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『あいつのおかげで』ーーー3 [自作原稿抜粋]

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 山雨乃兎 近著

『あいつのおかげで』3
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 目覚めると八時すぎだった。殆どの者はまだ寝ていた。古川君は寝返りをうちタオルケットを

抱きなおしている。山下君は地鳴りのような鼾をかいている。

 今泉さんだけが既に起きていて、部屋の隅の机の傍で窓をすこし開けケントを喫っている。煙

草を持たない方の手でケイタイを無音で弄くっている。

「佐伯、おれ、今日色々手続きに動くわ。二、三日かかると思う。お前のサイン要る書類は、ま

た頼みに来るわ」

「こっちは、一遍、ラーメン創ってみますわ。どないなるか分からんけど、やってみんとね」

「あー、ホナ、おれもう行くわ。他のモンにも宜しゅう言うといて」

 アルミにコーティングがしてある、小銭入れによく似た携帯用灰皿に吸い殻を入れて蓋をし、

彼は立ち上がった。

 十分ほど経つと一人またひとりと起きだし、八時半には全員が目覚めた。

「あれ? 今泉は?」

 と久米島さん。

「帰られましたわ。皆には宜しゅう言うて」

 久米島さんはすぐに返事は返さずに起きぬけの煙草を轡えて、火を点けてひと息すった。

「何や、そっけないのうあの男は……。そう思わへんこ? 佐伯」

 事故の後遺症からだろうが、久米島さんは煙草を摘んだ右手を震わせながらそう応える。

「何か、ざっくばらんなとこまでは打ち溶けへんなァ毎回、今泉さんはヨ。肝腎の話し以外の話し

には成れへんいうのか、毎回、牽引するような事ばっかり言うて、それに、何でもヨウ知っとる

わ、あの男は。あの人、前の仕事は何やヨッた?」

「営業やっとったヨッてでした」

「せやろの。せやけど、鼻につく男やの? 何の話ししても一般の人間の知識超えた知識言う

がい。別に、ひけらかしとる訳でもないねやろけど、何喋ってもケツは自分が取って、それはこう

や言う奴は仕舞いには他人から嫌われんぞ。……まあ、今のアイツの喋り方で、ぎりぎりやの。

嫌われる一寸手前やの」

 おれは古川から順に、彼らのまえにコーヒーを置きながら、

「まあ、今泉さんがそうかは判らんですけど、四十過ぎたら、そんな奴居りますね、確かに。或る

程度のことが何でも出来て、他人の話しには一々首突っこんで、人を打ち負かさな気が済まへ

ん奴が。……そういう奴は何か一つでも他人に勝てるモンを持ってのうてコンプレックスの塊な

んでしょう。エエ格好するけど何一つものに成ってへん。仕事よう変わる奴に多いですわ。正直

に自分の力量認めれる奴は、他人から可愛がられますけど…」

「まあ、あの人はエエ人ではないわ」

 と、古川君がコーヒーを飲みながら挟んだ。

「本人のまえで言う訳にはいかんけどよ。ここだけの話しやけど、まあ、あの人は善人ではない

わ。目ェ見たら分かる。あんな暗い目つき」

 と、古川君はつづけた。

「ああ、それは、ワイも思た」

 と、山下君も混ざる。

「ブラックホールみたいやな。光を吸い込んでまう」

 と、おれが言った。

「そうそう、ホンマ、ブラックホールや」

 と、久米島さんが言った。

 おれたちは、久米島さんの赤い車に乗って出掛けた。久米島さんの車のハンドルには左手の

位置に丸い塊がついていて、久米島さんはそれを握ってハンドルを回した。塊の中心に金属の

棒状の突起があって、スピードが載ってくると久米島さんはそれを二回ずつ親指で弾いてい

た。

 中江市で唯一の業務スーパーにはいって、おれたちはラーメンの材料を一通り揃えた。

 金は全部、久米島さんが出してくれた。

「ええからええから、おれにも一寸、エエ格好さしてくれや、佐伯」

 赤い車でそのまま、中江市の北寄りの古川君の家まで行った。

 畑仕事をされている古川君のお母さんに会い、全員が挨拶した。

「本條悟君を通じての友人の佐伯です。今度このメンバーで共同で仕事することになりまし

て。……宜しくお願いします。お邪魔します」

 素朴で実直そうなお母さんは、被っていた手ぬぐいを外して笑みを返して、

「まあ、そう、こちらこそ宜しゅう頼みます」

 と言いながら頷いた。

 居間を通るときお父さんにも出会った。

「大勢でお邪魔して済みません。失礼します」

 とおれが言い、「お邪魔します」と全員がぼそぼそと続けて言った。

 元、警察署長だったと後に聞いたが、背筋が伸びて骨も太く気骨ある表情だった。

 鍋に水を張って鰹節を放り込み火の強い方のコンロにかけた。同時にもう一つ同じタイプの大

鍋に水を八分目まで張って火力の弱い方のコンロに一番強火にしてかけた。

 鰹節の鍋の方が煮たってきたところで古川君とおれがそれぞれに鍋を持ち、コンロのポジショ

ンを入れ替えた。

 三分ほど経って、ただの水の方の鍋が煮たってきた処でもう一方の鍋から鰹節をザルで掬っ

てだし出し汁鍋の火を弱火にした。

「この縮れ麺いうのから、やってみよか」

 古川君がそう提案するのと同時に、彼は三人分麺を鍋に放り込む。

 久米島さんと山下君が鉢にラードと濃縮の醤油ダレを入れてゆく。

「笊は?」

 と、おれは古川君に訊く。

「笊は有るけど、この鍋やったら使いにくいで」

 彼はそう言うと一旦台所から出ていきすぐに平笊を手にして戻ってきた。

「ワイも、昔、ラーメン屋やろう思たことあんねん」

「貸して」

 とおれは言って古川の手から平笊をとった。

 頃合いのサイズの平笊だったが鍋の直径がおそらく三十五センチなので水平に入れると遊び

が殆どなかった。ちょっと横に振るだけで鍋の側面にこんこんと当たった。

「アカン、こら使えん」

「せやからアカン言うたのに……箸でええがい箸で」

 おれは浮きあがってきている麺を一本割り箸で掴み天井へ投げた。

 麺はねちゃっと一旦天井に貼りつき、一方の端から徐々に剥がれて最終的にはガス台の後ろ

に落ちた。

「丁度ええ位や」

 古川君が口を半開きにして、「そないすんのか?」と言った。

 久米島さんがスープをお玉で七分目まで入れてゆき、そこへおれが箸で麺を入れていって三

鉢のラーメンが出来た。

 山下君がナルトと葱を載せ、久米島さんが切った焼豚を載せる。そして、古川君がもやしと味

付け海苔を載せると完成した。

 如何なものだろうか。

 何で四人前つくらなかったのかと自分の思慮のなさを嗤ってみたが。

 ダイニングのテーブルを囲んできちんと座らずにおれ以外の三人は麺をすすりスープを立っ

たまま飲んだ。

「イケてる、イケてる」

 と、久米島さん。

 山下君はそう言う久米島さんに少し眉間に皺を寄せた面を向けて、

「そうですか?」

 と訝る。

「アカンわ。佐伯君、これでは」

 おれは久米島さんの食べかけの鉢を替わってもらって麺を口に入れ、スープを一口飲む。

 麺もスープもするりと喉を越す。

 まずくはなかったが…。

「癖がなさ過ぎるな」

 と、おれは言った。

「そうこ? こんなモンで上等ちゃうこ、佐伯。ラーメンなんやし」と、久米島さん。

「久米島さんは洋食はプロで作りょったったけど、ラーメンやったら所詮こんなもんやないかぁい

うて剰り意識してないんやないですか? これ、このままやったら只の品のええ醤油ラーメンで

すよ。毒がなさすぎる」

 とおれは返した。

 縮れ麺も些か茹ですぎた。腰がなく太い麺なのにつるりと喉に流れおちる。麺が短いことも却

ってマイナスだ。

 久米島さんは椅子に座り右手を震わせながら残りの麺を口に運ぶ。

「旨い思うけどのう」

 鉢を両手で持って汁を飲む。右手のがたつきを抑えているのは障害のない左手の握力だ。

 ラーメン屋をやることで本当にいいのか、という議論が、主に古川とおれの間で起こった。古

川は殆どラーメン屋反対論になっていた。おれは原則的な肯定論は変えなかったが自分の内

にも不安な気持ちが芽生えていた。

 やっぱり鶏ガラを自家製でやるのとは雲泥の差だ、とか、醤油にしてもこだわって選ぶべき

だ、とか、トッピングにオリジナリティーを持たせればいい、等と会議はぐるぐる回った。後半に

結局、誰かが旨いラーメン屋にスパイがてらにアルバイトに行けばいい、ということになって、そ

の誰かがおれになってしまった。

「そら、この中で健康に問題がのうて、すぐバイト始められるいうたら、佐伯しか居らへんわ。古

川君は働く自信失してもとるし、お前やったら未だ仕事辞めて間がないやろ」

 と、久米島さんは言った。

「ラーメン屋のバイトなら、ずっと前にしましたけど僕…」

「今度は、すぐ自分らがやる気で見てくんねや。前とは見え方がちゃう筈や」

 久米島さんはそう突き放した。

 久米島さんの馬がいなないて前足を上げているマークがフロントグリルに付いた車で、おれと

山下君は送ってもらった。ケイタイに連絡を密にとり合おうということになった。

 家の玄関を開けると大きな段ボールの箱があった。今泉さんから俺宛の小包だった。

 おれは小包を二階へ運ぼうとしたが重すぎたので諦めて階段の下で冷蔵庫から出してきた缶

ビールを飲んだ。

 布のガムテープを剥がすと段ボールの内折に封筒が挿してあった。中の手紙を引き出す。

 ーーー今泉です。これ全部、本條の原稿です。ゆっくりでいいので、宜しく頼みます。この手紙

はシュレッダーに掛けて処分して下さい。ーーー

(勝手な男だ…)

 おれはビールを台所のテーブルに置いて原稿を直に握って二階の自室まで運んだ。持てるだ

けの分量持って三回往復し、四回目は箱ごと持ってあがった。

 A4の紙を百枚ぐらい綴り紐でとじた束が五、六十組あった。

 おれは机上のパソコンの電源を入れた。こんなパソコンでも文字を打つことに困るということ

はないが…。スタートアップにログオンパスワードを入れなくても済む世代のOSだ。

 起動を待つ間に下に降りて新しいビールを持ってきた。プルタヴを立ててひと口飲みながら、

本條の作品を読みかける。

 病弱の男が小説家を目指した極貧生活をしながら若い独身女性と偶然、古本屋で一言二言

を交わしたことから交際が始まり、やがて努力が報われ新人賞を受賞し、職業作家となった男

は、あろうことか女との間に子供まで出来ているというのに女を棄て、新進の女流作家と所帯を

持つ。ありふれたストーリーだった。だが男の内面の描写と女の内面の描写が主語を省いた独

白調でせつせつと描かれていて、人間のエゴや醜さを突きつけられるものに仕上がっていた。

 他の作品も読んでみようと、次の束に手をかける。

 或る男の祈りが神に聞き入れられ、男の亡き妻が復活して家に戻ってくる。しかし、男の祈り

は神に広い意味で聞かれていて、男の住む地方都市の既に亡くなった人間が二万人蘇ってく

る。ゾンビとして蘇った不完全な人間たちは各家に迎えられることもあるが、誰からも受け入れ

られないこともある。ゾンビは米の飯を食わなければエネルギーが萎える。弱ったゾンビたち

は、自分の墓の傍に行きぼろぼろに死に絶える。家に歓迎されたゾンビたちは米の飯を食い、

血色もよくなり生前の姿をとり戻していく。住民登録のすったもんだがあり、やがてゾンビたちは

市民権を得る。

 男の妻も元気になり、幸せに暮らす。が、数年の後、男は見知らぬ女に刃物で刺されて死ぬ。

犯人の女は、男が蘇らせたゾンビの内の一人であり、身寄りのなかった女は盗みなどを繰り返

して生き延びていた。

 これも、或る意味、人間のエゴをテーマにしている。

 うなる程、読みごたえが有るので、おれはパソコンは放ったらかしたまま、次の束を取り出し

た。

 或る男が自殺する。その通夜に、男と縁のあった友人が五人集う。二人組と三人組のお互い

を知っている男たちの塊が奇妙にも通夜の折に一つの塊となり、葬儀の後、無職である全員で

会社を創ろうという話しになる。

(おや?)

 先が気になる。

 五人はラーメン屋台を始めることにする。その準備段階でその内の一人はドクダミラーメンと

いう店に勉強のため勤めだす。

  そこで印字が切れていた。どうやら未完らしい。

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『あいつのおかげで』ーーー2 [自作原稿抜粋]

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 山雨乃兎 近著

 『あいつのおかげで』2
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「ナンボ要らん金でも今泉さんにだけ資本金だしてもろたら対等でなくなるからな」

 と、久米島さんはつづけた。

「そらその辺は久米島さんの気の済むようにしてもろたらええけど……。おれの三百は、どっち

向いとってもええ金やから、最後、会社畳むときは資本金ゼロになっとっても構へん。逆に資本

増大しとったら、この五人全員で均等割でもええし」

「始める前から畳むこと考えんの?」

 と、おれが割って入った。

 今泉さんは煙草を左手に挟んでおれの方をまっすぐ見て、

「そうやで、佐伯君。会社いうたら撤収するときがゴールやねんで。田舎で代々続いた八百屋み

たいなモンは、まあそれも会社ねんけど本来の意味の会社とは違うねんで。株を上場して配当

金を出すようなやり方も会社やけど、大体資本金を出し合うて資本金を膨らまして最後潰したと

きに増えた資本金をそれぞれの元の出資者が引き揚げるいうのんが普通や。勿論、運営中に

も全員の給料も弾き出すんやけどよ」

「ワイ、悪いけどやめとくわ」

 山下君がうつむき加減のまま、ぼそっと言った。

「ワイもやめとく。大体素人が会社なんかつくって上手いこと行くわけがない」

 古川君もそう言って、かわはぎの干物を口の端でひきちぎった。

「古川君、アンタには未だ会うたばっかりやけど……」と今泉さんは古川の方を向いて前置きし

てから、「今、君は何しとんの? 仕事してないいうことではおれも君を責める資格はないけど、

生活はどうしとる? 収入はゼロやわなァ。かと云うて何か資格試験でも目指して勉強しょんの

か? はっきり言うてそれもしてないわなァ。おれは、土地の転売の仲介たまにやって食う分に

困らん金は稼いどんで、そら仕事と言えるようなモンちゃうけどもよ。親や兄弟に頼って家に引

きこもってパソコンやっとんねやろ? せやったら、この会社の話しに乗るだけでも大きな違いに

なんのとちゃうか? ここの五人は、いざ始めるとなったら全員経営側になるんやで。あくせく働

くような労働とは違うねんでなァ。ゆったり時間使うてアイデア練るとか、そういう仕事の種類や

でな。それで順当に行ったら月々給料も社長にも重役にも割り振れるし、何もせえへんよりはえ

えんちゃうか」

 古川君は今泉さんから視線を僅かにずらし口をつぐんで頬を膨らませて、

「そんなん、アカンなるに決まっとる」

「一寸待ってんよ。君が腹痛うなることはないやんか。もし、会社に負債が増えて赤になってきて

も資本金以上の赤にせんでさえ誰も困らんと終われるやんか。例えば、仕入れも備品の準備も

資本金ぎりぎりまで使うてやっても、商売が始まって利益がちょっとでも出てきたら赤ではないね

んでなァ。月給五百円でその月全員が辛抱する事もできんでなァ。せやって今、全員無職な訳

やから。それよりは益しな訳や」

「全員無職か……」

 おれは溜息のように呟いた。

「ワイは出来ぇへん。さっきも言うたけど、ワイ、神経症で調子悪いし、昼間も安定剤飲んで頭、

ぼやけとるから経営なんかとても無理や。皆の足でまといになるだけやから」

 と、山下君が言った。

「そこまで深う考えんでええねん。五人居る訳やし、実力のないモンが混じっとったってええね

ん。ひょっとしたら調子の悪い人の方が誰も思い浮かばんアイデア、出すかも知れへんし、それ

に何より、儲かれへんてもええねやから。そん時は撤収しただけでええように、そのつもりでや

る仕事やから。……山下君、おれもなァ、勝ち組負け組でいうたら負け組や。今の日本では四

年制の大学出て新卒で入った会社を辞めたら、それだけで負け組や。四大出て新卒採用でな

いと給料も順調には上がっていけへん社会や。況しておれなんか大学中退やし、仕事は三回

換わっとるし……。そんな中途挫折者ばかりがたまたま寄ったんやから、夢見ようや」

 今泉さんはそう言った。

「ワーキング・プアーいうらしいですね。一旦、リストラとか何らかの事情で仕事辞めた人が、再

就職しよう思てもどっこも決まれへんなって、派遣社員になって工場労働に就く。それも短期で

契約先が変わるから技術さえ身につかへんで、派遣の仕事が切れた間はネットカフェとかで夜

明かしする人が増えとるらしいね」

 と、久米島さんが自身の記憶を探るような眉を少し寄せた表情で言った。

「僕なんか、家出したから、もう随分昔からそういう苦労はしました。久米島さん、テレビでは最

近とり上げられとるけど、二十年も前から有りますよ。ワーキング・プアーは」

 と、おれは言った。

 根性がないというのは自分でも分かっている。おれの場合、或る時期が来たら、今すぐ仕事を

辞めたくなってしまう。当然、仕事だから辞めるにしても後任が決まって引き継ぎをしてから辞

めるのが常識なのだが、おれの場合、上司に辞めたいと切り出す頃には相当ストレスが溜まっ

ていてすぐに辞めたいという気持ちにまでなっている。引き止められて、やっぱり引き継ぎだけ

はしてくれという事になって二、三日いやいやながら出社している。そして四日目には靴が履け

なくなる。一日二日無断欠勤をしてしまうと、後はその地域から逃げ出す。当座の金が充分に

有ればいいが、そうでないと、住み込みの仕事を捜すしかない。おれの場合は、パチンコ屋、警

備員、派遣社員などをしてきた。そして、貯金が或る程度溜まると、アパートを借りてもう少し益

しな営業とかの仕事に就く。面接が通らないという事は殆どなかったのでその点では得な人生

だったと言えるのかも知れない。

 本條も何度か家出しているが毎回数ヶ月で実家に舞い戻っている。本條の場合は、健康に難

があるのだ。

 健康にさえ問題なければ、人生はどうにでも生きられる。地元の友人や飲み屋に借金やつけ

をしまくっても逃げれば仕舞だ。踏み倒して全国どこまででも逃げても生活できる。

 おれは逃げるというスタイルを肯定している。

 本條は死ぬという方向へ行ってしまった。

 会社を創るという方向に異議が出なくなった。

 殆ど同時だった。

「何を……」と、今泉さん。

「何をするか? やね」と、久米島さん。

「既に有る業種には、喰い込みにくいでしょ?」

 と、おれは呟いた。

「ネット販売がええと思うな」

 と、古川君。

「それだけでは、とても集客にならんけど、一応、ネットも抑えとこう」

 と、今泉さん。

「古本をネットで売るいう商売が有るらしいで、本條がヨッたわ」

 と、山下君が提案する。

「それも、やってもええねやけど、それだけでは弱い。本なんかそない売れるモンやないし、新

刊書店も中古量販店も田舎にまで有んねやから、大して売り上げが上がるとは予想できん」

 と、今泉さんが消極的な答えを返す。

「オリジナルを創ろう。何か。そしたら利益率が高いで」

 と、おれが発言した。

「そんなん、考えたとしても工場まで要るんとちゃうか」

 久米島さんが否定を含んでおれ自体に喰いつく。

「そりゃあ、既存の工場に受註したらいいでしょ。下請けに出すような形で」

「おう、そら、それでええけど、何を作るんどい?」

「せやから、それを今、みんなで考えとんでしょうが」

 山下君の家は農家だから数種の野菜も作って売り歩いたらいい。イベント企画の代行はどう

か、誰かが文を書いてくれればワイがワードで打ち込む、と古川君。商品の二次加工をして付

加価値をもたせた商品を売るべき。音楽の教室をやってはどうか。

 様々な案が出たが未だ煮詰まらない。決定打がない。

「金貸し、やんのが一番利益大きいけどなァ」

 とおれは呟いた。

「そんなん、それこそ資本金をジキに喰いつぶしてしまうで。どっか銀行ででも大きい借り入れて

こな、三百や五百では足りひんし」

 と、今泉さん。

「皆が、それでええんやったらええけどのー? それこそ赤字撤収になった時に全員がまた余

分に財産ほりこまなアカンなるわな」

 と久米島さん。

 結局、何をやるかは決まらず仕舞いだった。

 山下君だけが深夜十一時すぎに歩いて家に帰った。

 客を泊めるのに布団が足りないのは申し訳なく思ったが、おれは一階からひと組の布団を持

ってあがって他にはタオルケットを二枚用意した。

 おれは自分のベッドに横になった。皆、目が硬く、少し横になっては布団や畳の上で起きあが

ってを繰り返し、雑談がつづいた。

 ーーーみんな無職か……。

 ーーーニートとかヨんなぁ、世間では。

 ーーーニートではないわな。

 ーーー三十四までのモンの事らしいで。それ超して厚生年金一年も掛けてなかったらそれか

ら就職して定年まで年金掛けても受給資格がないらしいで。

 ーーーそれに第一、健康で働けんのに働いてない奴のことやからな。

 ーーー僕は健康やけど……。

 ーーー佐伯は無職になってまだ間がないやろ?それは単なる無職や。

 ーーー久米島さん、後遺症酷いの?

 ーーーああ、おれ、毎日もの凄い頭痛。それと右手の握力が落ちてもて物持っとってもよう落

とすようになってもての。

 ーーー保険で賠償金とか出るんでしょ?

 ーーー自分の生保からは出たけど、相手の任意保険のやつは未だ。等級とか色々で確定ま

で時間がかかるらしいんですわ。

 ーーーそう言うたらおれが一番ニートに近いわな。何もしてへんし。

 ーーー今泉さん、土地の仲介とかしょってやヨッたったですやん。

 ーーーあれは仕事と言えるようなモンやないですよ。

 ーーー一円でも収入なったら一応仕事ですよ。それに一円どころやないでしょ?

 ーーーそれは、まあ。

 ーーーワイこそニートですわ。

 ーーー古川君は十年の鉄工所、行ったんやし、ゆっくり考えたらエエやないですか。

 ーーー君とこは土地も資産も有るからな。あくせく働くだけが人生やないよ。イギリスなんか金

持ちは仕事せんのが当たり前なんやから。

「本條の場合、大変やったやろな」

 と、今泉さんが言った。「ジリ貧やったみたいやで……障害者年金で食い継いどったらしい」

「小説家いうて、やっぱり新人賞からデビューするもんですか」

 と、久米島さん。

「今は色んな出方があるみたいやな。おれも本條と付き合うようになって、その辺大分勉強なっ

たわ」

「本出しとったんやから一応アイツも小説家か」

 とおれが言った。

「全国流通の本やから印税収入も原稿料もなしでも、一応は小説家やな。プロとは言えんけど」

 と、今泉さんが返した。

 冷房が効いているので不快というほどではなかったが、昼間の汗の塩分が肌ににちゃついて

すっきりしなかった。おれは皆にシャワーを勧めることを忘れていた。時刻も遅くなったので今さ

らそれを切り出せなくなってしまった。

「小説なんか、よう書くわ。アイツ。ワイ、学校の作文でも邪魔くさい」

 古川君が横になったまま伸びをしながら言った。

 翌十三日。全員が互いに連絡先をおしえ合って昼に散会した。

 十三、十四、十五日は炎天がつづいた。

 おれは昼間少しだけパチンコをやったり、中江市の大型スーパーをぶらついたりした。たまに

ケイタイに離婚した元妻裕美から着信が合った。裕美も風来坊で一つ所に住みつづけない。は

っきりした理由があって別れた訳ではないおれたちは、ときどき会って性を吐き出し合う。しか

し、両方がその気になるときは少なく大抵は電話で二言三言交わすだけだ。

 おれの家は分家なので親戚が集まるということもなかった。母は何をしているのか昼間から家

に居なかった。おれはときどき突っけんどんに母に事務的な話しをして、飯は三食とも家の台所

を使わせてもらって勝手につくって食った。金が底をついてきたので母名義の通帳を探して口座

から十万卸した。

 十六日になった。

 ミンミン蝉がやかましく鳴いていたが少し夏の盛りを過ぎたように日射しが弱まったと感じた。

 雷鳴がとどろいて豪雨となった夕方四時、おれは自室で中学や高校の卒業アルバムを引っ

ぱり出して寝ころんで見ていた。

 おれには今泉という男が信用できる人間なのか皆目見当がつかない。大阪のアパートを退き

払うべきなのかも分からない。

 卒業アルバムのなかでは本條が詰襟を着て楽団員のまえで指揮棒を振っていた。

 ベランダの床を激しくたたく雨。冷房の効いた部屋のなかでうたた寝をしてしまった。

 おれの胸ポケットでケイタイが激しく振動した。

 今泉さんに呼び出されたおれは、六時に彼の指定してきた喫茶店で二人だけで会った。

 パーティション分けされた奥の薄暗いテーブルで向きあった。

 挨拶が済むと彼は、

「ここだけの話しなんやけど……」

 と声を低くした。

「これなんやけどな」と彼は言って黒いキルティング地の鞄から紙束のうちの一つをテーブルに

出す。「本條のーー」

「原稿ですか」

 A4の普通紙で百枚くらいを緑の綴り紐でとじた束だ。『遠雷の聞こえる頃』と大きな行書体で

横書きに印刷されている。

「あいつの小説読んでみたい言うたら、お母さんがあっさり貸してくれたったわ」

「それで?」

 まさかこの男が文学好きとは思えなかった。

「会社の話しねんけど、何種類かやることは複合で行こう。それでな、この小説多分技量は有る

と思うねん、本條のことやから。それで、この中の作品を順次、自費系の会社に応募しようと思

う。上手くいけば共同出版ぐらいには成る。否、全作品、共同出版可かも分かれへん。本條の

力量やから。……それでな佐伯君。君、ワード打てるやろ? しかも国語力も有るやろ?ーー」

「何を言いたいんですか?」

 おれは答えを急かせる為、言葉をかぶせた。

「つまり、この作品群を全部、本條ではない別の人間が書いたモンに作りかえて欲しいねや。君

が書いたことにしてもええ。言い回しを変えて熟語を換えてコピーを作る。それで上手くいけば

印税が入る」

 おれは今泉に腹が立ったが一旦怒りを腹の中へ押し込んで持ってきていたセブンスターに火

をつけて一息深く吸い込んだ。

「今泉さん。アンタも良い人間でないことは大体察しがついとったけど、相当ワルやな。僕は本

條に対しての友情とかそういう気持ちからそれを赦せんいう気ィも有るけど、大体、本人が死ん

でもとるからな。阿呆やがな本條も。もう、人生終わらしてええ言うて自分で結論出したんやか

ら。死んだモンの名誉より生きとるもんが旨いモン食う方がエエことや。善悪やない、哲学

や。……せやけど、それやって本條の身内にバレへんか。どっちみち箸にも棒にもかかれへん

たらどうという事はないけど、万が一、大ヒットしたら? その辺は考えとっての?」

 今泉さんも煙草を銜えた。八割方白くなった髪のすぐ下のくすんだ目がおれの目の奥を貫く。

「今のとこ、アイツの母親も本條の原稿がそない価値あるモンとは思てないようや。多分、前に

出た単行本以外の原稿は、アイツの身内でも未だ殆ど読んでないと思う。それで、この預かっ

た原稿は紛失したことにしてまおう思とんねん。それと出来るだけ早う、本條の使うとったパソ

コンのハードディスクを毀さなアカン。それだけ出来たら大丈夫やろ。それに仮に誰か本條の原

稿を既に読んでた奴が居っても、佐伯が一文いちぶんを作り変えてくれたら、そこもクリアでき

る」

 こいつは人間の屑だ。妻子があって自身の体は健康なくせにマトモに働きもしない。あげくに

楽な金儲けを思いつく。

 しかし、だからと云っておれはこの提案を蹴って今ここで大声でこいつを断罪しようとも思わな

い。おれの腹の水も濁っている。

 本條のパソコンのハードディスクを毀すことも含めて、この件は二人だけで内密に動こう、と、

今泉は念を押した。

 八月末までに会社を始めるから、他のメンバーの身体をこの中江市近辺で抑えておいて欲し

い、とも言った。

「屋台のラーメン屋でもエエかもわからへんなァ(いいかも知れないな)」

 おれたちの席の脇の仕切り壁の上で鮮やかな青の熱帯魚が上昇と下降を繰り返していた。

 翌日、大阪に戻ってアパートを退き払った。二ヶ月滞めた家賃は敷金を充てるから構わないと

大家の中年女は言った。

「どうせ、もう旧いですから」

 改修費用に回す意味もないという意味らしい。

 午後にはトンボ返りで中江市に戻った。

 母は相変わらず家に居ない。パトロンの男のところにでも行っているのだろう。スナックも、経

営しているだけで店に毎晩偵察に行くだけだ。切り盛りは雇われママがやっている。もう母も七

十一だ。馬の合う男が居るのが幸いな位だ。

 三時を過ぎて遅い昼飯にスーパーで買った刺身を食べていると、山下君が来た。

 電話なしに突然相手の家を伺ったりするのがまあこの中江市辺りの慣例だ。

「佐伯君。あの前の話しやけど、アレ待っといてええんやろか?」

 ポロシャツに作業ズボンを穿いている。ポロシャツの繊維が横に引っぱられていて第一ボタン

の辺りまで襟が捲れている。

 立ち話しも相手に悪いと思ったおれは山下君を応接室に招じ入れる。

「今泉さんは本気みたいや。けど、保険掛けといた方がエエな。収入に結びつくとは限らへんか

ら」

「ホナ、他の仕事しとってもええねやな」

 おれは持ってきた飯の残りとイカ刺しを口に含んで咀嚼しながら、

「パートとかアルバイトにしときんか。どうせ続かへんねやろ?」

「いや、ワイも、なるべく早う就職したいがい」

 顔の色がどす黒い。目尻の下がった目の眼球には生彩がない。動かなさすぎる視点でその

目は現実を見ていないような虚無の目だ。

「山下君。僕、こないだ君に会うたばかりやからあんまりズケズケ言うべきやないかもやけど、

健康状態が悪いねやろ? そんな焦って何遍も就職しても結局は続かんで。回復ついででエエ

やんか、仕事は。パートでももらう金は一緒やろ? 三ヶ月つづかんねやったら」

 彼は肩を落として溜め息をついた。背中が丸まっている。

 翌日、おれはこの前の面子全員に電話を掛け、夕方六時に全員で〈紫陽花〉に寄った。

「屋台のラーメン屋をやろうと思う。移動式の」

 おれがまず言った。

「五人メンバーが居るから二台の車でやろう」

 おれはこのメンバー全員を仕切るつもりになっていた。だからおれの声は太く威厳に満ちてい

たと思う。

「そんなん、誰か経験あるこ?」

 ウィンストンライトという洋モクを喫いながら久米島さんがおれを責めるように眉をしかめて訊

く。

「経験いう意味では久米島さんがラーメン屋以上の事をやってきとってでしょ? グラタンやドリ

ア創ってのぐらいやから。調理師免許も持っとってやし。ただ、僕はアルバイトやけどラーメン茹

でたこと有ります。タレ入れて茹でた麺入れて盛りつけまで全部。……タレの創り方とかガラを

煮込んでスープを創るとかまではしてないですけど」

「誰でも出来るわ」と、今泉さんが挟んでつづける。「ラーメンいうても今どき業務スーパーとか

行ったらタレからガラの素から麺まで何でも売っとんで、こだわってやるかどうかだけや。同じや

るんやったら一寸はこだわりたいわなァ。せやで何もかもこだわるやり方までせえへんたら何と

か成るんちゃう?」

「一寸、待てや。ラーメン屋いうのは決定か」

 しばしば内向して考え事をしている風に見える古川君が、殻を破っておれに訊く。「それに、リ

ーダーは佐伯なんか? なんかそんな感じやけど、いつ決まってん? そんなん」

「僕がリーダーいう訳やない」

 と、おれは答えた。

「おれは佐伯が牽引すんのがええと思うけど」

 今泉さんがそう割ってはいった。

「ホンなら、古川君。他に職として候補あるか?」

「そら、ないけど……ラーメン屋やなかっても」

「否、ラーメンで行く。他に思いついたら未だそれもやる余地はある。二業種三業種ぐらいまで

は同時進行できると思う。とりあえず、ラーメン屋で行く」

 おれはアイスコーヒーをストローで吸って、煙草をひと息喫った。

「誰か車を提供できるモンは居らへん?」

 と、おれはつづけて皆に訊いた。

「おれ、ワゴン車一台出すわ。潰しても構へん」

 久米島さんがまず乗った。

「しゃあないのー。ワイも一台余っとる軽のワゴン出すわ」

 と、古川君が乗った。

 さっきから視点が定まらず煙草を短い息で喫っていた山下君が、

「あの、佐伯のお、これ初めから給料出んねやろのう? 前の話しと違て作業で時間も拘束され

るやろ? ラーメン屋台やったら?」

 と言った。

 おれは、今泉さんと久米島さんの目を一秒ずつ見る。両人がおれに肯く。

「利益の上がらん内は、資本金を切り崩しながら給料出そう思う。それでええか? 今泉さん、

久米島さん」

「おう」と今泉さん。

「そいでええ」と久米島さん。

 改造はワイがやったる、と古川君が言った。彼は知人に屋台曳きが居るし、車を弄くれる友達

も居るらしい。

 おれはさらにつづけた。

「改造申請が要るのか、要ったらその申請と、みかじめの問題も表向きになかってもやっぱり有

るやろうから、その問題と、企業登録、これ全部、今泉さん、アンタに頼めるかなァ」

「わかった。それはおれがやるわ」

 また一人だけフルーツパフェを食べていた今泉さんは食指を止めるとあっさりと引き受けてく

れた。多分、この男だったらそれ位のことは経験済みだと踏んだのだが、本当に問題はないよ

うだ。

「会社の名前と、屋台の名前やな」

 と、おれは全員に問いを投げた。

「有限会社、サエキ商会、でええんちゃう?」

 珍しく山下君が発言した。

「ええ? ホナ、僕、社長でええの?」

 とおれは全員に端から横に視線を動かし、彼らの顔を眺めた。

 佐伯でええ、と今泉さん。エエでおれも、と久米島さん。求心力が有るみたいやから任せる

わ、と山下君。

「社長ぐらい誰がやっても、ええわ」

 と、コップに少し残ったアイスコーヒーを息を詰めて飲んでから、最後に古川君が言った。

 屋台の名前はすぐには決まらなかった。候補名すらなかなか出てこない。

 それぞれの手元のアイスコーヒーやホットコーヒーやフルーツパフェがなくなり、皆、水を飲ん

で煙草をたてつづけに喫った。煙草を喫わない古川君は副流煙に辟易していたが。コーヒーか

軽食を頼めば唇の端のねちゃつきも収まるのを皆知っていながら誰も註文しなかった。

「本條……」と、久米島さん。

「本條のう……」と山下君。

「本條が死なへんだら、この集まりも出来ぇへんたいう事か……」

 と、今泉さん。

「いっその事、ホンジョウラーメンでええがい?」

 間が保たない古川君がそう呟く。

「條の字とって、ジョウちゃんラーメンは?」

 と、今泉さん。

 それ、それがええ、という複数の声が重なった。

 おれたちは、その後、場所を移して焼き鳥のある居酒屋に行ってたらふく食い、酒を飲んだ。

 飲んだ後は徒歩で全員おれの家に来て泊まった。晩飯が胃に入るのが遅かった為かたらふ

く飲んだからか、いつのまにかおれは深い眠りについた。

  ジョウちゃんラーメン・プロジェクトは動きはじめた。

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『あいつのおかげで』ーーー1(追記あり、1章大幅追加) [自作原稿抜粋]

───────────────────                                    
 山雨乃兎 近著


 『あいつのおかげで』ーーー1
───────────────────                                    
【この作品は、現在まで、まったくの未発表です。


 大分、調整しましたが、改行に不備があります。ご容赦ください。】


 


 あいつが死んだのを知ったのは、盂蘭盆会にはいるまえの暑い日の夕方だった。おれは


阪の汚いアパートで求人雑誌をめくっていた。早いとこ次の就職先を見つけなければ家賃


の滞納でここを追いだされることになる。そうなれば実家のある兵庫内陸の中江市に戻ら


なきゃならなくなる。絶対に戻りたくなかった。だからおれは懸命に求人記事を目で追って


いた。そして、晩飯も食っていない夕方六時三十分。もう、その頃には着信のときにしか


使わなくなっていた携帯電話に、あいつ、本條悟(ほんじょう さとる)の母親から、あいつ


が死んだと聞かされたのだ。



 


 通夜は八月十一日だった。おれは大義名分を得て中江市に戻ることができた。酷暑と言


われていたその年の夏だったが、当日は朝から夕立とはちがう小雨の降るうら寒い天気


だった。



 


 会場の寺には、弔問客がそれぞれ塊になって来訪しては帰っていった。



 


 夕となり親族、生前懇意だった者だけが残った。



 


 おれは、昔洋食屋の仕事で一緒だった久米島(くめじま)さんの姿を見つけ懐にはいった。


久米島さんは義理のわるい辞めかたをした職場の上司にあたるが、昔のことは水に流して


くれた。あれから二十年は経っているのだ。同様に、おれは本條に対しても薄情だ。本條と


はもう十五、六年逢っていない。



 


「自殺やったらしいなぁ」



 


 久米島さんが低い声で顔を寄せて囁く。



 


「本條らしい、ですよ」



 


 己の進退に決着をつけるというのは彼らしい。おれには到底できない。



 


「神経的な病気やったみたいや。実は、おれ一週間ほど前に本條に会うての」久米島さん


は煙草を一息すって続ける。「いや、尾上市の図書館の前でよ。アイツ背が高いからすぐ


分かったわ。おれとか佐伯とかの年代でおれと同じ目の高さのモンそないおらへんでよ。


今の時代でも、まだ高い部類や。おれ百八十一やけどアイツの方がひょっとしたらおれよ


り高いんちゃうかな。



 


 そいで、こんなとこで何しとんどい、いうておれ、訊いたんや。……何やアイツ、本出した


らしいのォ、それは後で聞いたことなんやけど。無職やヨッたわ。借りれる範囲の図書館、


皆行っきょるとかヨッたの。ああおれも今、無職なんや。実は半年ほど前に事故っての。


左足に力はいれへんし、ムチ打ちでずっと耳鳴りがして何しても十分程しか集中でけへん


のよ。そんなんやから、家に頼ってリハビリ行っとんねやけど。アイツの場合は神経症で


仕事が出来ぇへんヨッたわ。何や『考想伝播』いう症状やヨッたし、障害者年金もらいよる


ヨッたで、ワシ、あれからネットとかで調べてみたんやけど、その症状は一応、統合失調症


に入るらしいのぉ。そいで統合失調症の人は意識がはっきりしたまま、回復せぇへんから


将来を悲観して死ぬ事が多いらしい。覚悟の自殺いうこっちゃな」



 


「やっぱりな。本條らしいと思いますわ。昔、『死のうか思いよんねん』いうておれに言うたこ


と有りますわ本條。十五、六年もまえのことですけど……。おれはナンボ辛かっても死なん


でも逃げたらエエ言うて、えらい言い合いになったこと有りましたわ」



 


 久米島さんはおれにビールを勧める。



 


 夜の九時をまわって、親族を含めた数組が別々の塊になって故人を偲んで酒を飲んでいる。


提灯と寺の外灯が庭を照らし、蛍光灯の音によく似た虫の声が雨後の蒸し暑さを一層つの


らせる。



 


「佐伯は、今、どこ行っきょんの?」



 


「いや、おれも無職です」



 


「地元に居んの?」



 


「大阪です」



 


 久米島さんが無職でよかった。立場が違えば延々と説教を受けたかも知れない。



 


 離れたテーブルに居た髪がおかっぱでその髪が殆ど白髪の男がおれたちのテーブルに


寄ってきた。



 


「すいません。火ィ借りられますか」



 


 久米島さんが喪服の内ポケットから銀のオイルライターを渡す。



 


「どうぞ」



 


 彼はそれを受けとり、ケント(煙草)に火をつける。



 


「ええのん、持っとってですね。……本條君もいっつもジッポを使ってましたわ……」



 


「本條とは、ご友人ですか」



 


 久米島さんが白髪の彼に訊く。



 


「ええ、ここ二年くらい、付き合いさしてもろてました。……あ、私、今泉(いまいずみ)いいます」



 


 おれたちの居るテーブルについたまま、今泉という男は煙草をふかした。今泉がもと居た


テーブルからさらに二人の男がおれたちのテーブルに寄ってきた。



 


「私、久米島です。本條とは昔アイツがジャズ、やってたときに私の勤めてた洋食屋でよく


練習してたんで、その時分からの知り合いです。こちらは、本條の同級生で私の昔の洋食屋


のときの後輩のーー」



 


「佐伯(さえき)です」



 


 後の二人は、おれと同じ中学の同級生だった。一人は高校まで同じだったが面識は


なかった。山下登(やました のぼる)と古川慎平(ふるかわ しんぺい)という名だった。



 


「何で、死んだんでしょうね」



 


 おれは誰に向かってということなく呟いた。



 


「そりゃあ、社会的な立場がないことを嘆いてでしょう。僕も、今、お恥ずかしい話しながら


神経症で無職ですもん。本條の気持ち、分かりますわ」



 


 背の低い顔の黒い髪がごわごわした山下がそう言った。この顔の黒さはどこか内臓が


悪いからかも知れない。健康的な肌の色ではない。



 


「本條君には小説が有った。それが救いやったと思います。仕事ができん不甲斐なさも、


書きつづけられたら挽回できたかも知れへん。いや、あの子やったら、いつかは成功する


んやないかと、私、思うてたんですけど……惜しいです」



 


 今泉という男がそう言った。


 


 ビールを飲みながら本條との思い出を語らった。



 


 話し込んでみると、五人が皆、無職だった。



 


 今泉という男は四十八歳。数年前に親族系小企業の経営陣のごたごたに巻き込まれて


自主退職。今は全くの無収入。山下登はおれや本條と同い年の四十四歳。十年ほど前に


新車販売の営業をリストラされてからは、持病の神経症もあって何をしても長つづきしない。


三日前に大手食品メーカーの地方工場を馘になったという。古川慎平も四十四歳。八年前


に中江市の地元企業の鉄工所を上層部に仕事のやらせ方を糾弾して殆ど喧嘩ごしに言質し


て自ら退職。その鉄工所では安全管理に問題があり、機械に腕を挟まれるなどして数人が


亡くなっているという。


 その後、マルチ商法などをやるが収入には結びつかず、かと云って他社に平社員から


入る気にもなれず、現在も無職。久米島和夫さんは現在四十七歳。数年前の交通事故の


後遺症でリハビリをしている。故に無職。そしておれは、楽な方へ動きたがる自身の性格


から前職の運送業を辞めてはや二ヶ月。しかし、この中でおれだけが健康にも不備はなく


モチベーションが下がっている訳でもない異端だと言えるのかも知れない。


 


 


 葬儀は軽かった。それは本條が現在どこの会社にも属していないことにもよる。十八個


ものセミプロ、アマチュアバンドを渡り歩いてきたのに、その当時のバンドのメンバーも


一人二人しか参列しなかった。自費出版で出した本のファンが駆けつけるということも


なかった。さすがに出棺のとき、母親は号泣したが、雨上がりのさわやかとも言えるあまり


気温の高くない天候のなかでは、演劇の余興の一コマを見ているようだった。きわめつけは


城をモチーフにデザインされた昔ながらのステーション・ワゴン型の黒い光沢のある


霊柩車がお見送りのときに何とも甲高く薄っぺらいホーンを短く鳴らしたことだった。


 


 霊柩車を見送ってから殆どの人々は寺で散会となった。



 


 おれたち五人は、中江市の本條家の向かいにある市が造成した公園のカルチャーセン


ター に組み込まれた〈紫陽花(あじさい)〉という喫茶店に入った。


 今泉さんはフルーツパフェを食べ、他の四人はアイスコーヒーを飲んだ。


 今泉さんが語る。


「僕、そない深いつき合いでもなかったけど、あの人はええ意味で変人やったと思いますわ。普


通、小説家なんか目指さへんですわ。それもかなり自分のこと晒けだした『樹海』、あんなん出


版するいうのが変わっとる」


「ジュカイいうて、本のタイトル?」


 久米島さんが尋ねる。


「そう。ひょっとしてお宅ら未だ本條君の本読んどってないの。……そら、エラい人やで自分の半


生記みたいなフィクションとごちゃ混ぜの小説やで。せやけど、あれだけのモンが書けるぅいう


のは一応、才能が有んねんやろなぁ」


 今度はおれが語りに代わった。


「アイツが小説書いてたなんて知りませんでした。元々、よう勉強できる奴やったんです。小学


校ん時は何もかも完璧でした。授業中よう発表するし、国語、算数、理科、社会、何もかもよう


出来て、多分学年でトップやったんやないかと思います。それに体育も悪うないし、完璧なスー


パーマンでした。……それが、五年のときにクラス替えが有って、酷いクラスになってもたんです


よ。本人もヨッたけど、ゴミみたいな連中かき集めて一つの組に放り込んでも、本條が居れば抑


えてくれると当時の教師らは思たみたいです。アイツ、溌剌としてたから。それが、本人、身長


の伸びん時期に入って、腕白な奴らを撥ね返すだけの体格もなかったんで性格まで捩じ抑えら


れてもたんです。イジメです。それも、クラスの男の半分が残りの全員をイジメるっちゅう酷いモ


ンやったらしいです。**の奴も居る組でしたから。そいで、全然勉強がアカンなってもたいうて


本人がヨりましたわ。僕と本條は小学校三、四年と一緒で中学二年の時にまた一緒になって、


それから高校も一緒でした。中二の時に再会した時は昔の姿、見る影も有りませんでした。あ


んだけ快活やったのに、別人になってもとりました。そいでも中学の時は、ブラバン(吹奏楽)や


って、三年の時は部長までやって指揮までやっりょりましたから、アイツも真っ暗という訳でもなく


てプライドも保ててよかったと思います」


「その頃からバンド始めた訳か?」


 と、久米島さんが横から訊く。


「いや、バンドは高校入ってからですわ。僕が誘たんです。本條やったら音楽的にしっかりしとる


やろからドラムしてくれ言うて。……僕は、あの時分は流行ってる曲コピーして女にもてたかっ


ただけなんですけどね。今日来てないけど館山いう奴が居って、そいつもそいつの兄さんが音


大行った人でしたから本條と館山を僕がひっぱって、ボーカルは男前の奴を持ってきて、まあ、


そういう作戦でバンド作ったんですけど、本條と館山のお陰で安定したバックになりましたわ。


本條、ホンマ、正確に叩くしね」


 今泉さんだけが、ゆっくりとフルーツパフェを食っている。他の四人はコーヒーを飲んでいる。


山下登は既にアイスコーヒーを底まで飲んでしまって煙草を吸っている。古川という男はアイス


コーヒーをストローを使わずにゆっくりと飲む。音を立てない飲み方だ。おれは何かこの古川と


いう男を見ていると息が詰まるように感じた。


 店内には日本のポップスが小さく流れている。夏をテーマにした曲で伸びのある晴れやかな


声の男性ボーカルだ。


「おれはアイツがジャズ叩いとるとこしか知らんわ」


 と、久米島さんが言った。


「僕は、社会人になってからもアイツがフュージョンとかジャズとかやっとんのしばらく知りません


でした。勢田郡の青年団のパーティーが有ったときに、中江市で有名なバンドでそのドラムをア


イツがやってた時はびっくりしましたわ。フュージョンですもん」


 と、おれは久米島さんに返す。


「お前があの店にアルバイトに入る二年程まえにモカタウン(レストラン)でジャズのトリオの箱


バンドみたいなもん出そういう話しになって、そいで本條がおれの同級生の紹介で店にオーデ


ィションみたいな形で来たんや。それが、おれが初めて本條に会うたときやな。こんな尾上市や


中江市近辺で、ドラムやっとる奴でマトモにジャズ叩ける奴なんか居らへんたよ。いうても、本條


もそないジャズでは上手いとまでは行かへんたんやけど、四ビートがマトモに叩けるだけでも貴


重やったからな。……ギャラやってウチの店で二回ライブやったわ」


 久米島さんの言葉を受けておれはまた口を開く。


「高校二年のときにエライ事故起こしてね。アイツ。内臓が割れて腹内出血、なって。僕らの文


化祭のスケジュールも諦めなしゃあないなって。そら、本人が一番ショックやったと思いますわ。


せやから、余計、ドラム続けたんでしょうね」


「その事故は僕も知ってますわ」と、古川慎平が口を挟みつづける。「エライ事故でしたわ。あん


時、アイツのお母さんが体育館のまえで焼肉おごってくれたってね。献血した子ゥらに。担当教


師が悪いんですわ。体育の授業で余興にすもうなんかやらせるから。アイツ腹ん中で四千八百


シーシーも出血したらしいですわ。高校の時はバンドもやっとったけど部活でバスケやってまし


てアイツ。おれもあの子に触発されて入部したんです。一年の二学期の終わりに辞めてまいま


してね。部長選びやいうて、その時分、練習が厳しいて、ほとんどシゴキでしたから。せやけど、


バスケ辞めてなかったら内臓破裂も起こしてなかったかもですけどね」


「そちらは、どういう繋がり? 本條とは」


 と、久米島さんが山下登の方へ手の平を少し押しながら尋ねる。


「え? 僕は中学校ん時の同級生です」


 煙草をせわしなく吸っている。目をしばたたかせて非常に眠そうだ。意識している時だけ瞼が


もち上がっているように見える。その顔が異様に黒く肌艶もわるく浮腫んでいる。


 山下君はつづける。


「僕、最近、本條の家へお邪魔しょったんですわ。中学時代も顔と名前だけ知っとるぐらいの知


り合いやったんですけど、僕、最近、仕事が続かんで昼、暇な時間が有って、職安とか面接とか


は行っきょるんですけど、そしたら昼間に出会える友達なんか普通いませんので、あいつ小説


書いてるいうことで最近ずっと家に居ったんで、よう行かしてもろてたんです。そういえば、本條


君、自殺できるように準備しとる、いうて最近僕にも言うてました。小説家を目指しとったけど、


なかなか自費出版した本も売れへんし、新人賞も通れへんし、かと云うて普通の仕事もできん


ぐらい神経症の状態も悪いし、障害者年金もろて、それを出版費用の返済に充てとるいうて、


実質、お母さんと弟さんに頼っとるのが、自分でも情けないから、時々、夜中に死のう思うとき


が有るいうてました。僕も神経症で人の多いとこでは長く居られへんのですけど、本條君の場


合は何や考え事が他人に伝わってしまうらしいんで仕事は難しかったんやと思います」


「あー、それな」と、今泉さんが割り込んでつづける。「僕も初め、彼の病状を聞いたときは単な


る思い込みやと思とったんやけど、僕も三年ほど無職で居るし、彼も同じように、悪う言うたら


甘えとんのやと思とってん。……せやけど或る日、昨日寝てないいう日に一遍出会うたけどホ


ンマに考え事が漏れて聞こえてくるんやんか。何やこっちの耳に直接入ってくるいう感じで。ア


レは困る思うわ。本人」


「僕、それ知っとる」と、古川君。


 今泉さんと古川君以外はその症状を知らなかった。


「色々あるにしても、死なんでもええのに…」


 と、おれは言った。


 場所を変えて酒でも飲もうという話しになった。もう明日からお盆に入る。


 結局、おれの家に買い込みで集まった。


 おれは独りっ子で親父は五年前に死んでるし、母は夜、自分の経営しているスナックへ出る。


皆が気兼ねせずに済む訳だ。


 二階の自室は地元を出た二十数年まえと殆ど変わらず、レコードは百枚程、本棚に挿さった


ままだし、少年ジャンプや『ホットドッグ』という月刊誌や『ロックンロール』という音楽雑誌も乱雑


に棚に収まっている。


 ステレオでダリル・ホール&ジョン・オーツのレコードをかけた。


 皆でビールの乾杯をした。


 夕方の六時だった。


「おお? ごっついアンプ、有るやんか」


 と、今泉さんが部屋の隅を指さした。


「高校の始めた時、アンプだけは金かけましたから」


「ようけ、資格の本が有んのう佐伯」


 と、久米島さんがその内の一冊をぱらぱらと捲りながら訊いてくる。


「高校卒業した後に、色々とろうと思たんですけど、結局、一つも獲れませんでしたわ。ホホ」


「ワイ、二級建築士と宅建は持っとる」


 と、山下君。


「おれも宅建だけは持っとんで」


 と、今泉さん。


「僕、高校普通科やったから、大学行くほど頭ようもなかったし、何か武器持たな損やな思て片


っ端から資格試験受けたんやけど、結局あきませんでしたわ。デザインの専門学校行っただけ


です」


 とおれは誰に言うとなく言った。


「ワイも専門学校。コンピューターの。せやけど専門学校行っても資格獲らへんたら何にもなり


ませんわ。ワイの場合も、ただ行っただけですわ」


 と、古川君が言った。


 彼とは同じ高校だったが、おれは彼を知らなかった。


「みんな他にはどんな資格持っとんの? 資格やのうても得意な事とかよ。一人ずつ言うていこ


う」


 今泉さんがそう提案した。


「俺は、調理師免許だけやな。アマチュアのバンドのボーカル八年くらいやっとったけどそれは


自慢できるほどのモンではないわ」


 と、久米島さんがどっしりとした巨体を落ちつけて言う。


「僕は、英検三級と簿記検三級ぐらいしかない。英検の三級は履歴書にも書けるもんやないし。


後、高校のときと合わせて五年ほど、エレキベース弾いとっただけで、それも我流やし。それ


と、大型免許はないけど四トン車までなら楽勝で運転できることぐらいかな」


 と、おれは言った。


「ワイは、さっき言うたけど、宅建と二級建築士。それと法律は大分独学でかじったけど資格は


有らへん。趣味でフォークギター弾くけど、それは関係ないか」


 と、山下君が言った。


「二級建築士持っとんのに何で無職なん?」


 と、久米島さんが横槍を入れる。


「それはーー」


 と、山下君が釈明しかけたのを今泉さんがかぶせる。


「今は説明は後にしょ。先に全員の話し聞こう」


「えっと、ワイは、資格は何も有れへん。ただパソコンだけは人より触れる。そんなとこやな」


 と、古川君が言った。


「ホナ、おれやな。おれは営業畑や。二十年近う営業はやった。資格は宅建だけ。ついでに、関


係ないけどバイクは自信が有る。何遍かレースも出たし。音楽はエレキやっとった。大体クラプ


トンのコピーや。エレキの方は、そない上手いとは自分でも思てないけど。これ位かな」


 カップ麺をさっき一緒に買い込んでいたので一階のガス台で湯を沸かし、全員で食べた。


「佐伯君、今日泊まらしてもろてもええやろか」


 と、今泉さんが麺を歯でちぎりながら言った。


「ああ、はい。僕、初めから全員に泊まってもらうつもりにはしとるんですけど……せやけど布団


が足りひんなァ思いよったとこなんですわ」


 と、おれは麺を吹きながら返した。


「布団はええで。夏やし。雑魚寝で」


「悪いけど、ワイは帰らしてもらう」


 山下君がそう言った。


 睡眠薬を飲まないと眠れないのに、家に置いてきたのだそうだ。


 ビールが空いてしまったので、おれは山下君と古川君に金をわたして近所のパチンコ屋の隣


りの酒屋まで、ウィスキーを買いに行ってもらった。


 冷蔵庫の氷が溜まっているボックスから氷をボウルに移して持ってきておれは水割りをつくる


役にまわった。


 歓談がすすむ内に自然に二つのグループが出来て、それぞれの興が乗った。


 久米島さんと今泉さんは歳がちかくて二人とも妻も子も居るので話しが合うようだ。おれの三


年上が久米島さんで、その一つ上が今泉さんで今年四十八歳らしい。二人とも小学生と高校生


の子供が居る。


 久米島さんは最近交通事故で働けなくなり、加害者側からの保険の賠償金と相手からの個人


的なお見舞い金で生活は確保できているが、今泉さんはどうやって生活しているのだろう。三


年以上も無職というし、身障者年金が入る訳でもなく厚生年金の受給には未だ歳が早い。想像


するだけなのだが、奥さんに働いてもらっているのかもしれない。それか、資産でも有るのだろ


うか。


 山下という男は神経の具合が悪そうで、薬に浸かっている感じで言葉の発声も冴えない男だ


が、古川という男も、病気ではないが冴えない。人と話すとき気を張って息を詰めるような話し


方だし、第一、二人ともおれと同年の四十四、五という歳で一度も結婚したことがないそうだ。


山下は医者から止められていると言って初めの乾杯以外まったく酒に口をつけずにするめイカ


等を噛んで煙草を喫っている。古川の方は副流煙に嫌悪の顔をつくる。酒は体質的に駄目で


一杯目の水割りをずっと舐めている。


 昼間のうちに蝉は鳴きおわって、今はジィーという蛍光灯のノイズのような虫の声だけが網戸


を通って部屋に滲みわたっていた。むっとする空気は湿気を含んでいた。ひと雨くるかもしれな


かった。


「皆、ちょっと聴いてくれ」


 それまで二つのグループに分かれていた全員をひきつけるように今泉さんが少し大きめの声


を挙げた。


「このメンバーで、会社せえへんか? 否、会社やなかってもええから金儲けをよ」


 自室の六畳とその隣の六畳とのあいだの襖は開けて広くしている。大の大人が五人も寄れ


ばそうしないと寛ぐ空間がない。全員が一斉におれの部屋の机にちかい位置の今泉さんに注


目した。


「会社つくるいうても資本金が要るし、登記とか手続きがややこしいんでしょ?」


 と、今泉さんに一番ちかいおれはセブンスターの煙を吐きながら訊く。


「いや、資本金は今は法律が変わって一円からでもええねん。手続きはおれ知っとるから行って


くる」と、今泉さん。


「資本金ゼロでも初めはやっぱりお金が要るでしょ? 物仕入れたり事務所のテナント代とか


も」


 久米島さんがそう訊く。


 今泉さんは、ケント(煙草)の箱の上を指で叩いて一本轡えて、


「それはおれが出してもエエ」と言ってから火を点けて一息目を吸ってゆっくりと吐き出してから


つづける。「実は、三百万余分な金が手元に有んねん。その金ちょっと曰くつきの金で、好きな


ように使えん金やねん。せやで知り合いに借りたいう形にして表の金にするから、それ使うてく


れたらええわーー」


「一寸、待って。それやったらおれも三百は無理やけど二百万だすわ」


 と突然言った久米島さんに、他の者はぎくっとした。


 


 『あいつのおかげで』ーーー2


【次話への誘導リンクを張っていませんので、次の記事、さらに次の記事へとお進みください。近い位置で、次話が出てきます。次記事は、「>>」方向です。】


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 [山雨の動向]

 


 現代社会からはじかれた五人の男たち。


 


 旧友、または先輩という者たちが、本條悟の死を機会に……。


 


 


今、新しい道への挑戦がはじまる。


 


 


 『あいつのおかげで』


 


 


   乞うご期待!


 


 今夜から、日刊で更新する予定です。


  『あいつのおかげで』第一章は、こちら


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あの頃…… [ラフに語る、つれづれ記]

 高校の授業中に怪我をして、バンド活動への焦りから不眠症となったんです。


 その当時、17歳でした。


 興奮する僕の症状。それを診てくれる先生を捜して、病院をいくつか変わったんです。


 これが良案だったと言える最終的に行き着いた先生は、


神戸大学付属病院精神科の中井久夫先生でした。(今では、文筆家として超有名です)


 病院の診察までの待ち時間が長かった。


 その間に、よく外食しました。


 うどんの専門店とか、神戸牛ステーキの店とかに行きました。


 廉価ではあったけれども、当時で2000円はするステーキのコースを、母は許してくれました。


「良一よ、ゆっくり食べてきい」


 と言って。


 その後も、病状は安定しませんでした。


 2、3年順調に仕事がつづいたあと、また薬漬けの日々に戻る。


 5年6年、仕事先を変わりながらも健常者と変わらない平穏な日々がつづいたと思えば、また2、3年停滞します。


 実に、三十代中盤に至るまで、母はときどき、僕の通院に付きあってくれました。


 学業も優秀で活発だった僕が、大きな事故をきっかけに自暴自棄になってしまった。


 母の心中も、揺れていたことと思います。


 今では、もう、大きな停滞にはいることはなくなりました。生活資金も年金をベースになんとかなっています。


 考えてみれば、今の僕は、当時の母の年齢を追い越しています。


 自分の息子が、ノイローゼになり自暴自棄になって荒れた、ということは母にとっては大きなショックだったでしょう。


 母は、今年81です。


 楽をさせてやりたいと、心から思います。

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2017/07/25、つれづれ。 [ラフに語る、つれづれ記]

 天海祐希さんに、車のなかで扱いてもらっていて、


気持ちよくなって、もう少しで往ける、というところで目が覚めた。


 夢だった。


 天海さん、もしそちらがよろしければ、扱いてください。



 今日も今日とて、醤油倉。


 作業をしているうちに、豪雨となった。一瞬だったけどね。


 今日は、運転手の男性と、お互いに若い頃は痩せていた、という話題で盛りあがった。


 運転手、身長170くらい。現在70キロ台。


 僕、身長183センチ。現在109キロ。


 昔は、二人とも50キロ台だった。


 痩せてて情けなかった。太りたかった。という。二人とも。


 一緒に醤油倉に行った19歳の青年を羨ましげにみる。スラーっとしている。


 今では、もう少し痩せたい。


 派遣先のトイレを借りる。


 汗、だくだく。


 行き帰りの車中は天国。


 エアコンが凄く効きます。

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2017/07/24、つれづれ。 [ラフに語る、つれづれ記]

 昨夜、夕方から中途半端にうたた寝したので、一旦覚醒したのが深夜十二時過ぎだった。


 すぐに薬を飲まなくちゃ、と思ったのだが、身体が重くて、そのまま横になっていたら十二時四十分ぐらいになってしまった。


 そんなわけで、昨夜眠るのが遅かった、という理由で、今日は休んだ。


 行こうと思えば行けただろうけど、身体もシャキッとしてなかった。


 午前中に市役所の用事を終えて、十一時半ごろ昼食をとってから、爆睡。3時半頃まで寝ていた。



 働きたくないよーー。原稿だけ書いていたいよーー。


 作業所は、行けば楽しい。


 けど、疲れて原稿が書けない。


 基本的に、仕事はしたくない。


 残りの生涯、遊んで暮らしたい。


 ああ、仕事に行きたくない。仕事に行きたくない。働きたくない。


 営業職、辞めるんじゃなかった。勿体なかった。


 一般の4分の1の時給では、時間を削っているようなもの。かといって、病状の問題があるから一般は難しいし、第一、投稿生活13年という職業ブランクでは面接も通らない。


 製造業の派遣だったら通るかもだが、仕事がきついしなーー。


 絶対、小説か自営でやっていきたい。

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イベントに行ってきました。 [山雨の動向]

 「道の駅「R427」かみ」で、ハーレーダビットソンのイベントがありました。

 サイドカーに乗せてもらえるイベントだったのですが、それは自らの車との乗り換えもあり辞退しましたが、

行ってみると、ほとんどイベントは終わっていました。

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 道中、眠かったので、道の駅でブラックブラックガムを買いました。


 「あまごの塩焼き」も売ってたけど、金欠のため買いませんでした。


 大型二輪の免許、欲しいなあーー。

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