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『あいつのおかげで』ーーー11 [自作原稿抜粋]

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 山雨乃兎 近著

 『あいつのおかげで』11
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 月曜日、火曜日と、ドクダミラーメンは暇なまま時間が過ぎていった。

 水曜日も暇だった。

 店が終わると、テーブル席に促されて、おれとハツ子さんは須藤さんにビールを奢って

もらった。

 上に二間あるから泊まって帰ればいい、と須藤さんは言った。

「式は挙げへんのか」

「止して下さいよ。もう四十代半ばの二人なんですから」

 と、おれは照れながら応えた。

「そいでも、佐伯は再婚か知れんけど、ハツ子さんは初婚やろ。一生に一遍くらい文金高

島田が着たいんちゃうか。ああ、ウェディングドレスか。今は」

 須藤さんはどんな場面でもハツ子さんをさん付けで呼ぶ。

「別に、こだわってませんから」

 と、ハツ子さんは言った。

「佐伯、本人さん、こない言うとるけど、わかったれよ。女心いうのを」

 店長はそう冗談めかして言いながら、おれのコップにビールを注いだ。

 二階で寝つく頃、中型のバイクの中江市の国道を走りまわる音がうるさかった。

 おれはその音を、我慢しながら目を瞑った。

 雀の啼く声が聞こえていた。

 隣の部屋に須藤さんの姿はなかった。下で土間を重いものを引きずる音がして、壜から

何かを注いでい

る音がした。多分、一升瓶だろう。

 ハツ子さんも起きだしてきた。

 おれのケイタイが鳴った。

〈今泉やけど〉

「はい」

〈今日、十一時に集合な。前にも言うたけど〉

 腕時計を見る。八時二十分。

「はい。分かりました」

〈佐伯? 何かまずいのか、今? 出先?〉

「はい。大丈夫です」

〈可笑しな奴っちゃのう。ともかく頼むぞ〉

 はい、分かってます、と云って、おれは通話停止ボタンを押した。

「誰? 知り合い」

 ハツ子さんが髪を梳かしながら訊く。

「ああ、一寸な」

 階下に降りると陶器の甕のなかに醤油を調合している須藤さんと会った。

「お早う。これだけは企業秘密。お前にも教えられん」

 と、須藤さんは相好をくずす。

「真面目に働いてくれたの。これ給料の」

 と言って須藤さんは両手で封筒を差しだした。

「ありがとうございます。正直、僕で間に合ったのかどうか…」

「充分、充分。佐伯、真面目やし、これから何やっても大丈夫や。お前やったら」

 そう言われて、おれはこそばゆく感じたが同時に有り難く思った。

 ハツ子さんと一緒に従業員用の勝手口に向かう。

 振りかえるとそこは、幼い時分からの懐かしい空間のように感じた。

「それでは失礼します。須藤店長、お元気で」

「あいよ。……お前ら、これからデートか」

 笑いの息をこらえてオープン・ガレージまで歩く。

「おれ、歩いて帰るわ。今日、次の仕事の件で一寸、予定があんねん。また電話するか

ら」

 と、おれは言って、寂しそうな表情になりかけたハツ子さんの唇に自分の唇を合わせ

た。

 軽いキスだけのつもりだったのだが、唇がふれあいハツ子さんの息が頬にあたるとぎゅ

っと抱きついてしまった。それに誘発されたかのように彼女も、おれの腰に手をまわして

力を込める。

「すまん。仕事の件やから」

 おれはそう言って組みをほどいた。

「分かってる。じゃあ、また」

 ハツ子さんは、そう言ってセルシオのドアを解錠して運転席に乗った。

 おれは、情欲を抑えて背を向けて歩いた。

 一夜を同じところで過ごしながら、交情を交わさなかったのは初めてだった。

 今泉さんと久米島さんと山下君とおれは、今泉さんの家に集まった。

 久米島さんは赤い車で、山下君は自転車で、おれは歩いて集った。

 ワゴン車のペインティングはできていた。中華そばのマークも綺麗に修復されていた。

 おれたちは、今泉さんの奥さんの手料理を食べた。

「今日は、それぞれに五十玉、用意しとる。初日いうことで、その五十玉完売したら家に

戻ってくると」

 今泉さんが全員にそう言った。

 ビールは缶ビールを用意したらしい。

 ビールは客から訊かれるまで、用意していることを話さない方がいい、と今泉さんが言

った。

 それぞれの定価をいくらにしよう、とおれは今泉さんに訊いた。

「七百円」

 と今泉さんが言った。

「ええ? それは高すぎませんか」と、おれ。

「固定の店でも大体六百円やで」と山下君。

「客から苦情がでんのやないか」と、久米島さん。

 今泉さんは食後の煙草をふかしながら、

「屋台やから、それでええねん。祭りのテキ屋でも食いもんの値段は高いやろ。固定の店

より大量のロットが用意できんし、ガソリン代も車の維持費もかかって、その上、一台に二

人もついとんねんから、定価をそれ位にせな採算は合わへん。久米島さん。時間給一

人、七百五十円として一時間に何杯売ったら元とれる?」

 久米島さんは震える手でウィンストンライトを喫いながら、

「んー、ざっと三杯で千四百円やけど、コストのこと考えたら、その倍と診て四杯か…」

「おしいな。コストはガス代も含めて、一杯、三百円かかるんよ。利益、一杯あたり四百円

で四杯でかつかつやけど、消耗品の備品の買い換えやら、元々かかった車の改造費の

償却を考えると、絶対に一時間に五杯は売ってもらわなアカン。それが最低ラインや」

 おれは、奥さんが入れてくれたコーヒーをひと口飲んでそれを置いてから、

「今泉さん。旨いラーメンつくる自信はあんの」

 今泉さんは煙草を灰皿に押しつけながらおれを直視して目をまるめた。

「大丈夫。おれも大分練習した」

 今泉さんが用意したエプロンをつけて鐔の小さい野球帽のような帽子を全員がつけた。

胸許には、ジョウちゃん、と横書きのロゴが紫色でプリントされている。

 とりあえずは、おれと久米島さんの組が普通車のワゴンを使うことになった。

「ゆっくゆくは、夜泣きラーメンとして、夜もやる。今日は、五十玉完売したら帰ってきてく

れ。……夕方までに帰れるかな。佐伯」

 今泉さんは皮肉を混ぜて笑った。

 今泉さんから釣り銭用の小銭のはいった袋を預かった。

 午後一時二十分。ジョウちゃんラーメンの二台の車はスタートした。

 おれは助手席に久米島さんを乗せてギアをローに入れ、アクセルを踏んだ。

 おれは中江市の明石までつづくバイパス道路の北の終点から奥のただの国道となった

道を北東に向けて車を走らせた。

 今泉さんの車とは中江市の西側の国道の途中で分かれた。彼らはそのまま西畑町の

方へ向かったようだ。

 おれは国道から左にそれ、部落の田舎道にはいった。

 ーーーご家庭でご不要になったテレビ、パソコン、洗濯機などはございませんか。ひと

言、お声をかけてくだされば、こちらからとりに伺います。

 リサイクル回収業者の車の拡声器の声が遠くから聞こえる。

 おれたちも拡声器から、チャルメラのメロディーを流す。

 田舎道からそれぞれに少し距離をとった位置に一軒家が点在している。

 二階のアルミサッシの窓が開く音がして、主婦らしき人がこちらを覗きはじめる。

 車の往き違いのために少し道幅が広くなった道路の左に寄せて、おれは車を停めた。

 バックゲートを開き、ストレッチャー方式のテーブルをセッティングする。

 側面を包むように保温のための電気装置が鍋をつかんでいて、スープも茹で水も既に

八十五度で保温されている。

 久米島さんが底にセットされたガスコンロ二基に火を入れた。

 客はまだ一人も来ない。

「一個、試しづくりしましょうか」

 おれはそう言って久米島さんと目を合わせあった。

 茹で鍋の温度が上がってきた。

 蓋をとって煮たったのを確認するとトレーに用意された麺を一玉、ほぐしながら入れる。

細いストレート麺だ。手にかん水のぬるつきが移る。

 スープが沸騰したので火を弱火にする。

 インスタントの鶏ガラの溶液だが、匂いの湯気がたちのぼる。

 久米島さんが、鉢をテーブルに置く。手ががたつくので両手で鉢を置くのが精一杯だ。

 計量カップ型のお玉で、おれは醤油を入れ、ラードを入れる。

 鉢をテーブルに置いたまま、柄杓でスープを注ぐ。

 完全なラーメンの香りがただよいはじめた。

 おれは腕時計で、五分たったことを確認すると平笊で麺を掬った。

 焼き豚を切るのを忘れていた。

 今泉さんが用意してくれていたタッパーを開けると、本格的な焼き豚が二塊はいってい

た。

 まな板スペースがかなり高い位置にあるので焼き豚は切りにくかった。

 久米島さんがシナチクともやしとスライスされた卵と海苔を載せる。

 四十代の主婦と見える女が小学校高学年くらいの女の子を連れてやってきた。

「あの…、一杯、おいくらですの」

「七百円です」

「七百円……」

 主婦は少し逡巡したが、

「じゃあ、二つください」

 と言った。

「はい、二人前!」

 と、おれは言って、自分に景気をつける。

 久米島さんが丸いパイプ椅子を用意して主婦にテーブルを勧める。

 久米島さんが紙コップに給水器から水を汲んで左手で出す。

 大人しい女の子だ。

 小学校高学年ともなると女子が男子の身長を抜くころだな、とおれはふとそんなことを

考えた。かなり身長が高い。六十年代の主婦の身長といってもいい。

 四十代の主婦の方が、娘より少しだけ高いだけだ。

「佐伯、このラーメン、おれが食べていいか。今」

 何でそんなことを言いだすのだろう、と、おれは思ったが、

「いいですよ」

 と、久米島さんに勧めた。

 テーブルの親子からは遠い端におれは鉢を置く。

 久米島さんは立ったまま、おれの向かいでウインクした。

(男が男にウインクなんて、気持ちの悪い…)

 おれは一瞬そう感じたが、すぐにその意味を脳内で探しだした。

 車を挟んでおれの向かいに居た久米島さんは、左のスライドドアを開けエプロンを押し

込む。

 赤いフリースを着た百八十センチ、百十キロの巨漢だ。

 胡椒をふると、冷めて延びた麺を吸いこむ。

 震える右手で麺をはこぶ。

 すぼぼぼぼぼ。

「お母さん、美味しそうだねぇ」

「そうね、美味しそうね」

「もうすぐ出来ますからね。お客さん」

 杖をついた老人や学校をサボッたらしい若者や三、四十代の主婦たちが群がりはじめ

た。

「ああ旨かったわ。佐伯、おれの分払とくわな」

 スープまで飲みきった久米島さんは鉢の下に千円札を敷いた。

「ヘイ、お待ち」

 おれは親子づれのまえに鉢をならべる。

「ジョウちゃんラーメンか……一杯、いくら?」

「七百円です」

「じゃあ、おれ一つ」

「私も一つ」

「私も」

「おれらは二つ」

「はい、有り難うございます。はい、ラーメン五丁!」

 おれが景気をつける。

 久米島さんがエプロンをつけて戻る。椅子をならべ、水を出す。

 ワゴンは改造されてマフラーの排気口が車体の横にある。

「久米島さん。一旦エンジンかけて!」

 電圧が少し下がってきた。

 給水器の水の勢いが弱い。

「はい、了解!」

「久米島さん。それと、チャーシュー切って! 車のなかでは切りにくいから」

「あいよ」

「マスター、何でジョウちゃんラーメンいう名前なん」

 学校をサボッたかにみえる男子学生の二人組の一人が、おれの顔を見上げる。

 おれは麺の束を五つ、ほぐしながら鍋に落とす。

「ジョウちゃんのジョウというのがね、小父さんの友だちの名前の一字をとったものなんだ

よ」

 久米島さんの眼に寂しさの膜がかかる。

 おれはつづける。

「本條悟って言ってね。骨のある男だった。いつも何かの目標を定めてね。それに向かっ

て努力する男だった。ーー」

「だったって?」

「ん、そうか。小父さんの話しは過去形だね。……死んじゃったんだよ。本條君」

 午後の曇天に鳶が西園寺の山から舞う。田んぼの稲刈りはすみ、乾燥がすすんだ田の

稲の切り株が薄茶色く、遠くの山の松や杉のあいだに紅葉した楓や枯れた松の赤とは対

照的だ。片平川の上で低空で滑空している鳶が、斜め後方の下から羽根をばたつかせ

て自在に飛べる鴉に、胴体をつつかれて悲鳴をあげている。

「スーパーマンみたいな男だったよ」

 久米島さんが鉢をならべながら学生に言う。「ドラムが上手くて、ガソリンスタンドのサー

ビスマンで。トロンボーンもトランペットも上手くて、セールスの仕事もできる奴だった。作

曲もするし、死ぬまえは小説も書いていた」

「ふーん。そんな凄い人も居るんやなぁ。中江市の人?」

「そう、中江市の人だよ」と、久米島さん。

 おれは鉢にスープを入れる。

 醤油に油の混ざった芳ばしい湯気があらたにたち昇る。

「その人、病気で亡くなったの?」

 おれの柄杓が止まる。久米島さんの紙コップに冷水を足す給水器のレバーを抑えてい

る手が止まる。久米島さんの紙コップを持つ正常なはずの左手が小刻みに震える。紙コ

ップから水が溢れだし、我に却った久米島さんはようやく水を捨て、紙コップを新しいもの

に取りかえる。

「ああ、肝臓の病気でね。本條君、お酒が好きだったから…」

 おれは咄嗟に嘘をつくった。

 四時ごろまでは盛況だった。

 実に三十五玉はでた。

 四時をすぎると、ぱたっと客脚が途絶えた。

 少し暗くなりはじめていた。

 西の山の端のうえの曇天の光が、地面ちかくに到る太陽の輻射が弱まった。

 主婦たちは自宅の厨房に向かい、第一次の通勤がえりの車のラッシュが国道にできて

いた。隣接する地方都市の工業団地はそれぞれに変則シフトをとっている。北から南から

車が吐きだされる。児童や生徒の自転車での帰宅の塊が、国道にも、おれたちの停車し

ている細道にも通る。しかし彼らが寄っていくことはなかった。未成年には夕方のラーメン

は興味の対象ではないのかもしれない。七百円の出費は彼らには自ら裁定することがで

きないのかもしれない。

 おれたちは一旦、移動することにした。

 椅子とテーブルを収納し、市の東よりに在る天文科学館まえの駐車場へ向かった。

 車中でおれたちは会話をしなかった。

 おれは疲れていた。移動式の店というのは体の動きとして不自然な動きを要求される。

まな板の位置が高いこともある。ラーメン鉢も陶器のものに拘る必要はないのではない

か。椅子を毎回ならべたり収ったりするのも、移動中、車の振動にさらされるのも固定の

店より余計な労働だ。まして、左足に力のはいらない久米島さん、右手では殆どものをつ

かめない久米島さんには、もっと辛いだろう。

 両方の窓を半開きにして、おれたちは煙草を喫う。

 おれは小用を我慢していた。

 国道に合流し、一番目の信号を右に曲がって橋をわたりかけたとき、おれは、チャルメ

ラのMDの再生レバーを上にあげた。チャルメラのメロディーが流れかけてすぐ、久米島

さんが身を捩って左手でレバーを戻した。

「佐伯、鳴らすな。ちょっと休憩して態勢たて直そ」

 旧知の仲のおれたちの間では、仕事に潔癖な義務感を持って言い合いになるというこ

とはない。

 客に押しよせられると不充分な態勢のまま仕事をつづけることになる。

「そうですね。じっくりいきましょう」

 駐車場に着いてみると車はまばらだった。

 対して歩いている人は多かった。

 ドアを開けて地面に降りると、

「ラーメン?」

「何、ラーメン?」

「ジョウちゃんラーメン?」

「お母さん、ラーメンだよ、ラーメン食べたい」

 人が急速に群がりはじめる。

「久米島さん、僕、トイレ先いきます。註文だけメモっといて下さい。その方が…」

「わかった、佐伯、先に行ってき」

 トイレから帰ると、さっきまでの情景が嘘のようだった。客は一人も居ない。

「七百円では高すぎるねんて。……悪いおれ、大便に行ってくる」

 と言って、久米島さんは身障者用のトイレに向かった。

 二百台くらいが駐められる、平地の市の管理する無料駐車場だった。中江市が経緯度

から日本の真ん中であることを主張し、村山内閣の村おこし事業の助成金で天文科学館

は建てられた。この位置からだと二分ほど歩いた山の斜面にある。市民には不評だっ

た。普段の暮らしのなかで天文・天体を意識しては人間は生きていない。口径一メートル

の反射望遠鏡が売りだが、昼に観測できる星は少ない。観測会が月に何度か夜に催さ

れているが、興味津々に向かうのは小・中学生が主といったところだ。隣の平野市は村

こしの金で有線放送の全戸への導入を行い、独自の放送局まで創った。平野市では全

家庭でアンテナを用いずともBS放送が見られる。この駐車場から天文館とは反対向きに

階段を下っていくと、谷崎俊三記念美術館がある。こちらは氏が高名であるために全国

各地から観覧者が訪れる。しかしこの建物も絵画に興味のない者にとってはただの箱で

しかない。市民が一番求めているのは地場産業である織物業の活況。大企業の製造工

場の誘致。小売り商店がならぶ旧商店街の復活などだ。そんな中、唯一市民が活気づく

が、中江工業高等学校の全国高校駅伝大会での毎年の優勝の瞬間であった。

 薄暗くなりはじめた。

 おれたちはテーブルを引き出し、椅子をならべ、チャルメラのメロディーを流した。

「一つ食いますけど、久米島さん、どうします」

「ああ、おれはええわ。三時ごろ一杯食うたし」

 出来上がったラーメンを、テーブルについて食べる。

「値段さげて、自腹切りましょか」

 おれは麺をもちあげたまま言う。

「それは、やめとこ。後々、お客さんにホンマの値段打ち出されへんなってまうから」

 確かにその通りだ。

 五時のチャイムが遠いボイスタワーから弱く聞こえた。

 提灯を吊して、ときどきチャルメラのメロディーを流す。

 一人二人とめずらしそうにして寄ってくるのだが、その度に値段を訊かれ、「七百円で

す」と言うと、去ってゆくのだ。

「七百円です」の後に、「その代わり、ウチは旨いです」と云えば、押しになるのだろうが、

それを言えるほどの自負が、おれにはなかった。

 今泉さんのチームは売れているのだろうか。

 ケイタイに連絡がはいることはなかった。

 こちらから掛けて様子を窺うというのも、こちらが完売していないだけに億劫だった。

 赤色の回転灯が近づいてきた。

 警官が寄ってきて、屋台の認可証を見せろ、と迫った。

 その辺のことがどうなっているのか把握不足だったおれは焦ったが、コンソールをまさぐ

ると車検証の下にあったので提示した。

 警官二人は態度を軟化させた。

 彼らは無線機のスイッチを切り、ラーメンをすすった。

「うーん、もう一寸、勉強せなアカンなぁ」

 警官の内の一人が金を置いて帰りがけにそう言った。

 よく聞くセリフだ。

 一家言をいう人は決まってこの科白を出す。かと云って、何がどう善くないのかさえ当人

は説明できない。

 だが、それでも科白は的を射ている。決して満点といえる味ではない。

 警官以外、誰一人、客は来なかった。

 夜九時のボイスタワーからの『新世界より』のメロディーが鳴り終わったころ、おれたち

は撤収することにした。

  惨敗だ。

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