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妙な電話。 [ラフに語る、つれづれ記]

 ケイタイに、前の持ち主だと思っているらしい間違い電話がかかるのですよ。

 一回目は、Bさんと旅行に出ていたとき。

 2回目は、今日。

 どちらも、着信音に気づかなかったから、履歴を見て、折り返したんです。

「お電話、もらっていたようで?」

「いやあ、煙草、送ってもろたかなーー、思て」(中年女性の声)

「何のことです。それは、多分、まえの持ち主のことでしょ。もう、電話番号が変わってますよ」

 と、一回目。

 今日の折り返し電話。

「お電話、もらってたようですが」

「ああ、煙草、送ってもろたかなーー、思て」

「お宅、これで、2回目ですよ。それ、まえの持ち主です。番号変わってるんですよ」

「へーーえ、そう。それで、お宅は?」

 と、こちらの名前を訊かれてしまいました。

 煙草、とは、何ねん。

 タバコ屋さんか。

 それとも、ひょっとして、麻薬売買か?

 困った電話でした。

 追記

 その後、電話番号をネット検索して調べてみると、雑貨とタバコのお店でした。

 分かって、ホッとしました。


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5月30日(金曜日)、つれづれ。 [近況…]

 しまった。

 ブログ村の、PVランキングのパーツを外していた。

 ブログ画面が、ごちゃごちゃしすぎなので、整理しようとして、まず、Googleのアドセンス広告を外し、

楽天のガジェットも外した。

 アフィリエイトなんて、ぜんぜん収益が出ないしね。

 そこまではよかったのだが、どういうわけか、ブログ村のランキングも、「そんなもん、関係ないわ。アクセス数が自分で

把握できてたら、それでいいわ」とか思って、削除してしまったようです。

 2日経ってたから、順位ががた落ちです。

 やっぱり、ブログ村の順位は、励みになる。

 昼には起きて、食事を摂り、またうたた寝などをしたあと、原稿の打ち出し。

 30枚近く溜まっていた。

 融資枠が、一口増えた。

 これで、鳥影社からなら、出版できるが、問題は、返済計画だ。

 話題跳ぶ。

 自室の裏で、がさごそ、どすんどすん、と、物音がするんですよ。

 ノッシ、ノッシ、とも音がします。

 どうやら、熊みたい。

 安全のため、窓を閉めた。

 暑い、暑い。

「懐中電灯、持って、見に行ってきてよ」

 と弟に言うと、

「そんなことしたら、やられてしまうがな」

 と。

 Bさん、夜は、僕の家に来ないほうがいいよ。

 ヤバイよーー。

 弟は、湯上がりの僕の裸体を見て、

「その腹やったら、熊も逃げてくでーー。負けた、思て」

 と言ってました。

 肥りました。105キロです。身長は高いけどね。(183センチです)

 もうすぐ、健康診断です。


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『三十三年図書館』9 [自作原稿抜粋]

 宗教というものは、独りでは、神の臨在の確約がない。

 仏教でも、独りだけで、求道する者は、野狐狸と呼ばれる。

 しかし、団体になると必ず、社会的立場のひけらかしの場になる。

 礼拝だけ参加したら、すぐ家に帰るべきだ。

 一体、キリストが生きて、弟子たちを教えておられた時代と何が違うのか。

 決定的に、はっきりとしたキリスト本人が居られない事が、その違いだ。

 霊として感じる事は有っても。

 霊によって病が癒えたりする事が有っても。

 神の声を聞く事が有っても。

 キリストさま御本人が、肉体を持って団体の中心に居られない事が、こうまで集団を俗

社会的なエゴのぶつかり合う冷めかけた溶岩の塊のように醜くさせる。

 そして、もっと問われるべきは、その人が、全身に我の意識を超克させられる程にキリ

ストの霊を充電しているかという事だ。

 それならば、善の意識しかない状態であって、相手に害を与える言葉は出てこない筈で

ある。

 団体というものは、必ず迷走する。

 目立ちたがり屋も出てくる。

 仕事でもない宗教でもないNGOやNPOとか何とか機構とかは、しがらみが渦巻いて、

本体がスムーズに動く事さえ出来ない四輪ともがそれぞれ向きを変える事のできる、四輪

ともがそれぞれ別方向の駆動力を持つ変な車みたいになってしまうものなのだ。

 昼に、焼き飯をつくって食べた。

 『新婚さん。いらっしゃい』を観た。

 十年も年上の女の方からホテルに誘って結ばれた、夫が二十九歳の夫婦が出演していた。

 女は、何を基準に、夫とする相手を選ぶのだろう。

 そんなに美男子でもなく、仕事はトラックの運転手をしている男だった。

 女の方は、まあ普通の、美醜の中間をいった顔だった。とりたてて魅力的とは云えない。

 普通に仕事ができて、二十代で結婚するのが、最低限度をクリアした幸福というものだ

ろう。

 つづいて始まった『アタック25』を観てから、僕は、三十三年図書館へ向かった。

 日曜日の館内は、様々な人でごった返している。

 普段、見かけることのない若い女性も多い。

 サービスカウンターでは、読みたい本をリクエストする為に、四十代の、おそらく子供

の居る家庭の父で普段は中企業で総務の仕事でもしていると思われる綿ズボンにベージュ

のセーターを着た顔色の黒い、細い針金フレームの眼鏡をかけた男が、本の内容を長々と

説明している。

 児童書のコーナーで、幼児がむずがって母を呼び、小学校低学年の児童が、センタース

ペースを四、五人で大声を挙げて走り回り、母親らしい女が、時々、「静かにしなさい!」

と注意している。

 雑誌閲覧コーナーの丈の低いソファーに、中学生の女子が七、八人群がり、ぺちゃくち

ゃと喋っている。時々、こちらの顔を見ては、くすくす笑い合い、さらに時々、「きしょ

ー!」などという大声を同時に挙げる。

 作家名順小説コーナーでは、三十人くらいが立ち読みをしている。

 老若男女、入り乱れている。

 これが、読書をする空間なのだろうか。

 中泉さんも鴻上さんも居ない。

 高木さんも酒井田さんも居ない。

 平日組は、全うな社会人の多い空間に耐えられないのだ。

 僕は、雑誌の挿さっている下駄箱のような本箱の左から二番目で一番上の位置にある『文

藝春秋』の最新号を抜き、ソファーに座って頁を繰った。

 斜め後ろで新聞をめくるがしゃがしゃ言う音が聞こえていて、僕の視界の右端に伯父さ

んが映るのだが、その伯父さんがやたらと落ちつきがない。

 頁をめくっては、大開きに開いてまず、新聞を両手に持ったまま全体をながめ、次に、

なかの記事を表に半分に折りしばらくながめる。それから、折ったときに出来たしわを伸

ばそうと片手でクリップをつかみ、もう一方の手で紙面をひっぱる。表の一枚をひっぱる

と内側の紙面がだぶつく。その内側の紙面をまた一枚一枚ひっぱり、最後に全紙面をもう

一度、一遍にひっぱりなおして、今度は新聞をテーブルに寝かせてもう半分に縦に折る。

それから、四分の一の紙面の記事を丹念に読んで全体に次の頁へめくってから、同じこと

をはじめる。

 ばりばりばり、ぴしん! ちゅか、ちゅか……、ぱたん、がしゃがしゃ。

 これが図書館なのか。

 二ブロック離れたソファーから、別の伯父さんの咳払いが聞こえている。

 それが、わざとやっている咳払いに感じて、こちらの気分がイラつく。

 そのうち、その伯父さんの喉に、本当に痰が溜まりかけたらしく、湿った咳払いに変わ

ってきた。痰が切れないらしく、本人も苦しそうだ。痰が切れたとして、チリ紙は持って

いるのだろうか。

 奥の勉強机のコーナーで、男が乾いた咳をし始めて、その間隔が段々詰まってくる。

 その内、男がケイタイにかかってきた電話に出て大声で話しだした。

 これが、公共施設なのか。

「静かにしてくれるか!!」

 突然、雑誌コーナーの奥のソファーで大声が発生した。

「ケイタイ使うねやったら、外へ行ってくれ!!」

 凄い勇猛果敢な言動である。

 僕も、あと一分もつづいたら爆発しようかと密かに心中で数を数えていたのだ。

『靖国問題を考える』という記事を読んでいて、靖国問題を考えられなくなってきたのだ

った。

 その声には聞き憶えがあって、数秒後に僕の中で判然とした。

 鴻上さんだ。

 鴻上さんが怒っているのだ。

 男は、声を少し低くして、電話をしながら外へ出ていった。

 文藝春秋を棚に戻しに立って、鴻上さんと目が合った。

 ま深にかぶった野球帽のなかの目が笑っていた。

 テラスに出ると、少し涼しい風が吹いて、でも陽が当たって丁度よかった。

 おしゃべりが聞こえてくる。

 三十三年図書館の中心メンバー、酒井田さん、柏木さん、河上さんだ。

「室井さん、元気しとって?」

 酒井田さんに、そう呼びかけられて、僕は丸テーブルに加わった。

 淑子と河上さんが不倫の関係のままつづいているのだが、淑子がなかなか夫と別れない

と、酒井田さんが僕に話す。

 不倫の場合は、別れないまま独身の者とつき合っている者が悪いに決まっている。

 僕も五年ほど前までつき合っていた人妻が居たのだが、口でいくら本気だと言っても、

自分は結婚生活をつづけながらつき合いつづけるというその態度が、全てを物語っている。

 要は、淑子が淫乱なのである。

 その他人の道ならぬ恋のことをどうたらこうたら教導的に、さらに、また他人の耳に聞

かせるこの酒井田詩子は、異常だ。

 僕は、また頭のなかで同じ考えをロダン的に考えだしたが、それは口にはしなかった。

 それよりも気にひっかかるのは、酒井田詩子は三ノ宮の裏路地で消滅したのではなかっ

たか、ということだ。

「酒井田さん、昨日、神戸に行っとってなかった?」

 詩子は、一瞬、きょとんとした。

「ウチは、ずっと中江に居るわな。車も持ってないし、神戸行く用事なんか有れへん」

 やっぱり、酷い幻覚を観たのだ。

 雨に濡れて、黒い日傘だけは現実で…。そういう物質が有るところまでが現実でそれよ

り上に虚構を上塗りした上手くできた幻覚を、僕はたまに見るのだ。

 細い躯に、いつもの黒い服。肌はかさかさで頬骨が高い。その顔が一瞬どくろに見えた。

 三十三年図書館のつづきに柿の木山公園があって、その反対側に僕の家の有る松山寺が

ある。墓所も近いのでここら辺りは鴉が多い。鴉にはこの時期子供が生まれているらしく、

人に対して攻撃的な声で啼いている。

「ああ」

 と、声をかけて佐藤君が輪に入ってきた。

 しばらく僕は、佐藤君と斜向かいに座って近況を語りあった。

 酒井田さんは、時計を見る仕草をして僕に時間を訊き、行かなアカンと言って席を立っ

て歩いて去った。

 行かなきゃいけないところなんか本当はどこもないのだろうと僕は思った。どうして、

中途半端に僕から距離をとろうとするのか、僕には解せなかった。ほんの稀に、僕に後ろ

から抱きついてくることも有るのだ。なのに何故、ゆっくりと余韻をも味わうほどの時間

を気にしない会話というのを避けるのだろうか。

 佐藤君と僕が話す間、河上さんはただ聞いているだけの形でテーブルに残った。

 司法書士の資格試験は相当難しいだろうという意味のことを、僕は佐藤君に言った。

 佐藤君は、こういう図書館で他人と話す為に大義名分を繕っているのだ。

 僕は、前に、高木さんから、佐藤君の現状を聞いた。病気の症状が重く、家の人も、「あ

の子に無理に仕事に行くようには言わんで下さい」と仰有っていたそうだ。

 症状が有るのだから仕方ない。僕にしても。病気の者を世間はニートと呼ぶべきではな

いだろう。佐藤君にとっては、こういう場所で他人と話す事が人生の潤いになっているだ

ろう。それでいいのだ。だから僕は、塚本のように相手の核心を突いて責めることはしな

い。


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5月29日(木曜日)、つれづれ。 [近況…]

 日記記事には、情報がないから意味がない、と言われる方もありますが、

山雨の場合は、半分タレントみたいなものですから、興味を持つ人も居るでしょうね。

 キャッシング枠を、他で一つ作りました。

 どうしても、出版がしたいのです。

 でも、勝負して、売れなかったら、印税を返済に充てることが出来なかったら、

どうなるんでしょうか。

 それとも、版歴を増やすためだけの、格安の出版にしておこうか、などと悩んでいます。

 いずれにしても、金儲けをしなくてはいけない。

 鉄工所の小さいところだったら、考想伝播があっても、そんなに困らないだろうけど、保って三ヶ月でしょうね。

 今の仕事で、お金を弾きだせばいいのですが、なかなか。

 HTMLも、もっと深く勉強しないといけません。

 だいたい、ブログカスタマイズで行くのか、物販で行くのか、絞ったほうがいいでしょうね。

 物販で行くとしても、何を売るか、を絞ったほうがいいでしょうね。

 ああ、ホントは、小説だけを書いていたい。

 本も読んで、書評を挙げて、貧乏でも、それでよかったのに。

 いつから、こんなことになったのでしょうか。

 人間は、変化しないといけない。そう思いますね。

 同じ暮らしで、安定しているのは、楽ですが、そうしていると、大きな成功には行けない。

 幻冬舎の『氷の華』は、自費出版で30万部超えのヒットですよ。

 その著者、文学賞に応募しつづけていたのに、まったく一次にもかすらなかったそうです。

 鳥影社は、翻訳本が売れてます。『ピアニスト』など。

 鳥影社でも、自費出版が或る程度売れて、三回目以降、ずっと無料出版している作家さんが居ます。

 雨宮雨彦さんです。

 本というのは、刷るのに、単位は、千部単位なんですよ。

 そこを、初版完売が早いように、800部や500部の出版が、今はありますが、実際のコストは、そんなに変わらない筈です。

 僕の『壁蝨(だに)』で、初版、千部です。

 出版された当時、インターネット接続もしてなくて、宣伝が遅れました。

 宣伝は、本が店頭にあるうちが、勝負時です。

 お陰さまで、ブログのアクセス数は、増えて安定してきました。

 一日の訪問者数、平均300人。一日のページビュー、平均1000PVです。

 今なら、勝負できるでしょう。そう思ってしまいますね。

 鳥影社の社長に、もう一度、無料出版を掛け合ってみようか。

 今でも、原稿だけは、毎日書いてます。

 今日は、徹夜だな。

 では、また。


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『三十三年図書館』8 [自作原稿抜粋]

 七月の十日になって出版社は念稿を送ってきた。第三ゲラ稿である。

 同時に、装丁見本を二案分おくってきた。

 一つは、僕が原案を出した函館山からの夜景の写真を背景にしたもの。

 もう一つは、出版社側がデザインしたコンピューターを使った文字ロゴを三色で三重に

ずらし、水の上のインク二色がかき回されてカオス的にできた模様をその背景にしたもの

だった。確かに、これは、悪夢を見た後の眩暈を表しているだろう。

 僕は、夜景の方を選んだ。

 コンピューターグラフィックの方は、客として観た場合、力がはいってないのが見抜け

てしまう程度の代物でしかない。

 念稿に赤ペンを入れるところは殆どなかったが、問題は筆名だ。

 いくら考えても、よい名が浮かばない。

 本條悟という筆名を、これまでの応募にもずっと使ってきたのだが、この名には、何

の謂われもない。思い入れもない。どんどん完成する原稿を、新人賞に応募してみようと

思いたち、本名を名乗るのは嫌だったので、とりあえず、ということで思いつきでつけた

名前なのだ。

 いざ、本当に作品として世に出ることになった今回、いい名前をつけようと執筆の合間

にずっと考えつづけたのだが、全く閃かなかった。

 筆名の由来は?と、インタビューを受けても答える内容すらない。

 ここで、決めなければならないのだ。

 この念稿を返してしまえば、印刷になるだろう。

 僕は、校正の終わった念稿を自室に二、三日寝かせることにした。

 三十三年図書館に行った。

 中泉さんを見つけると、僕は、テラスに誘った。

 筆名で困っていると話し、何かいい名前の候補はないかと尋ねた。

「筆名なぁ、そら、一番大事なこっちゃな」

 中泉さんは、ケントを喫いながら応じる。

 いくら考えても思いつかない、と僕は言った。

「そら、一番先に考えとかなアカンことやで…今までは何で行っきょったん?」

 僕は、本條悟の名を言った。

「それでエエ思うけどなぁ……急にそんなこと訊かれても、僕も思いつかへんわ」

 僕は、彼と別れて、散髪屋の友藤のところへ行った。

「さあ、それは、俺に考えてくれ言われてもなぁ」

 僕は、さらに、車で、最近つき合うようになった留年したときの同級生の入っている新

興宗教の拠点に行った。

 彼が居たので、同じ質問をした。

「名前なぁ、難しいなぁ。それは、僕らが言うべきではないわ。その名前でええやん」

 僕は、夜に、出版費用を貸してくださった白石さんにも、電話で相談した。

「うーん、そら、あのペンネームではなぁ。……何か他のことしとる時に、ぽっと浮かん

だりするかもかで」

 僕は、それからずっとぐねぐねと考えつづけたが、いい筆名は浮かばなかった。

 次の日もぐねぐねと考えつづけ、その次の日、十三日についに観念して本條悟の筆名で

念稿を送った。

 ついに、やる事はやったという心境になった。

 僕は、今書いている原稿もほったらかして、三日間だらけた。

 昼に、一つ隣の郡の四十キロメートルほど僕の家から距離のある温泉に行ってゆったり

と石造りの浴槽に浸かり、また、次の日は、なけなしの貯金から五万円を持って神戸の福

原に行き、肥っているので指名が少ないであろう慶子とマットプレイとまな板プレイをし

て、残りの金でビジネスホテルに泊まった。慶子は、あんまり下の轡え方がよくはないの

だが、躯にボリュームがあるので抱きついているとこちらの高揚感が急加速できる。肉が

だらっと骨格からあぶれる躯の方が僕はいいのだ。

 三ノ宮のホテルからは、楕円形のポートピアホテルと神戸大橋のぽつぽつと並ぶ赤色灯

と、それを映す海面が見えた。

 JR三ノ宮駅で買って、部屋に持ってはいった夕刊には、『あなたの原稿を出版します』

という夕刻堂の下三段抜き広告が有った。

 僕が小説家を志した二十九歳の頃には、こんな広告はなかった。

 今は、こんな広告が毎日のように新聞に載っている。

 と、いうことは、出版した名もない小説家も多いのだろう。

 夕刻堂は、費用に二百三十万要ると送ってきた。今回、出してくれることになった晶洋

出版でも九十八万はかかる。

 僕は、印刷会社に職工として努めていたことがあるので、大体だがその印刷費用は推測

がつく。

 二百ページくらいの本を千部印刷するとして、まあ、三十五万だろう。

 こういう共同や協力出版という形をとる出版社は、本の売り上げで利益を得ようとは初

めから思っていないようだ。売れなくても、編集と校正と営業の人間の給料をたたき出す

金額なのだ。

 しかし、夕刻堂なら売れっ子になった小説家も出ている。潮音社と星星社は全く一人も

ヒットメーカーを出していないし、実売部数までオープンにしていない。晶洋出版は、今

でこそ共同出版もしているが、老舗であり、職業作家も相手にしている出版社だ。

 売れてくれれば、道は拓けるのだ。

 夜中に目がさめた。

 涙がこみ上げてきた。

 ーーー私な、室井君が好きねん。

 有希子の言葉を思い出した。

 妻は灰になり、世界に色はなくなった。

「室井君。何で泣いとんの?」

 窓に水滴がついていた。

 眼下の道路を傘を差した人が独り歩いているのが見えた。

 細すぎる女の人だ。

 体を倒しながら一歩を踏みだすぎこちない歩き方。ハンドバッグを右肩にかけ右手はそ

の紐を掴み、左手で傘を持っている。その傘が割合に小さい。……日傘だ。?

 酒井田さんだ。

 酒井田さんは、僕の居るホテルの玄関へ近づいてくる。

 僕は、靴下をはかないで靴を履き、ホテルのパジャマの上にZippoのコートを羽織った。

 窓に寄って下を覗くと、酒井田詩子がホテルの玄関の前に立ってこちらを見上げていた。

 彼女と目が合った。

 くちびるを伸ばして酒井田詩子は笑っていた。

 しかし、彼女の顔には目がなかった。

 眼球を受けている筋肉が有る筈だったが、そこは暗くてよく見えなかった。

 洞穴のようになった眼窩の上のまぶたで彼女はまばたきをした。

 彼女はそれからまたそれまでの動きのつづきを歩きはじめた。

 少しずつ、ホテルから離れていく。

 僕は慌てて部屋を出て非常階段で一階まで降りた。

 エントランスを出て、雨にぬれながら酒井田さんの向かった方向へ走った。

 すぐT字路に突き当たり、それを右に曲がると十メートルほど先に傘を差した黒い塊が

見えた。

 僕は、そこからは、ゆっくりと、だが彼女に追いつける速さで歩いた。

 闇のせいで色はよく分からないのだが、彼女はロングコートを着ていた。

 彼女のすぐ後ろにまで追いつくと、僕は、声を発した。

「酒井田さん」

 彼女は応えなかった。

 彼女はまだ歩き続けた。

 僕は、酒井田さんの後ろについたまま、もう一度、呼んだ。

 それでも彼女は返事をせず、歩きつづけた。

 僕は、もどかしくなり、コートに両腕で抱きついた。

 身長の近い彼女の頭が、僕の前にある。

「室井君。来ちゃ駄目!」

 彼女がそう叫んだ。

 僕は、ぐっと、彼女の身体に力を加えた。

 そして、顔をのぞき見ようとした。

 そのとき急に、彼女の体積がなくなった。

 コートの形が崩れ頭は髪だけになって路上にコートがしなしなと変形して降りていっ

た。その上に髪の毛がひとかたまり載った。傘は、急に吹いた風で、ビルの間の空間に吹

き飛ばされていった。

 僕はモーニングコールの電話で八時に起きた。ベッドのシーツのなかで、僕は何も身に

つけずに寝ていた。

 ドアのすぐ近くにパジャマは脱いであった。

 コートは、窓の近くにハンガーで吊ってあったがびしょびしょに濡れていた。

 下着をつけ、服を着た。

 びしょびしょのコートは、コンビニでもらった白いポリエステルプラスチックの袋に詰

めた。

 フロントでチェックアウトし、宿代を払った。

 フロントマンに、コインランドリーが近くにないか訊ねて、彼が教えてくれたコインラ

ンドリーまで歩いた。

 昨日、あの一件が有ったはずの場所を通ったが、酒井田さんのコートはなく、彼女の髪

の毛さえそこには落ちていなかった。

 原付バイクが走り、営業マンがケイタイを使いながら歩いている。時折、車が通りT字

路へ進み、左へ折れ、大きい道路に合流してゆく。少し歩くと、パイロンが数本置かれ、

マンホールの蓋が開いていた。警備員が一人、パイロンの傍に立っている。

 コインロッカーに着いて、僕は小銭を入れて洗剤を入れずにコートを洗濯機に入れて標

準コースで回した。

 酒井田さんじゃなかったのか。

 夢を見たのだろうか。

 僕は洗濯を待つ間、椅子に座ってサルトルの『嘔吐』をしおりを挟んでおいたところか

ら読んだ。

 乾燥機が一台まわっていて、母乳の匂いのする二十代後半くらいの痩せた女の人が、僕

のとなりのとなりの席で赤いセーターを着て座ってVocheを読んでいた。

 三ノ宮駅前から海へと降りる大通りにコインランドリーは有った。

 中国人の声が近づいて、すぐ遠のいていった。

 僕は、本から目を上げ、通りの向かいのビルに目を移した。

 近いところばかり見ていると疲れると思ったから。

 黒褐色の光沢のあるタイルを使ったビルだった。

 十二階くらい有って、十階のあたりの窓とタイルが日の光を反射していた。

 僕は、眩しくないように、視線を上にずらした。

 屋上には誰も居なかった。安全の為に閉鎖しているのかもしれないな、と僕は思った。

 黒い柵がある。

 左の端で何かが動いている。

 ゆらゆらと。

 黒い。

 ビニールのシートだろうか。

 速くゆれては、一度止まり、ゆっくりとゆれて、また止まり、また速くゆれる。

 僕の目の焦点が徐々に遠くに順応してくる。

 傘だ!

 あれは、酒井田さんの日傘だ!

 洗濯機が止まるのを待って、コートを乾燥機に入れ小銭を入れて乾燥機を回してから大

通りを渡ってそのビルに行った。

 全フロアを一社が使っているビルだったので、一階の受付で、最上階に上がりたい、と

申し出たが、「お約束されてますか」と訊かれ、「失礼ですがどちら様ですか」と訊かれ、

「私どもは企業ですので、関係のない方をお通しする事はできません」と断られた。

 御社のビルの屋上の柵に、日傘がひっかかってまして……。

 はい? それで……。

 その傘というのが、私の知り合いの女性のものでして……。

 その、知り合いの女性が昨日の深夜、雨の中で日傘を差して独り歩いていて、その彼女

が急に消滅するのを僕は目撃しまして……。

 はい、はい。アンタ、家に帰った方がいいよ、とか成っちまうだろう。

 外に出て、ビルの横にまわり、屋上を見上げた。

 日傘は開いたまま柵にひっかかって柄の端の把っ手を中心にゆれていた。

 自社ビルの屋上に日傘がひっかかっていても、会社の業務には何も影響しない。

 コートといっても麻の一枚生地の軽くて丈の短いオーバーみたいなものだ。

 夏は、もう、そこまで来ている。

 僕は、コインランドリーに戻って乾いたコートを出して、その場で着た。

 母乳の匂いのする若い主婦は、同じ椅子に座って『ひよこクラブ』という雑誌を読んで

いた。僕と目が合うと、照れたように視線を落とし、意識して雑誌の文字を追った。

 僕は、それからホテルに戻って、裏の駐車場から自分の軽四自動車に乗って帰った。

 中江市に戻った次の日、僕は教会に行った。

 教会は、僕の家の近くに有る。

 祈りが有り、賛美が有る。

 聖餐という時間が有り、僕はその間、黙してやり過ごした。

 洗礼を受けていないと、聖餐には参加できない。

「これは、私の肉である。アーメン」

 人々は、小さなパンの断片を食べる。

「これは、私の血である。アーメン」

 人々は、小さな盃に入った葡萄酒を飲む。

 ーーー父、御子、御霊の、大御神にーーー

 ーーーとこしえ、変わらず、み栄え在れーーー

 ーーーみ栄え在れーーー

 ーーーアーメンーーー

 この教会の賛美には力がない。

 この教会の祈りにも力がない。

 僕は、いつも、ここに来る度にそう思うのだが、昔通った新興宗教の、力ある祈りをす

る団体へは、事情があって行きにくくなった。だから僕は、神の前に、臨在の場へ出たい

ときは、この教会に来る。

 礼拝が終わると、伝達事項を伝え合う会のようなものが始まった。

 僕は、こういう、うだうだ言う時間が剰り好きではない。

 皆、クッキーなどを食って、日本茶を飲んでいる。

 司会者が、僕の名前を言って、僕を皆に紹介した。

「室井さん。ひと言どうぞ」

 僕は、間隔が前後に詰まりすぎている背もたれに後ろの人が読む聖書を置く棚のついた

椅子の、その狭い隙間にかろうじて立つ。

「室井純一です。寺本町に住んでいます。……実は、昨年、妻が亡くなりまして、その妻

が、教会に行きたい、と申しますので、私が今日来ました。多分、今日、妻は私について

きていると思います。喜んでいると思います」

 十分くらいで、伝達の会は終わって、『聖徒の交わり』を存分に行って下さい、と司会

者は告げた。

 僕は、教会の入り口付近に行き、聖書と賛美歌を返した。僕の持っている聖書は出版社

が違うし、賛美歌は改訂されていた。

 昔から顔見知りである大森さんと少し話した。

 僕は、会話の途中で大森さんに甘えてくる幼児を見て、「お子さんですか、いいですね」

と言った。

 それに対して大森さんは、「そう、人を羨むんでなしに」と言った。

 僕は、教会なんて来なければよかったと思った。

 羨ましいという感情を、全て悪いものと捉えているのだ。特に、聖書の言葉を浅く読む

教会の人は。

 僕は、僕の妻が死んで子も居なくて独りで、それに対して、大森さんは若いときに結婚

して小学生の子供が居る。しかも、親になついている。

 それを見て羨ましいと思うことがいけないのだろうか?

 そんなキリスト教ならやめてしまえ。

 僕が羨ましがったまでは何も、お互いの心に害が及ぶという感情ではない。

「そう、人を羨むんでなしに」

 と、言った言葉が、人を傷つけているのである。

 どちらが罪が深いのか。

『口から出るものが人を傷つけるのである』

 僕は、それからすぐ、家に帰った。


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5月28日(水曜日)、つれづれ。 [近況…]

「僕はね、朱美ちゃんのことを愛しているんだよ。だからねーー、いいじゃないの?」

DSC00312.JPG 

「ダメよ~、ダメ、ダメ!」

DSC00314.JPG 

「うわあ、済みません。二度と言いません」

 ガチャガチャで買ったオマケ用の品を開けてみて、これだった。(笑)

 お面をかぶっているので、お面の下の顔は、そこそこ行けてるのではないか、と思って、外そうとしたが、強力にくっつけてあったので無理だった。

: 

 セブンイレブンで、くじ引きが当たった。

 というか、贔屓(ひいき)してもらって当てさせてもらった。

 煙草ワンカートンと酒と充てを買ったのに対してのくじ引き。

 350ミリの酒類三本と、アイスバー三本と、プリン。1600円分くらい。

 ほとんど、三割引にしてもらったのと同じだな。

 当たった景品のほとんどを、今日中に、腹に入れてしまった。(爆”)

 最近は、動画にはまってます。

 起業のノウハウの動画で、キミアキ先生の起業酔話、と、宇田和志さんの動画です。

 宇田さんは、ブログカスタマイズを仕事にされているらしい。忙しいようだ。

 こちらは、ブログカスタマイズの依頼は、少ない。

 家の近くに、一軒、スナックがあるので、帰りの酔客がうるさいときがある。

 今日は、書評を書いていた。

 最近は、クレジットカードのキャッシング枠を増やす努力をしている。

 しなくていい努力か?

 いずれにしても、商売のキャッシュフローも要る。

 今日は、ここまで。


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『三十三年図書館』7 [自作原稿抜粋]

 大江さん。上梓するの、恐くないんですか。

 大江さん。読者に推測されて訊ねられることは有りますか。

 大江さん。神話的構造だと、近親愛を描くのが必須なんですか。 

 村上さん。韜晦したままで書いて食べられる作家に成れるのですか。

 町田さん。自分も爆砕すべきですか。

 五木さん。僕は、貴方にお出会いすることになるでしょう。

 僕の予感したことは、実現するからです。

 たとえ悪いことであっても、実現してしまうのです。

 貴方に会うという善いことも、予感したのだから実現するのです。

 先生。僕は、筆一本で食べていけるようになりたいんです。先生。僕が、そう言ったと

き、貴方は、どういう意味か分からんと仰有いましたよね。

 小説を書いて生計を立てるなんていうことだとは、打ち明けられませんでした。それよ

りも、先生。小説家という職業なんて存在しないように、言い切られていましたよ。或い

は、君が小説家に成ることなんて、有り得ない、と言われたように、僕には感じました。

 中学一年の僕は。

 森村誠一さんが凄く売れている時代でしたね。

 角川映画が全盛の時代でしたね。

 僕は、結局、色んな仕事を経験して、そして、小説家になりましたよ。

 夢が途切れて、目を醒ました。

 八時を回ったところだった。

 僕の腕時計は、カレンダー機能が狂っていていつも全然関係のない日づけを表している。

 だから、いつも今日が何日で何曜日なのかすぐには思い出せない。

 親戚が呉れた卓上デジタルカレンダーを見て確認をとる。

「純ちゃんがそんなことしょんねんやったら、アンタに、コレあげる。ウチは、だーれも

使わへんから」

 と言って、この出版が決まったときに母の妹が僕に呉れたのだ。

 六月二十九日。木曜日

 平日なのに、平日ではない。休日になっても原稿を書くことは休まない。

 居間のカレンダーを見ると、仏滅と書いてある。

 仏滅には、悪いことが起こる。

 僕は、キリストを信じているから関係ない筈なのに、大勢の人の居る所に行かなきゃな

らなくなって、人前でびんびんにテレパシー(考想伝播という、分裂病の症状らしい)が

出て大恥をかくことになるか、図書館の司書の言葉がはっきり聞きとれなくて、訊き返す

と、苛苛した声で言い返され、雑誌の最新号は借りられない、という事を言ったのを知っ

て、それなら、これ差し替えてきますので、と、言ったら、だからそれは借りられないん

です!と強い口調で言い返され。結局、若い女の司書は、差し替える、という意味が理解

できなかったようで、僕は、すごく憤慨して帰ってくることになったり、などの事が、仏

滅には起こるのだ。

 仕事を辞めて、一年三ヶ月経った。そして、大分、太ってしまった。

 だから、一日に四十分は歩くことにしたのだが。

 カロリーの消費が追いついていないようだ。

 向精神薬を飲むと、確実に太る。

 新陳代謝のスピードが落ちるらしい。それに、薬を飲んだ後に、余計な食欲が湧く。

 一日中、抗鬱剤か安定剤を使っている人は、オナニーもできなくなるらしい。

 僕は、医者のアドバイスに抵抗して、薬を減らしつづけて、今は、眠る前に一回しか薬

を飲まない。

 少し前の時期までは、谷崎君という同級生の飲み友達と、小説創作談義をしながら大量

にビールを飲んだりしていたのだが、谷崎君とは、決裂してしまって、その愉しみはなく

なった。

 中泉さんとも飲むことは有るのだが、彼は小説を書いている訳ではないので、同じ土俵

に立った話しにはならない。だからもう一つ、面白いとは感じない。

 中江市内にも、きっと、小説家を目指して書いている人は居るのだろうが、知り合いよ

うがなかった。

 食パンを起きてすぐの十時半に食べて、鼻を掃除して下着を替え、髪をときつけて服を

着て髭を剃る。

 それだけでもう十一時二十分だ。

 そのまま、台所に入って、ミートスパゲティーとがらスープを創る。

 食べ終わった。

 十二時を知らせるチャイムが、ボイスタワーから響く。

 童謡『ふる里』だ。

 ボイスタワーが、ウチの家と同じ高さに有って距離も三百メートルと近いのでチャイム

の音が、僕の頭に響く。

 朝七時のベートーベン第九交響曲の喜びの歌は、睡眠薬がしっかり効いて眠っているの

で毎日ほとんど記憶に残っていない。

 炊飯器の御飯が少ないので、どんぶりにうつし、米を四合といでセットする。

 居間に戻ってTVを見る。

 生放送が苦手なのでこの時間は少し困る。特にNHKのこの時間のワイドショー的な番

組は、出演者が落ちついていないので、その、そわそわ感がこちらに、ひょっとして僕の

テレパシーが出演者に伝わっていないだろうか、という余計な心配を抱かせるので調子の

悪い日は絶対に見ない。

 フジテレビの『笑っていいとも』も、何か、そわそわ感が有る。それに、タモリさんが

突然、脈絡のない単語を言ったりするので、ぎょっとする。

 『思いっ切りテレビ』に、チャンネルを合わせた。

 肝臓にいい食べ物は、という題でやっている。

 大酒飲みのみのもんたこそ、肝臓にいい食べ物を摂るまえに酒を減らさなくてはならな

い。

 他人の事だ。

 昼の陽が心地いい。

 下の旅行社や会計事務所からの人の話し声が、幼稚園から帰る児童と保母さんの声がぬ

くーい初夏の空気に載って、僕の耳に届く。

 帰ってきた母とうだうだ言いながら、NHKの連ドラを観て、みのもんたの『ちょっと

聞いてよ』を観た。

 相談者は困り果てて、電話してくるのだが、たいがいの場合、自分のやりたいことを我

欲を張ってやった挙句、自分のわがままな部分は棚に上げておいて、主人が離婚に応じて

くれないだの姑に困っているだのと言っている。

 僕は、これを観て、僕の現状は決してよくないが、世の中には、どうしようもない痴れ

者が一杯居るのだから、今の僕の立場も努力も棄てたものではないと思うのだ。

 さあ、歩き時間だ。

 僕は、原付バイクで炭鉱線記念館まで走って、ハンドルロックをかけてヘルメットをホ

ルダーにとめて駐車し、記念館から春日橋までの往復コースを歩いた。

 ときどきすれちがう高校生は、はっきりとした挨拶をしてくる。中江工業高校は、躾が

いいのだ。

 こげ茶のジャンパーを着て、ところどころ破れたチノパン穿いて安物にしか見えない裏

革生地の中途半端なデザインのスニーカーを履いて、腰に骨折の後遺症をもった、少しバ

ランスの悪い歩き方をしている頬がふやけた僕に、彼ら・彼女らは、きちっと挨拶を呉れ

る。

 あとは、老人だ。

 健康の為に昼間歩いているのは、九十七パーセント、老人だ。しかも老女だ。

 挨拶は交わすのだが、七人も八人もの老女にすれちがって、その度に、「こんにちは」

と、挨拶を返すのは…。何か、ウォーキングには、プラスアルファーな愉しみというオマ

ケがないのだろうか、と、いつも僕は思う。

 綺麗な三十代くらいの女の人も歩いていたりするが、絶対に、犬を連れている。

 しかも、大型犬。

 僕は、犬が恐い。

 それに、女の肌のいい匂いが、犬の臭いで消されてしまうというのに。

 帰って、昨日の夜中の走り書きのワープロ起こしだ。

 原付で、三十三年図書館からつづく坂を登りかけると、反対側の歩道を歩く酒井田さん

を見つけた。

 彼女は、僕に気づかなかった。

 フルフェイスのヘルメットをかぶっていると判らないのだろう。 

 背が高い四十五歳の日傘を差した女は、異様に目立つ。

(どこに行くんだろう?)

 酒井田さんは、歩いているか、図書館のテラスで喋っているかだ。車に乗っていること

はないし、ミニバイクに乗っていることもない。

 中江市の広い道路を歩いている。

 淋しい山道を歩いたりはしない。

 化粧をしていないし、胸はぺったんこだ。

 或る大会社社長の妾であったらしい。

 その遺産の取り分が相当有って、お金には困っていない、と本人は言う。

 しかし、それは嘘なのが、着ている服を見れば誰でも判る。いつも同じ服。黒い服に黒

いスカート。煙草の焼け穴だらけの黒いスカート。

 男に強姦されないように、わざと身ぎれいにせず化粧もしないのかも知れない。

 三十三年図書館のそばの公園に居ることもあるし、強引にどこかに引っぱっていってセ

ックスしてしまおうとすれば出来ないことではないだろうが、やはり、僕にも、プライド

は有る。

 僕は家の駐車場ちかくまできていたが、そこからユーターンして酒井田詩子の軌跡をた

どった。

 車屋橋の端の信号で、酒井田詩子は赤信号で止まっていた。

 僕は、橋の入り口で減速した。

 ブレーキの摩擦音がしないように、前後のブレーキを分配してゆるくかける。

 信号が青に変わって、彼女は歩きだした。

 測道が本道より下る坂になっている、その測道を酒井田詩子は降りる。

 僕は陸橋になっている本道を行く。途中でユーターンして元の信号まで戻り、詩子の行

った測道に入る。

 間隔が開いたので気づかれないだろう。

 しかし、坂の下に、詩子の姿はなかった。

 坂の下の細い道が交差する所まで出たが右の中学校側のトンネルのなかにも、左の細い

一本道にも彼女の姿はなかった。

 身長百八十センチちかい酒井田詩子が消えていた。

 僕は、左の細い道へとミニバイクを走らせた。2サイクルのエンジンの唸りが大きく出

てしまった。

 酒井田詩子はこの道の直角につながっているさらに細い路地から僕を見ているのかも知

れない、と、僕は思いながら、家へ帰る為に細い道を突き抜けた。

 家に帰ると中学時代の同級生の山下君から電話が有った。

 家に来たいということだった。

 僕は、快諾してから東の自室に行き、コンピューターの電源を入れた。

 パスワードを入力してから、脱衣場に行きアンダーシャツに着替えた。

 着替え終わるまえに、また、電話が鳴った。

 フリーダイヤルの番号が電話機の窓に出ていたが、僕は受話器をとった。

「お忙しいところ済みません。こちらは、大阪にあるフェドモンド証券と申しますが、」

「はい」

「失礼ですが、ご主人さまですか?」

「はい、そうです」

(独身なのだが、一応、世帯主だ)

「実は、私どもの会社は、主に、株式、ファンド、金融先物商品を………」

 また、これか、と僕は思った。名簿会社から個人情報が漏れているのだろう。もっとも、

無職で貯金も財産もないという情報は漏れていないらしい。

「実は、私どもの営業が、中江市にもお伺いすることが有りまして、一度、ご説明にお伺

いしたいと思うのですが、室井さま、近日ですといつが、御都合が宜しいでしょうか」

 アポインターが喋っている間に、玄関チャイムの音が響いた。チャイム本体はこの居間

に有る。

「…今、ウチは、投資できる余裕がないので、済みませんがお断りします」

「ご謙遜を。一度、お話しだけということで、いかがです。来月の三日は、ご都合、いか

がでしょうか」

 カッターシャツをチノパンツのなかに入れながら受話器を持つ手を替える。

 山下君がボタンを何度も押している。

 チャイムの連打。

「ああ、じゃあ、三日の午後二時、自宅に来てもらえます?」

 チャイムがうるさい。

 相手が、ようやく、その時間で納得して電話を切ってくれた。

 チャイムが、まだ、連打されている。

 チノパンツのファスナーを閉めて、与太りながら玄関に向かう。

 畳一枚の横の長さの奥行きの玄関の戸の上の壁に右手をつっかえて、もたれたまま左手

で戸を開ける。

「ああ、悪いの、居るのかいのぉ、思て」

 山下君が笑顔をつくってそう言う。

「何遍も鳴らすなよ。聞こえとんねやから」

「上がってええこ?」

「ああ、どうぞ」

 山下君を自室に招く。

「いやー、今日、上役に薬飲んどるとこ見られての…、ホンマは何の薬や、正直に言うて

みぃ、いうて問い詰められてよ。…ホナ、ホンマの事、言わなしゃあないがい」

 酷くむくんだ顔だ。

「そら、しゃあないやろな」

「そいで、首やがい」

 片目のまぶたが下がって、頭が痛そうだ。まるで、自分の調子の悪いときを誇張した自

分の顔を、鏡で見ているようだ。

「言わんといてくれのー、友藤には」

「ああ、言わへん。コーヒー入れてくるわ」

 僕は部屋の戸を開けたままインスタントコーヒーを創る。

 山下とは、ただ同級生というだけで、深い仲ではないのだ。

 中泉さんと差しで部屋で飲んだりすると、僕がトイレに立った間に原稿やらメモやら日

記などを読まれた節が有る。話のつじつまが合わなかったり、こちらが未だ口にしていな

い内容を、中泉さんは喋ったりする。

 決裂した谷崎君は、もっと酷かった。僕の目の前で、僕の日記を開いて音読しだすのだ。

 だから僕は、人というものを信用していない。信ずるに足る者となったとき、はじめて

信用が生まれるのであって、端から、「それくらい、信用してしてくれよ」と言う奴を、

余計信用しない。「誰も疑う事にしている」と、どんな相手にも言うことにしている。

 今は、山下には、来てもらって少し息抜きになっているのだ。書き直しで根を詰めてい

る締め切りに近い日は追い返すが。

 それにしても、人間、どうしたらこんなに魅力のない男に成れるのだろうか。

 地方銀行を十年前にリストラされてからは、山下は仕事が続かないらしい。それも、二

週間と保たないらしいのだ。どこも。

 二十二歳のときに大失恋をして、それが原因で神経症になったのだそうだ。

 そんなことよりも、山下の場合は、神経が張りつめるのを抑える為、朝昼夕と、安定剤

を飲んでいる。僕も、調子が悪かった時期は、そういう処方を受けていたときも有ったが、

安定剤が血液に入ると、体を大男に押さえられているように全身が重くなる。

 それでは、仕事など出来ないだろう。

 四十一歳で、恋愛もそのときの一回だけで、ずっと独身だ。当人には、それが酷いコン

プレックスなのは察せられるので、あまりその部分は、僕は攻撃しない。

「お前も、工業高校、行っとったらよかったのう」

 コーヒーの礼の後で、山下はそう言う。

「いや、僕は、普通科でよかったと思とる。それに、人と話しする時に、そんな事言うの

は情けないで。独りでは落ち込んでも人の前でそないは言わへん」

「そうこ、悪かったの」

 こいつは何だ! 悪魔にでも取り憑かれているのか。

 悪魔は、エネルギーを下げることを、平気で口にする。

 山下が、目の前でラークを喫っているのだが、その煙が臭い。中年のオッサンくさい匂

いだ。

 ぶよぶよに太った体。鉄工所の切削油とラークの匂いの交じった体臭。それは職業柄だ

からよしとしても、せめてセブンスターを喫え。頭の痛そうな歪んだ表情。ときおり、間

の抜けた半開きの口でつくる笑顔。肌は、薬で肝臓が弱っているどす黒さ。髪も粘ついて

いる。どうして毎日洗わないのか。

 そして、話すことは愚痴めいた過去の人生の分岐点のことばかり。

「仕事さえしとったら、嫁あたるいうて言われてん。いくら病気でも」

「そんな、無理することないやん。ずっと、行って馘なってばっかりやったら余計信用を

落とすで。きついようやけど。薬がそんだけ効いとったら、そら、仕事でけぇへんわ。昼

間だけ薬やめたら?」

「何や、お前の方が益しみたいに見えるの」

「そら益しかもやけど、僕の場合もはっきりした症状が有るもん。せやから、今度、髄液

降下症の診察受けよう思とんねんけど、そういう専門の病院が今、予約で一杯やから待っ

とんねん。無理に仕事は行かへん。人に色々言われるけどな」

 山下は、自分の方がより正常に近いと思っているのだ。

 山下に対して競り合う気持ちは湧かない。

 昨日の夜、書いた分をパソコンの一太郎(ワープロ・アプリケーション)で打ち込む。

 わいに構わず、やってよ、と山下君は言うのだが、誰に邪魔されても今の僕は怒るだろ

う。これは、僕の唯一の生産行為なのだから。

 煙草を喫って、ぼんやりと本棚などを眺めている。

「シケモク呉れへんこ?」

 と、山下は言う。「お前、ごっつい勿体ない喫い方しとんがい」

「ああ、ホナ、持って帰りいな。せやけど、他人のシケモクもろて帰るなんか、よう出来

ぇるなァ。プライドは無いんか」

「しゃあないがい。わい、親に一箱いうて決められとうから」

 リストラされた時に退職金は、全部親に握られてしまっているらしい。

 パラサイトで実家から通勤していた山下は、銀行時代、家賃も食費も電気代さえも負担

しなかったことを今、親に責められているらしい。

 今の彼は、就職しては馘になり、また面接を通って通いだし、すぐにまた首になりを繰

り返している。それでもひと月、五万くらいの収入にはなるそうだが、親がその金を自由

には使わせてくれないそうだ。一旦、全部親に渡して、毎日、親から小遣いをもらってい

る。

 とどのつまりだ。行き止まりだ。

 それ以上の最低の暮らしはないだろう。

 否、頼る者がなくなってその上に借金が有って飯場で働くのに比べれば益しかもしれな

い。

 僕は、打ち込みながら、そんな事を考えた。

「ホナ、わい、帰るわ。室井忙しいみたいやし」

 結局、シケモクをもらいに来たのだ。

 話しらしい話しなど、彼は何もしない。

「そうか。居ってもええねんで。どうせ、こんなもん、二十分ぐらいで終わるから」

「そうこ、せやけど悪いがい」

(シケモクを仕入れれば、用は済んだんだな)

 こいつは、目の前の事しか考えていない。

 或るとき、山下が僕に、お前も『宅建』とらんかい、と言った。

 人に言わんでええねや、獲れてから言うたらええねや、過去問(過去出題を集めた問題

集)、みっちりやったらお前の頭やったら獲れるわ、小説書くぐらいやさかい、と、その

時言った。

 この科白は、使い回されている、と、そのとき僕は思った。

 同級の浅川が随分昔に、同級の佐々木が少し昔に、全く同じ科白を言ってきた。

 彼らは皆、俺がお前にアドバイスしてやる、というような含みを口調に持たせて言うの

だ。

 つまらぬ節介を焼くな、と僕は、その度に思う。

 僕は、他人から薦められることをそのままやるのが一番嫌いなのだ。

 あの娘どうどい、と、女をあてがおうとする奴。ここ、どうや、と、就職を薦める阿呆。

 自分から望まない限り、結果は惨憺たるものになる。

 どうやったら小説家に成れるんですか、と、一般の人に訊いて回るような奴は、初めか

ら小説家など目指すな、と僕は思う。

「やっぱり帰るわ」

 と、十分経って言いだした山下を、僕は、玄関までついていって見送った。

 プリンターに打ちだした後、原付で発泡酒を買ってきた。

 発泡酒を冷蔵庫に入れ、五時を待つ。

 せめても、世の常人が仕事を了えるまでは酒を口にしたくないのだ。

 頑張った分に比例して結果の出る分野ではない。

 有名人との接点ーーー昔、TVで自作の曲を有名作詞家に歌詞づけしてもらったことが

有るーーーを、経歴に盛り込んだり、という狡い手も使うことにしているが、それが売り

上げの推進力に成るかどうかは分からない。


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『精神保健・医療・福祉の正しい理解のために』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 石山勲(いしやま・いさお)さんの、『精神保健・医療・福祉の正しい理解のために』を読みました。

精神保健・医療・福祉の正しい理解のために―統合失調症の当事者からのメッセージ

精神保健・医療・福祉の正しい理解のために―統合失調症の当事者からのメッセージ

  • 作者: 石山 勲
  • 出版社/メーカー: 萌文社
  • 発売日: 2005/08
  • メディア: 単行本



 例によって、感想は、追記をお待ちください。

   追記・感想

 30歳前後で発症するケースが多い統合失調症。発病後、慢性化すると治りにくい。

 この本を読んでいて気づかされたことは、発病後、軽度のうちに精神科を受診すると寛

解率も高まる、ということだ。

 誰でも、自分は精神病ではない、と思いたい。だから受診が遅くなる。病気が進むと治

る率は下がる。

 石山氏は、自分の体験をなぞりながら、この疾病とのつきあい方、病院・医療に改善し

てほしいところを具体的に説明される。

 また、患者自身の心の持ち方、患者を精神面でも生活面でもサポートする制度、などに

ついても、紹介、言及されている。

 偏見を助長するマスコミ報道への疑問、として、凶悪事件のときにマスコミが付け足す

「精神病院に通院していた」という文言は、要らないのではないか、とされる。

 語られるべきは、精神病が重度にならないためにはどうすればよいのか、である。凶悪

事件が起こらないようにするには、どうすればよいか、である。

 精神病患者が事件を起こす確率よりも、一般の人が事件を起こす確率のほうが、はるか

に高いのである。

 また、「精神病院通院歴=犯罪者」という偏見を植えつけてしまう報道があることによ

って、「最近、自分は、どこか何かがおかしい」と精神疾患を疑っている人や精神医療の

受診の必要性を肌で感じている人々の、精神科受診への行動を妨げてしまう、ということ

がある。

 石山さんは、ご自身の発病時をふり返りながら、「自分のキャパシティーを超えた仕事

量を引き受けていたことと不眠が重なったこと」が、発病の原因のひとつである、と自己分

析される。

 ーーー通常なら、疲れれば、ある程度の睡眠や休息で体調は元に戻ってきます。しかし、

本当に疲れすぎてしまうと、人間は「過度の不眠」を引き起こすのかもしれません。【本

文引用】

 医療法で定められたスタッフの人数。一般病院の場合、患者16名に対して医師が一名

必要であるのに対し、精神科の場合は、「患者48名に対して医師が一名」配置されてい

ればいい」という医療体制になっている。人手が少ないわけだから、普通に考えても、医療

水準や看護水準の低下は否めない。

 相槌を打つだけの、もともとおとなしい大多数の患者さんが、黙ったままでいると、「変

わりないですか」「よく眠れていますか」「では、前回と同じ薬をお出ししておきますね」

という短時間の診察で終わってしまう。こういうことで、患者が、現状以上の状態に回復

できるのだろうか、と問題提起される。

 「統合失調症の幻覚のイメージ」として、幻覚・幻聴によって本人が信じ込んだ論理の

飛躍を何度か経るうちに、A=B(現実)が、A=Zという、ありえない認識にまで至る。だ

から、「私は、天皇です」などということを口にするようになる。当事者にとっては、論

理の飛躍はない。A=Bから、幻聴・幻覚によって、B=C、C=Dと何段階も誤った認識を繰

り返し、A=Zということを口にする。周りの者にとっては、いきなり、A=Zという認識

だけを聞かされる。実は、途中に、幻聴・幻覚による誤った認識が隠れているのだ。

 また、幻聴・幻覚も、本人にしてみたら、幻聴・幻覚ではない。実際に見えているのだ

から。

 まったく共感した部分があったので、長文を抜粋・掲載する。

 繰り返しになりますが、精神障害者の多くは、もともとおとなしくて真面目な人です。

 しかも、発病中でも、すべてが病的ではなく、健康な部分も数多くあります。

 また、精神障害者の犯罪率は、健常者の犯罪率より低いのですが、精神障害者が起こし

てしまった不幸な事件は、マスコミで取り上げられる際には、前述したように幻覚などで

「当事者なりの独自の心理的内部の論理」が見えにくいため、社会一般に「何をするか判

らない危険な人」とされてしまっているように思います。【本文引用】

 精神科医との相性の項では、同じ医師に診察を受けていても、或る患者にとっては、と

ても良い精神科医という印象が、別の或る患者には、とんでもない医師、という印象にな

ることがある、と書かれていた。

 回復過程での重要なポイントに、「医師の治療方針と患者さんの期待が一致」すること

が、最も望ましい、ということがある。しかし、現実には、なかなか難しいことが多い、

と書かれている。

 たしかに、「ゆっくりと、病気とつき合いながら、徐々に治していこう」と思っている

患者と、「出来うることは、すべて早期に実践させて、早く回復させよう」としている医

師とでは、噛み合わない。

 背伸びさせてでも、何度でも就労への動きに出させるのか、就労は、もっと回復してか

らのこととして、今できる趣味や身の回りのことをさせるのか、という治療方針、患者が

取ろうとしている行動、に差異があると、診察が不満だらけになってしまう。

 健康だから働けるのか、無理にでも働くから健康になれるのか、という命題のようなも

のだ。

 さらに、まったく共感した部分があったので、抜粋・掲載する。

 精神疾患は、イメージをやわらかくするためか、よく「心の病」という表現で呼ばれて

います。しかし、私的には、この表現は好きではありません。何故なら、時折、病気だと

自分で感じることはありますが、「自分の心」までが病んでいるとは思っていませんし、

むしろ私自身の人格が否定されているような印象があり、少なくとも私はこの表現が適切

とは思っておりません。【本文引用】

 精神疾患は、脳の神経伝達物質の異常、で起きる病気である、と。したがってカウンセ

リングのみでは治療できない。

 精神疾患に関する事務手続きなどが、2002年度より、保健所から市区町村へと移っ

た。一般職だった事務職員が担当者になった場合は、短い期間の研修だけで職務について

いるので、十分に相談を受けてもらえない事態が起きるのではないか、と著者は危惧する。

 障害年金や障害者手帳を交付してもらう福祉制度は、サービスを受けようとする当事者

か、その家族などが、自治体や公的機関に「申請」をして「認可」を受ける、という構図

になっている。自分から動かなくてはならない。公的機関などの関係部署から「あなたは、

こういう精度を利用することができます」と通知されてくることはない。当事者が、そう

いう制度があること自体を知らなかったり、また、そうなる理由として、家族が世間体を

気にして病気であることを隠すことが多いから尚気づきにくい、ということがある。また、

制度を利用することは、「自分が病気であることを認めること」でもあるので、制度を利

用したがらない、ということもある。

 病気を発症するまえから友人であった友人は、当事者の全体を見る。病気でない健常な

部分も理解している。が、病後に知りあった友人は、人間の全体像を認識するよりも、病

気のイメージを強く持って接することが多いそうだ。

 この問題は、当事者と深く話すことで、誤解が解けるだろう、と、私も思う。

 「統合失調症の**さん」という印象が、普通に「**さん」という印象に変わるだろ

う。病気は、当事者の一部分でしかないからだ。

 転職の際に、一ヶ月だけ国民年金を納めていない期間があった、という理由で、障害年

金が支給されない「無年金障害者」の問題。詳しくは、本編に譲る。

 障害年金は、身体障害者の場合、障害の再認定が必要ではない「永久認定」。精神障害

者は、一定年数ごとに「診断書」を提出しなければならない「有期認定」。継続して生計

が成り立つ仕事に就けている場合を除き、社会的な偏見や病状が安定しにくいため、就職

しにくいという事情がある当事者は、障害年金に依存せざるを得ないのである。「診断書」

には、病状の部分だけでなく、「生活上の障害」や働けない状況についても詳しくきちん

と患者側から聞き出して、内容に反映させてほしいと思う、と著者は言う。【一部本文引

用】

 障害年金が「支給停止」になった場合の救済方法についても書かれている。内容は、本

編に譲る。

 65歳になったときに、障害年金を選ぶのか、老齢年金を選ぶのか、という問題がある。

老齢年金に切り替えた場合は、それまで現役世代の時代に、障害が理由で年金納付を免除

されていた場合は、国民年金の三分の一の額しか支給されなくなってしまう、という問題。

これでは、生活できない。詳細は、本編に譲る。

 社会資源の利用に関して、著者が実際に利用してみた感想などを交えて語られている。

共同作業所、精神病院のデイケア、地域生活支援センター。

 就労支援について、の項。

 この本が発行された2005年7月の時点では、企業は、身体障害者か知的障害者のい

ずれかを何人雇用しなければならないというようになっており、精神障害者はその対象に

なっていない。

 面接を受けるときに、障害を隠すか、オープンにするか、という問題がある。どちらも、

一長一短ある。

 就労に向けての準備、の項では、発病前に就労経験がある場合は、以前の自分と同じと

思ってしまいがち、と問題提起されている。発病前の元気な自分とあまり比較しないこと

も重要である、と。

 これには、第一に症状の問題がある。第二に、服薬をしながらの状態で作業がどれくら

いできるのか、という問題。第三に、服薬や規則的な睡眠・起床をする生活サイクルを維

持できるか、という自己管理の問題。第四に、体力が予想以上に落ちてしまっているかも

しれないという問題。と、著者の語ることを整理して書いてみた。

 感想として思うことなのだが、仕事は、つづかなければ意味がない。また、短い期間の

就労を繰り返しながら、最終的に長い期間の就労へと繋げていく、としても、就労後に、

病気が再発したり、より重度になってしまったりしては意味がない。不本意な軽い作業で

も、そちらを選択し、つづけることが大事である、と思う。

 『働けていないと<社会参加>できていない?』の項では、働いていないと社会参加で

きていないとは思わない、と言われる。生計を立てるほどの収入を得ていなくても、共同

作業所で軽作業をしていても、公園掃除をしていても、立派な社会参加と言えるのではな

いか、と。

 この点、今の社会の風潮がおかしい、と私も思う。

 「働かざる者食うべからず」は、病気や障害を持っている者に対してまでも当てはめる

言葉ではない。

 就職はできていなくても、病状が比較的安定していて、入院せずにいることができれば、

一ヶ月あたり20万円前後の入院費が、家計の負担にならず、出費が抑えられる。【本文

引用】そういう考え方もある。

 生活支援については、ホームヘルプサービスを、精神疾患の当事者であっても、200

2年度から利用することが出来るようになったらしい。

 精神疾患は、「一見丈夫そうに見える」ので、ヘルパーに、「働けるだろう」と思われ

ないだろうか、と遠慮がちに利用する当事者もいる。精神疾患を経験しているホームヘル

パー(ピア・ヘルパー)も増えてきており、「共感」が前提にあって、世話を受けること

も出来るようになってきた。

 精神疾患と他の疾患との合併症について、の項では、奥さんが子宮筋腫を発病されて、

その治療過程を書かれて、問題提起されている。

 普段から病状を抱えている。その状態の上に、他の疾患の治療である。心の負担も増す。

 精神科で処方されている薬と、他の疾患のために出された薬との相性の問題があって、

薬が効かない、という事態も起こる。すべての医者が、薬の相性の問題を、完全に把握し

ているとは言い切れない。

 最終項は、『精神疾患を持つ当事者との望ましい接し方について』だった。

 子供に接するような接し方ではいけない。というのが印象に残った。

 当事者にもプライドはあるし、知能指数が劣るわけではないからだ。

 また、肯定的な話の聞き方を心がける、ともあった。

 幻聴・幻覚による事実誤認は、当事者としては事実なのである。いきなりの否定では反

発を食らってしまう。

 また、私の担当医も、私に対しては、「支持療法」を実践している。真面目で自発的に

努力するタイプの当事者が多い。だから、頑張っているのに、さらに頑張れ、とか、「君

は間違っている」と否定すると、心にダメージを負うことになる。

 感想。

 私自身も当事者だが、実に、当事者の心境を、社会から受ける対応への感覚・感想を、

如実に表している文章だと思った。

 書き込まれている。充分に、心境が吐露されている。

 また、社会制度の問題点や、利用できる制度の利用の仕方などが詳しく書かれていた。

 皆さんも、ご一読ください。


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