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肝臓じゃなかった? [近況…]

 脇腹の痛み、を医者に訴えてきました。

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 つま先立ちして、ジャンプして下りてください、と言われ、

「痛くないですか」

 との事。

「痛くないです」

 黄疸が出てなくて、肝機能も、そんなに悪くないので、

肋骨に罅がはいっているか、肋間神経痛だとのこと。

「何で、肋間神経痛になるんですか」

「原因は、わかりません」

 との事。

 念のため、腹部エコー検査を、後日受けることになりました。

 自分が知らない間に、どこかに身体をぶつけたのでしょうか。

 酔ってて気づかなかったのでしょうか。

 

 長い待ち時間でした。

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 待ち時間の間、昼食にはラーメンを。

 西脇病院の近くに、新しく出来ていた店でした。

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 大衆ラーメン。

 塩ラーメン、旨かった。

 若い女子ーー店長の若妻だったかもーーの、お釣りを渡してくれるときに、上下から手の平を包むようにタッチしてくれるのがよかった。

 病院では、幼児が待合所で騒いでうるさかった。

 赤ん坊ではないのだし、親はきちんと躾けるべきだと思った。

 尿酸値がすこし高いだけで、それも食事を制限するほどではない、とのこと。

 肝機能も、酒を飲んでるから出てる程度の数値だった。

 あとは、エコー検査だけです。

 ひとまず、一安心です。

 

 追記ですが、待合所の総合受付のまえで、大声を出して走りまわっている子供、三歳と五歳ぐらいが居ました。

 病院側も、その子の親も、まったく注意しませんでした。

 もう、日本から品格というものがなくなっているような気がします。

 赤ちゃんが泣くのは仕方ないです。まだ物心ついてないのですから。

 病院とは、頭が痛かったり、お腹が痛かったりする人が、医者の診察を受けるために集まっている場所でしょ。

 子供にも、「アンタ、自分がオナカ痛いときに、横で大きな声出されたら困るやろ。アンタ、自分が頭痛いときに知らない人が隣で大声を出しつづけたら、どない思う?」

 と言って、理屈を納得させて静かにさせればいいのです。

 他人の子を叱れない風潮でしょ。

 なぜ、病院側も、あんな状態を放置しておくのか、と思いました。

 今、曽野綾子さんのご著書を読んでいますが、「公の場では、静かにする」ということを女学生時代(小学生の頃から)に厳しく先生から教えられたそうです。

 何も、遊園地で静かにしろ、とは言ってないのですから。

 三歳ぐらいになれば、理屈はわかるはずです。

 それを、「子供は、あれぐらい元気なほうが」と、図書館や病院で騒いでいる状態も容認するような風潮はおかしいです。

 子供が患者として来院してて、我慢できないくらいオナカが痛くて大声で泣きわめくのはいいのよ。

 先生の注射が痛くて、大声で泣いてしまうのも無理のないことです。

 分かっていただけたでしょうか。


4月27日(土曜日)、つれづれ。 [近況…]

 いたい、いたい、いたい、いたい、いたーーい。

 脇腹がいたいのです。

 酒を控えているのに。

 

「控えている、とは、完全にやめている、ということですか。それとも、控え目に飲んでいる、ということですか」(相棒X)

「君は、質問が鋭いな」(山雨)

 二度のみをやめて、1日1回、少量の酒を、

「飲んでいるのですか」(相棒X)

「そうです」(山雨)

 

 徹夜もやめました。

 すると、姿勢を変えなければ、痛くなくなりました。

 が、姿勢を変えたり、腹筋をつかうと、脇腹の内部が痛いです。

 それに、ズボンが、パンパンです。

 一回り、太くなったようで、家では、ズボンもベルトもゆるめています。

 

 医者に行くのにも、お金がかかります。

 明日と明後日、休日なので、その次の日に、痛みが益しになっていなかったら、病院に行ってきます。

 胸にまで贅肉がついてしまって、こんな腹と胸を医者に見せるのも恥ずかしいことです。

 今日で、五日連続でウォーキングをしましたが、痩せませんね。

 五日では、無理か。


「お座りください」は、充分敬語だと思うが…… [真夜中のつれづれ記…]

 犬に命令する、「お座り」という意味ではないと思う。

 座られている、という、相手の状態を表す尊敬を含んだ言い方の、一つのパターンが、

お座りになっている、だと思う。

 座れ、という命令ではなく、相手の状態を表している。

 犬に命令するときも、ホントに命令するなら、「すわれ」だろう。「座り」という状態になれ、ということから、犬に対する場合、幼児に対するように命令文と解釈されているのだろうが。

 文法には詳しくないが、連用形と命令形が、結果的に同じ言いまわしになっているだけなのではないか。

 「お」を最初につける敬語だから、こう混同するようなことが起こるのだろう。

 座られませ。

 それか、座ってください。

 「ください」または、「なってください」が、既に尊敬を表している。

「お座られください」では、おかしいだろう。

 よく、この問題を指摘する礼儀作法の専門家が、

「お掛けになってください」

 という、模範例を出すが、

それでは、椅子がなくて、畳の上では、どう言うのか。

「お掛け」も、犬に対するような意味で、その状態になりなさいという使い方をするなら、

命令語ということになる。

 犬に、「その椅子に座りなさい」という意味と同じことになってしまう。

「お掛けなさい」と「お掛けください」は、まったく違う。

 このように、少し違和感があるからといって、間違いだと指摘する専門家だが、

専門家のほうが間違っていることは多い。


4月23日(火曜日)、つれづれ。 [近況…]

「お父さん、もう、食べたでしょ?」

 とドリフターズのコントで言われるような内容を、家族に言われてしまった。

 夕食をとってから、自室で、寒いのでコタツにはいってうたた寝をして、

起きたら、夕食をとった記憶が消えていた。

 連ドラの『あまちゃん』を観たことも忘れていた。

 痴呆かな。

 

 最近、右脇腹が、しくしくと痛い。

 困るほどの痛みではないが、胆石症のときの痛みと似ている。

 24歳のときに胆石症になって、胆嚢は摘出してるのだが、

ひょっとして、胆管結石になっているのだろうか。

 腹回りが、肥えすぎていることも関係しているのかもしれない。

 ズボンのサイズで、94センチだが、実際のウエストは100センチを超えているし、

肥えた腹を、ベルトで圧迫しているから痛いのだろうか。

 

 もう、二度のみはやめて、週に3、4日は、三十分以上歩くことにする。

 今日、さっそく30分歩いてきた。

 マジメな記事で申し訳ない。

 でも、身体が痛いときは、弾けた記事は書けないよ。


『60歳で小説家になる』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 森村誠一さんの、『60歳で小説家になる』を読みました。

60歳で小説家になる (幻冬舎新書)

60歳で小説家になる (幻冬舎新書)

  • 作者: 森村 誠一
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2013/01/30
  • メディア: 新書

 例によって、感想は、追記をお待ちください。

 

   追記・感想

 

 本編の文字が大きい。

 老眼になっている年代を、読者として意識して、文字を大きくしたのだろう。

 

 定年退職してから、死ぬまでの期間が、医療の進歩とともに長くなっている。

 60すぎでも、まだ働けるのに、一線からは退くように促される。また、そうでないと、

若い人の仕事がなくなる、ということもある。

 人生経験豊富だからこそ、小説家になろう、と。

 若いときに受賞して小説家になったような人だと、仕事の実際を描けない。小説に登場

人物の仕事として登場させる仕事も、教師や作家や病人などと幅が狭い。定年まで仕事を

してきた人こそ、それぞれの体験したリアルな仕事の様子を描くことが出来るのだ、と。

 自叙伝は、または、自叙伝的な小説は、死期が近づいてきてから、一作書けば充分であ

る、と仰有る。

 ミステリーの創作方法については、詳しく書かれていた。

 力作が受賞を逃した場合、選考委員を内心で馬鹿にすればよい、と仰有る。

 新人デビューできるか否か、は、執念を持ちつづけるかどうか。

 作品のエッセンスは、ICレコーダーやデジカメで記録したものを使うことが多いらし

い。私も、見た夢の記憶をノートに書いたりするが、森村氏と同様、書いてるそばから流

出してしまう。記録するのが間に合わない、ということがある。ICレコーダーに肉声で

吹き込む、という方法が一番硬いと思える。

 やはり森村氏は、ミステリーの書き手なので、純文学よりエンターテイメントのほうが

格式が高いし、創作が難しいしレベルが高い、という意識を持っていらっしゃる。純文学

の作家に聞くと反対の答えが返ってくるだろう。

 仕事を離れ、組織に属さなくなってからもつづけられる、一人でも出来る意味のある仕

事が小説家なのだ、という結論だった。

 私の感想としては、新人賞を受賞するのが簡単ではないから、こういうふうに万人に小

説家になるように促しても、無理があるなぁと思えた。なれない人のほうが圧倒的に多い

のだから。

 普段自室に居ても、きちんと服を着て引きしまった気持ちを持つことが大事である、と

か、女性と会話する機会を持つことが、創作意欲を維持させるためにも必要である、など

という意見には首肯した。

 いずれにしても、小説を書く生活というのが、孤独になりがちな老人にとっても健康を

維持する一つの方法であることは間違いないと言える。

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【4月19日(金曜日)、つれづれ2】に加筆、4月21日(日曜日)、つれづれ。 [ラフに語る、つれづれ記]

 まずは、先日書いていて、疲れたのでアップしそこねた下書きから。


 

 うこん

「うんこ?」(相棒X)

「いや、ウコンだ」(山雨)

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 摺り下ろすと、上記写真のように。

 うこんそのものは、生姜とそっくり。植物の根なのだろう。

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 水割りに溶かすと、こんな感じ。

 スキッとしたジュースを飲んでいるような味わいだった。


 たこやきオヤジさんが、「ニコニコ動画」に出たほうがいい、と、かなり推すので、二つ、さっそくアップロードした。

 山雨乃兎というニックネームで出してます。

 

 風呂上がりの姿を見た弟が、

「ごっつい腹やなぁ。相撲取りみたいやな」

 と言うと、それを聞いていた母が、

「もう、死ぬ歳やがな」

 と。

 思いおこせば、父も、死ぬ直前には、メタボになっていた。

 6月には、誕生日を迎え、父が死んだ年齢になります。

 今日発見した興味深い動画は、これ↓

 【ホリエモン】仮釈放後のフリートーク【ひろゆき、川上量生】

 痩せたなー、ホリエモン。

 精神病院でもそうだが、長期間酒を飲まないと、誰でも痩せる。

 

 いつもの、近場のドライブの様子を撮りました。↓

 

 それでは、また。


4月19日(金曜日)、つれづれ。 [近況…]

 ご近所さんに出会ったので、稲見商会の仕事の名刺をわたして、希望する人があれば紹介してほしい、と言っておいた。

 その後、友人の散髪屋さんに行き、小一時間しゃべる。

 友人は、自宅で使っているパソコンに、ビールをこぼしてしまって、最近、家ではネットを見てないとのこと。

 デスクトップのキーボードなら、まだ救いがあるが、ノート型のキーボードの上にビールをこぼすとさすがに毀れてしまいますね。

 友人にも名刺をわたす。(ずっと以前にわたしたと思っていたのだが)

 会話していると、地域の雑誌に、広告をお願いしてはどうか、との話が出、

そのまま、その会社に行ってきた。

「ウチは、ウェブページなどは、担当者を配備してますので」

 と、ウェブページ制作の請負の依頼と勘違いされたので、

さらに詳しく事情を話して、御社の広告に載せてほしい旨を告げた。

 事務所に迎えられて、名刺交換して、話を聞いた。

 考えてみれば、今日、こういう動きをするのだったら、せめてブレザーを着ておくべきだった、と思った。

 ウインドブレーカーにスラックスで伺った。

 広告料の相場を聞いたが、かなり高かった。

 隣市を含む広い範囲に配布しているので、雑誌の部数が多い。

 14万部だとか。

 それで、当然値が高くなる。

 六万円は、最低でもかかるらしい。

 価格が思っていたより高いので、やっぱり印刷屋さんに、地域を限定した広告を頼むようにします。

 また、金銭的に余裕が出来れば、こちらからお願いのお電話をします。

 そう言って帰ってきた。

 

 今は、広告費に三万でもきつい状況だ。

 それだったら、先日、飲みに行かねばよかったのに、と後悔している。

 名刺撒きの営業をしようと思う。

 友人とも話していたのだが、ブログやホームページで宣伝しても、ブログやホームページにすんなり来れる人は、自分でブログを作れるだろう、ということ。

 どうやって、ネットの画面を見たらいいのかわからない、ぐらいの人をターゲットにするのだから、やっぱり折り込みチラシか名刺ですね。


若いうちから、評論家ぶるな。 [真夜中のつれづれ記…]

 何かの検索結果で、偶然、行きついた画面で、

若い女が、時事問題(とくに政治・外交)のことを、動画で、知識のひけらかしと自身の見解を述べているのに出くわした。

 反吐が出た。

 若いうちは、仕事をして、仕事のスキルを身につけるか、楽器演奏の一つでも習得しなさい、と言いたい。

 政治や宗教の話をしていると、キチガイ扱いされた時代もあったのだ。

 まずは、若いうちは、自分の土台を築かなければならない。

 仕事も、スキルの習得もしないで、ひたすら知識だけを蓄えて、評論家ぶって、長々と意見を言うな。

 見苦しい。

 何が出来るか、ということが土台だ。

 その出来るものが何もない状態で、知識だけをかき集めて、そこに、ちょこっとした自分の見解を述べるような評論家のようなことはするな。

 拙書評でも、自身が小説を創作するから、オアイコとして感想を書かせてもらっているのである。

 四十までは、マトモに仕事をしなさい。

 生い立ちから自然に身についた語学は、スキルではない。