なところだった。

 住所のその場所にも近代的な一軒家が建っていて、しかも当時の大家とは違う名前がア

ルファベットの表札にあった。

 もう下宿はしていないだろう。

「この附近のホテル、当たってみますか」

 と宮下。

「おれも、そう考えてた」

 本條はそう言って、近くに見える派出所のほうに歩きだした。

 警官に身分証を見せて、この附近で一番近いホテルと二番目に近いホテルを訊く。

「そりゃあ、ドーミーインでしょうねェ。二番目は近鉄ですね」

 恰幅のいい巡査から、それらのホテルの住所と電話番号を書いたメモをもらった。

 タクシーでドーミーインに向かった。

「ツインで、今日泊まれないでしょうか」

「申し訳ございません。本日、満室でございまして」

 身分証を見せる。

「実は、或る事件の捜査なんですよ」

 フロントマンが唾を飲みこんでいるのが分かった。

「そういう事なら、分かりました。712号室です」

 と言ってカードキーを出してくれた。

 部屋につく。

「宮下くん、シャワーでも浴びてゆっくりしたらいいよ」

 夕方四時だった。

 本條は冷蔵庫からビールを出して呷った。

 遊んでいるのか仕事をしているのかの境がはっきりしない。本條には同行していてひや

ひやさせられる場面も多いが、結果は必ず出す。宮下は、そういう本條に一目置いていた。

「居るんですかねェ」

「必ず居ますよ。この近くに」

 本條はそう言ってふたたびビールを呷り、カーテン越しに外を見た。

 京都タワーが眼前にあった。


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『中江警察』4 [自作原稿抜粋]

 五時すぎに、もう一度室井の家に行った。

 母親は、起きている、と言ったので、「失礼します」と上がりこんだ。

 室井は奥の部屋で、動画ニュースを見ながらビールを飲んでいた。

「アンタら、誰?」

「中江署の者です。黒岩哲男さんが、お亡くなりになったのはご存知ですよねェ」

「エエ? 黒岩さん、死んだん? いや最近見かけへんなァとは思いよったんやけど」

「図書館で、よく、お会いになるんでしたよねェ」

「いや、それが最近、全敷地禁煙になったでしょ。それ以来タムロする場所がないから、

出会うタイミングがなくなって」

「自殺だったんですが……」

「エエ? 自殺? 自殺はしないでしょ。あの、のほほんとした黒岩さんが」

「ええ、それで、他殺の可能性も出てきたんですよ。捜査に協力してもらえますか」

「はい」

「先月、二十九日の夜は、どこに居られました?」

「ずっと家ですが」

「それを証明できる方は」

「家族くらいですが」

「そうですか。……室井さん、指紋とらせてもらっていいですか」

「はい。別に構いませんけど」

「ここに手の平を押しつけてください」

 宮下がそう言って指紋採取用のセロハンを室井のまえの座卓に置く。

 室井が押すと宮下はすぐに接着剤のついたフィルムをパウチした。

「内藤さんとも、よく会われるのですか」

 本條が訊く。

「ああ、でも最近連絡がとれなくて」

 室井という男は、統合失調症のため無職で投稿生活らしいが、意志的な風貌をしていた。

筋のとおらないことは許さない正義感の目の光があった。

「室井さん、我々はこれでおいとましますが、最後に一つ、……黒岩さんが仕事をしてな

かったこと、とくに、貴方や内藤さんのように病気があるわけでもないのに働いていない

ことについては思うところはありますか」

「ああ、それね。腹が立ってましたよ。彼はいつも常人離れした知識をひけらかす。しか

も健康なのに勤労の義務を果たさないで毎日パチンコなんかに行っている。あれは、武士

の風上にも置けない男ですよ」

「許せませんでしたか。殺してしまいたいほど」

「そうですね。法律がなかったら、とっくに殺してるでしょうねェ」

「有り難うございました」

 署にかえった。

 日報を書いているところへ、山下がにじり寄ってきた。

「本条、目撃者が出たよ」

 スコラマンションの屋上で、黒岩ともう一人の男がもみ合っているのを見た住人がいた

らしい。

 もう一人の奴は、男で、もみ合いの後一人で目撃者の脇を抜けて階段のあるドアを開け

て出ていったらしいが、目撃者は暗くて男の顔をはっきりとは見ていない。百七十五セン

チぐらいの中肉中背の男だったそうだ。

「その目撃者が、黒岩の死体の第一発見者ですか」

「いや、そうではない。暗くて黒岩が突き落とされたのも分からなかったらしい。だが、

後から考えると、二人の男がもみ合っていたということは、黒岩は、その男に突き落とさ

れたんだろうなァ」

「目撃者は、どうしてそんな時間に屋上に?」

「洗濯物を干しに、だそうだ」

 目撃者の男は十二時間交替の昼勤と夜勤を一週間ごとに変える工場勤めに行っているら

しい。スコラマンションの屋上は、一応住人の誰がつかってもいい洗濯物干し場になって

いる。その日昼勤のはじまりだった彼は、珍しく午前二時に目覚めたので夜のうちから昼

にかけて干しっぱなしにしておこうと考えた。

「あらら? たしか、雨が降ってましたね」

「そうだ。だから屋上へ出てから干すのを止めてる」

 鑑識課からかえった宮下と合流し、本條と宮下は七時にその日の仕事を上がった。

 二人で推理をすすめる必要があると思ったので、本條は宮下を飲みに誘った。

 バイク通勤の宮下は、署にバイクを置いて、本條の車に乗った。

 別府港の海の見える居酒屋だった。

「室井が黒岩を突き落としたと考えてますか」

「いえ」

「だって、室井は黒岩を殺したいぐらいに思ってたって言ってましたよ」

「それなら、どうして逃げません?」

「そうですよね。たしかに。……いや、完全犯罪の自信があるのかも知れませんよ」

「いえ、ちがいますねェ。山下刑事の話だと、黒岩さんと揉みあってたのは身長百七十五

センチくらいの男だったとか。室井が当てはまりますか」

 宮下は一瞬目を大きくした。

「そうでしたか。いや、室井は大男でしたねェ。百八十五センチはあるんじゃないでしょ

うか」

 本條は、砂肝を食う。

 宮下は、一杯目のビールをぐいと呷ってから煙草に火をつける。

「じゃあ、本條さんは、誰が黒岩を突きおとしたと?」

「内藤です」

「内藤に動機なんて有りますかね」

「わかりません。……ただ、我々は内藤のことを知らなすぎる」

 宮下のケイタイが鳴って宮下がすぐに出た。

 宮下は、二回相づちを打って、「ご苦労さまでした」と言って通話を終えた。

「指紋、室井じゃないそうです」

「やっぱりねェ」

 内藤智之、彼はいま、どこに居るのだろう。

 本條は、宮下を「泊まっていけ」と自宅に誘った。

 妻の美津子は出版社の仕事からかえっていた。

 オードブルを作っていてくれたので、三人でそれを摘みながら酒を飲む。

「室井という男、調べてみたけどそんなに売れてないね。筆名は室井純一というらしい。

受賞作を出したあと、何も出してない」

「そういう人も多いわ。多分、その人、投稿生活に戻っちゃってるわね」

「へーえ、一度プロになっても、そうなっちゃうことってあるんですねェ」

 捜査中の内容は、本来は家族にも話してはならないが、美津子だと心配ない。

「内藤は、どこに居るんですかねェ」

「恐らく、京都でしょうね」

「考えてみれば、三人とも仕事をしてませんね。室井と内藤は精神疾患らしいですが」

「黒岩にも、何かが過去に有ったのでしょうね」

 美津子のつくったシチューを食べ、三人で交替に風呂にはいってから寝た。


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『中江警察』3 [自作原稿抜粋]

 遺書は、活字の印刷だった。

 ーーー俺は疲れた。育子、秋、雄大、父さんを許してくれ。

 それだけだった。

 だが、鑑識から意外な結果が上がってきた。

 封筒にも、本編のA4の普通紙にも、黒岩哲男の指紋は検出されず、家族のものでもな

い第三者の指紋だけが検出されたのだ。

 しかも、印刷されている字体と文書レイアウトから、それが黒岩がつかっていた二台の

パソコンのwordのものではなく、一太郎をつかって作成されたものであることが判明し

たのだ。

「最近、ご主人に、何か変わった様子はなかったですか」

「いえ、いつも通りでした。あの日も朝から『図書館に行く』と言っていました。夕方に

は、パチンコで勝ったと言って子供たちに唐揚げを買ってきました。最近出来た、あの『舷

喜屋』の唐揚げです」

「ご主人は、よくパチンコをされるのですか」

 本條がそう訊く。

「ええ」

「強いんですか。ひょっとして、それで生計を立てられるほど?」

「ええ、負けることもあるんですが、トータルで毎月二十万ほどは勝ってます。私が、あ

まり『就職してくれ』と言わないのも、そういう事情からです」

「図書館というのは?」

「中江市図書館です」

 他にも捜査中の案件はあったが、本條と宮下は、桜井刑事部長にもうながされて、この

事件をもうすこし探ることにした。

 或いは、自殺に見せかけた他殺かもしれない。

 何よりも、遺書から黒岩本人の指紋が出なかったことは、その可能性を大きく示唆して

いる。

 翌日から本條と宮下は同一シフトになった。桜井刑事部長のはからいである。

 二人で一緒に職員食堂で昼食をとった。

 肩幅のある宮下は緑のジャンパーを着ている。太い腕でカツ丼をかき込んでいる。

 署内は、「省エネ」ですこし寒い。

 今年は、早く寒くなった。

 本條はほとんど食べおわりかけていたA定食の箸を止めた。

 ケイタイが鳴ったからである。

 鑑識課の中野からだった。

 本條は一言二言、首肯する言葉を言ってケイタイを切った。

「宮下くん。これは完全に他殺ということになってきたよ」

「どういうことですか」

「さきに食べてしまおう。それから指紋の照合だ」

 中野の話では、スコラマンションの屋上のドアノブから検出された指紋が、黒岩の遺書

についていた指紋と一致したそうである。

 前科者リストの指紋との照合をする。

 殺人、強盗、麻薬常習の前科者で、現在中江市在住の者、職場が中江市にある者。

 さらに兵庫県内でと広げるが、当たりをつけないととてもやってられない。

 宮下と二時間ほどやって、宮下も本條も音をあげた。

「ツルツルかも知れませんね」

 宮下が呟く。

 前科のない者ということだ。

「鑑識のコンピュータ、直ったら、そっちに任せるしかないな。……黒岩の交友関係を当

たろう」

 本條は、そう言ったがすぐには動かなかった。

「まずは、一服ですか」

 本條は窓を開け、煙草をくわえて火をつけた。

 禁煙の署内に於いて、その功績から桜井刑事部長のお墨付きを与えられた本條だけの喫

煙である。

 ワーゲン・ポロで動く。

 中江警察署には、ミニパトを含めて五台のパトカーがあるだけで、覆面パトカーは一台

しかない。それは他の班がつかっているので本條は自分の車を出すしかない。ガソリン代

は署から出るのだが。

(図書館って、黒岩の奥さんが言ってたな)

 中江図書館に行った。

 学校がやっている時間なので、人がすくない。老人たちも、グランドゴルフなどを集団

でやることはあっても単独で図書館には来ない。

 流石に新聞閲覧コーナーには、常連と思しき老人が二人ほどは居たが。

 カウンターの女に身分証を見せる。

 それを一瞥して、女は幾分身を固くしたようだった。肩までまっすぐな髪を伸ばしてい

る。端整な顔立ちだ。もう十年若ければ、男を落ちつかせなくするタイプだ。

「つかぬことをお尋ねしますが、ここへ、よく来られてた黒岩哲男さんて方、ご存知です

か」

「ああ、黒岩さんですね」

 何やら小説家の室井純一という男と仲がよかったと言う。

「その室井さんて人は、どこに住んでおられるか、ご存知ですか」

 すぐ近所の寺山の麓だというので行ってみた。

 母親らしき人が応対に出た。

 まだ寝ているらしい。

 二時である。

 仕方ないので、もう一人、黒岩と交流がふかかったという内藤智之の実家へ行った。

 だが、留守だった。

 当然だろう。皆が仕事に出ている時間だ。

 内藤は弟と二人暮らし、弟は中江総合病院の内科医だと分かった。

 病院に向かう間に、鑑識の中野からの電話を受ける。

 屋上のドアと遺書の指紋は、前科者とは一致しなかった。

 病院について総合案内で内藤医師に面会に来た刑事だと話した。

 内科のカンファレンスルームということで総合案内の女に誘導してもらった。

 内藤は、診察が終わっているからか白衣ではなく背広姿だった。

 中背で太りも痩せもしていない実直そうな男だったが、目は怒っていた。普段から目が

怒っているのか、それとも我々刑事がいきなり来訪したからなのかは、本條にも分からな

かった。

「中江署の本條といいます。実は、黒岩哲男さんという方が十月二十九日に亡くなられま

して、その黒岩さんと交友があったのが、貴方のお兄さんの内藤智之さんでして……お兄

さん、今、どこにおられます?」

「それは、その黒岩さんが亡くなったというのは、つまり、殺人事件なわけですか」

「いえ、まだはっきりはしませんが、自殺に見せかけた殺人の可能性が濃くなってきまし

てね」

 本條たちを迎えるときに立った内藤医師だったが、おもむろにテーブルに手をつき倦怠

そうに椅子にすわりこんだ。

 内藤は斜を向いて本條や宮下には目を合わせず、

「兄は居ません。居なくなりました。……丁度、先月二十九日の朝からです」

「ご実家に、一緒に住んでられるんですよね」

「まあ、そうなんですが、去年両親が亡くなってからはよく喧嘩になりまして、それで、

兄はマンションを借りて月のうち半分ほどは、そっちに行ってましたが、そこにも、もう

居ません」

「失踪、か、家出? 今までにもそういうことは有りましたか」

「いえ、今までには兄は、大学生だった時代を除いてまったく他所に出たことがありませ

ん。実は兄は三十を過ぎた頃から鬱病でして、とても遠いところで独り暮らしが出来るよ

うなモンじゃありません」

「最近、お兄さんに、変わった様子はありませんでしたか」

 宮下が、一番抑えておかなければならないことを訊く。

「さあ、わかりませんね。病気のせいでいつも考え事をしてるような状態でしたから、変

化があったとしても表に出ませんのでね」

「お兄さんは、今、いくらほどお金、持ってられます」

 今度は本條が訊く。

「去年、両親がつづいて亡くなったので、その遺産で一億を半分ずつにしましたから、銀

行には五千万弱のこってるでしょうねェ。それも一時は私が管理してたんですが、最近全

部自分で管理すると言いだしまして」

「お兄さんの行きそうな処、わかりますか」

「いえ。まあ行くとしたら大学時代の、京都ぐらいでしょうねェ」


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『中江警察』2 [自作原稿抜粋]

 事件性はないようだった。

 別府港が見わたせる部屋で、本條はモーニングコーヒーを飲んでいた。

 宮下刑事は昨日夜勤だったために非番で、コーヒーは松村愛刑事が淹れてくれた。

 人口二十二万のこの中江市は、今のところ束の間の安寧をたもっていた。

 ソファで新聞を読んでいる山下刑事に話しかける。

「事件性はなしですか」

「ああ、自殺ということだろう」

 さして目新しい記事の載っていない新聞を、山下は大きな音をたてて捲る。

「それにしても、動機は何です? 妻も子もいて、生活資金にも困ってない。色恋沙汰も

ないようですし」

「漠然とした不安、そんなもんだろう。本條くんには、そういう哲学的なことは分からん

だろうがねェ」

「それにしても、あの黒岩って男、どうして無職なんです?……病気や障害もないそうじ

ゃないですか」

 任意の事情聴取ということで、本條と山下が黒岩の妻に十時から取調室でいろいろと聞

いた。

 妻は普段、スーパーのレジ打ちのパートに行っているらしい。

 黒岩の実家は農家で、減反政策で宅地化した土地を売っての財産があったそうだ。その

金に頼りながら妻のパート収入とで無職でも生きのびてきたようだ。

 今、妻が行っているのとは別の大型スーパーに、昔、黒岩も後の黒岩の妻も務めていて、

そこで若くして結ばれたはいいが、黒岩は営業の仕事で一桁まちがえた大量の豚肉の買い

つけを行ってしまい、売れのこりが廃棄処分となり大赤字を出したことがあった。その自

責の念から一時鬱病になり自主退職してしまったそうだ。

 就業期間、四年である。


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『中江警察』1 [自作原稿抜粋]

 十月二十九日、火曜日の午前三時すぎに、本條は中江警察捜査一課宮下からの電話を受

けた。

 自殺らしいが他殺の線もあるという事案だった。

 現場はスコラマンション。

 男が飛びおりたらしい。

(この雨じゃ、証拠も流されるなァ)

 本條は、そう思いながらコートを羽織った。

 この時期にしては、台風でもないのにすこし強めの雨が降っていた。

 自宅一軒家の庭のワーゲン・ポロに乗りこむ本條の肩を、その雨が一瞬濡らせた。

 赤色灯が二重奏をかなでている。

 人だかりが出来ていた。

 鑑識が照明を焚いている。

 頭蓋骨陥没、無惨な死体だ。

 宮下と合流する。

「あそこから、らしいですよ。即死です」

 一回頭をよじって、宮下がビルの屋上を示した。

「そっちが大事だな」

 非常事態なので、玄関のオートロックははずされていた。

 二人して屋上に昇る。

 被害者のものと思われる革靴が、フェンスの手前にそろえられており、鉄の小さな文鎮

に押さえられて遺書と思しき封筒がその横にあった。

 害者、いや自殺者は黒岩哲男、五十三歳。無職。妻帯していて中学生の息子と大学生の

娘を持つ。このスコラマンションの最上階に住んでいたらしい。

 夜中なのに背広姿での飛びおり自殺ということは、やはり本人が自ら意図して死んだと

考えるのが妥当だろう。

「遺書は、鑑識にまわってからだろう。明日のことにするか」

「本條さん、家族への聞き込みですよ。すぐ下です。行きましょう」 流石に、宮下は抜

け目ない。

 黒岩の部屋の玄関の戸は開いていた。

 山下刑事が奥さんにいろいろと聞いているところだった。

「あとは明日以降」

 山下刑事ははいってきた本條と宮下に、手で退室を促した。

 三時四十分をすぎている。

 一度、ゆっくり睡眠をとってもらう方がよいだろう。

 検死、おそらく行政解剖もおこなわれるだろうから、害者と家族の対面も明日夕方以降

になる。


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