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最近の僕 [近況…]

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 最近、立てつづけに、嫌なことが三つありまして、少し塞ぎこんでいます。

「どんな事?」

 と訊かれましても、プロフィール・オープンのブログで具体的に書くと当事者と角が立ちますし。

 先日、一週間ほど前が、新月で仏滅という日がありました。

 その日は、静かにやり過ごしました。

 やっぱりね、そういう月の加減と暦だと、みんな気が立ってるんですね。そういうみんなの気を感じていました。

 まあ、一般の人は、生業のルーティンワークがありますから、そういう、「日が悪い」などの影響をあまり受けなくて済むのですが、僕のように自主的に時間割をつくる生活だと、「日が悪い」日は、嫌な目に遭います。

 28日の早朝、無事に、新人賞投稿用の原稿を投函してきました。

 てんやわんやでしたね。

 何しろ、私小説で、しかも今回の場合、登場人物の設定とかをモデルそのままを書いてましたので、それを、全編、設定を変えて三回書き直しました。

 話がまえに戻りますが、嫌なこともないと、人間、退廃の方向に行くんですね。毎日、楽しいだけの感覚を持って、「我慢系」の努力も、「頑張る系」の努力もまったくない幸福な日ばかりがつづくと、そうなります。

 最近の僕は、「我慢系」の努力が、ほぼゼロですが。(笑)

 我慢にも、するべき我慢と、しなくていい我慢もありますしね。

 嫌なことがあって、ストレスが溜まったら、それを書けばいいのですね。

 ブログに公表するのじゃなくてね。

 紙に書けばいいのです。

 パソコンでワープロ打ちで書くよりも、紙に筆記具で書くほうが、発散になるようですね。

 書評、しばらくお待ちくださいね。

 数軒の図書館に借りた本が、すべて延滞になってまして、館の開いてない時間にポスト返却などをしてましたので、読了まで行ってない本を多数点返してしまいまして、そういう事情から遅れております。

 新たに書きはじめた小説なんですが、構成が不完全で、練り直す必要があります。

 しばらくは、これが課題ですね。

 桜が待ち遠しいですね。

 それでは、また。(^。^)

【特撰桐箱】3年寝かせた越前和紙原稿用紙
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先日のカラオケ収録はNG [ラフに語る、つれづれ記]

 デジカメがなくなったと思いこんだエピソードもあったカラオケ収録でしたが、家に帰ってきて、動画を確認してみると、

どうも、自分が、既に酔っぱらってるんですよね。

 もう少し酔いが浅い段階で収録してくるべきでした。

 酔いが深いので、自分の体勢をささえるのにぎりぎりの状況だし、ピリピリした感じで、周りの誰彼に喧嘩を売っているような所作なんですよ。

 しかも、酔いが深いので、きちんと歌えてないのですよ。

 考えてみれば、それで酒場で絡まれることが多いのか、と、自身の映像を見て発見しました。

「こんな奴と一緒に飲みたくない」と思えるほど、ぴりぴりした他者抑圧感が出てる映像でした。

 そんなことで、もう一度、酔いが浅い段階で、カラオケボックスで取り直してきますね。

 もったいないのは、柳ジョージの『バーニング』惜しいですけどね。

 勢いのある歌なので、酔いが深くても丁度いいのですが、決めのところで高音が出ていませんね。

 もう一度、皆さんにお見せできる録画を撮ってきます。

 しばらく、お待ちください。(^。^)


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バイクの無意味な空ぶかしを二人以上の警察官が目撃して迷惑行為と判断したら、その場で検挙、もしくは逮捕できる権限を警察官に与える法律を作らなくてはならない! [真夜中のつれづれ記…]

 今日も一日中、下の大通りでバイクが頻繁に空ぶかししている。

 辟易している。

 先日書いた原稿も、実に内容の四分の一はバイクの空ぶかしに立腹している心理を描写する内容になった。

 ホントは、そんな原稿は書きたくないが、実際に迷惑しているので、他の内容が書けない。

 大都会で集団で暴走する場合は、迷惑行為として取り締まれる。

 道幅いっぱいにひろがって交通を妨害していると認められる場合だ。

 しかし、地方都市で、一台や二台のバイクが空ぶかしを頻繁に繰りかえしても、取り締まれる法律がない。

 一台や二台の空ぶかしをする連中が、合計で四、五組ある。

 それが、昼夜を問わず、頻繁に空ぶかしをする。

 兵庫県警に何度も苦情を言ったが、西脇警察も、速度超過や、一旦停止無視などの交通法規違反がない限り、今の法律では取り締まれない。

 改造バイクの場合、違法だと言えるが、改造もしてなくて、騒音のデシベルの検査をする今のシステムでは、停止中で何千回転に決めて一定の時間計測し、それで基準値をクリアしていれば違法にはならない。

 深夜の二時三時でも、深夜の四時5時でも執拗に空ぶかしをしている。朝の七時でもだ。

 西脇市の住民は、私に限らず、相当頭に来ているはずである。

 国会で、新法をつくってもらいたいと思う。

 明らかに迷惑行為と言える空ぶかしをしているバイクがあった場合、その場で、二人以上の警察官が目撃し、合意した場合には、警察官であることの権限を行使して、その場で、検挙、或いは逮捕できるようにすべきである。

 私自身も青年期には中型のバイクに乗っていたが、無意味な空ぶかしなど、一度もしたことがない。

 私の提案としては、明らかな迷惑行為である空ぶかしが一定の時間つづいたのを警察官二人が目撃した場合、懲役三ヶ月くらいの刑が、相当であると思う。

 誰か、こういう法律の試案を国会に提出して、国会を動かしてくれないだろうか。

 本当に困っている。


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今日の動き [近況…]

 今日は、一日中、右目の調子がわるかった。

 朝、起きる寸前に、どうやら右目を指で突いたようなのだ。

 視力が右目だけ落ちていて、涙が右目だけから溢れる。

 洗面所でひとしきり洗った。

 どうも、もう一つ考えられることとしては、就寝中に指で肛門をさわっていて、その指で右目をさわったのではないか、ということだ。

 それじゃあ、涙が出るのも無理はない。

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 歯科医に行ってきた。

 今月は、文学賞の〆切りが月末なので、自分に課した書き直しが残っている。

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 年度末で、みんな決算で忙しそうだった。 

 早く、暖かくなってほしい、と願う。

 では、また。(^。^)


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『共喰い』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 田中慎弥さんの、『共喰い』を読みました。

共喰い

共喰い

  • 作者: 田中 慎弥
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2012/01/27
  • メディア: 単行本

 例によって、感想は追記をお待ちください。

 

   追記・感想

 

 今回、この単行本収録中の2作の短編のうち、『共喰い』だけを読んだ。

 ニコニコ動画の授賞式中継のまえの作品解説で言われていたことそのままを感じた。

 この作品は、完全に中上健次の真似である。もっときつく言えば、踏襲である。文体に、

とくにそれを感じる。テーマで言えば、「血」と「土地」と「セックス」と「暴力」である。

【加筆】文体に中上健次氏の文体の踏襲を感じると書いたが、これは、絶賛されるべき

偉業である。他人のプロの文体を、完全に真似ることは、非常に難しい。それをやって

のけているのだから、田中慎弥氏は、リスペクトされるべき技量を持った作家である。

この点では、誰も批判できない。

 血とは、暴力的な父母や先祖が居たから、自分も必然的にこうなった、という諦め。

淫らな肉親間での性交を行った先人が自分の先祖または、父母に居たことからの自身

をコントロールできなくても仕方ないのだ、という諦め。

 土地とは、荒くれ者が多く住む土地で、その気風の影響を受けて、自分だけが

綺麗な品行方正ではいられない、という捉え方。

 セックスとは、セックス描写そのものである。これは著者に体験がなければ描けない。

 暴力とは、今作の場合、性交中の暴力であるが、中上健次の場合は、親族やライバル

との競争のなかで起こる暴力も描いている。

 良さは確かにある。それがいけないと言っているのではない。

 しかし、父のバックボーンをもっと語ってほしかった。

 現在進行形の出来事のインパクトよりも、実父の生き様、そして、その生き様をしなけ

ればならない事情というものが、まるで語られていない。

 猿に、自分の恋人をやられてしまった、というようなえげつなさしか残らない。

 また、或る程度作者の実体験に基づいているストーリーテリングならば、よく、こんな

きわどいことを説明でなくて描写できるものだ、と作者の神経を疑う。主人公「遠馬」が、

あんな行動に出てしまうというのも、その動機が一切語られていない点が不充分である。

どうせ、父の子供であるのだし、という、自分に自棄を起こしたということだけでは、人

間は、ああいう行動を起こさない。また、きわどい現実も、説明として書かず、描写だけ

で書ききることによって、読者の憶測を避けることは出来やすいのも確かだ。

 今作中の方言も、たしか作者は下関出身だったから、中上健次の四国の方言と似通った

ような俗物的響きがあり、それは功を奏している。

 折角、ここまで書くなら、家系の昔からの歴史に深みを持たせるとか、実父の現在の人

間性が出来上がった経緯について詳細に作り込んで説明するとかが欲しい。

 インパクトは強いが不充分だと思った。

 また、作中の登場人物の誰に感情移入していても、まったく誰もが救われない、という

強烈な悲惨な終わり方にする必然性は何なのか。そこを考えてしまう。

 現実味(リアル感)を感じない、と酷評した石原慎太郎の気持ちもわかる。

 実父が仕事をしていないことについて、それが何故なのか、まったく語られていない。

 主人公「遠馬」の人物造形についても不完全すぎる。「遠馬」が、普段の潜行する意識

のなかで、何をどう考えているのかがはっきりしない。読者のなかには、充分な描写

があったと捉える人も居るだろうが、語られているのは、恋愛の対象に対する心の動きで

しかない。

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『「できる人」の相談する技術』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 福田健(ふくだ たけし)さんの、『「できる人」の相談する技術』を読みました。

「できる人」の相談する技術 (角川oneテーマ21)

「できる人」の相談する技術 (角川oneテーマ21)

  • 作者: 福田 健
  • 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
  • 発売日: 2011/11/10
  • メディア: 新書

 例によって、感想は追記をお待ちください。

 

   追記・感想

 

 誰にも相談せずに、自分だけで物事を進めるという方法では限界がある。

 任せるところは任せて、頼るところは頼り、また、自分だけで答えを出さずに相談する

と別の新しい答えが出る、ということがある。

 しかし、そうは分かっていても、相談はなかなか出来ない。出来ない理由にもいくつか

の種類がある。

 相談できる相手がいない。つまり、みんな忙しそうで、話しかけてくれるな、という雰

囲気を出しているから。というのが一つめ。

 「言おうかどうしようか」迷う。つまり、相談すると自分を拒絶するか否定する答えが

返ってくるだろうと、先に予見してしまうから。

 恥ずかしくて言い出せない。つまり、相談したり助けを求めること自体が「恥ずかしい」

か「格好悪い」と思ってしまうからである。

 「言ってもムダ」と諦める。つまり、自分が期待した答えが返って来なかったことが多

いので、「どうせ、あの人に相談しても」と思ってしまうわけである。しかし、実際には

相談される側の人が多忙であったか、たまたまその時不機嫌であったか、他のことに気を

とられて上の空であったか、などが往々にしてよくあるパターンらしい。

 「自分のことは自分で」と、頑張りすぎ。書いてその通りである。ただし、これは自分

で出来る範囲のことを言うのに、何もかもを一人で抱え込む人が増えている。

 

 全編のほとんどで語られるのは、相談するほうは、どう切り出し、どう対話するのがすっと

行って人間関係的にもぎくしゃくしないのか、という方法。そして、勿論、相談されるほ

うも、自分から相手が相談したいことがあることを察知してやって相談に乗る場合、また

は、相手から相談されてそれに乗る場合に、どう対話するのが、お互いの益になり人間関

係的にもぎくしゃくせずに済むのか、ということを、例を出して論説展開されている。

 この部分が本編のほとんどだが、この書評では敢えてそれは読者が読むことに期待して

書かない。

 

 以下、本編後半で気になったところをピックアップする。

 ・気軽に頼みごとができる人

 現代は、一人の仕事量が増えているのでどこの職場でも気軽にものを頼める雰囲気では

なくなっている。それで大概の人は相談すること自体を控えているのだが、ダメモトで頼

んでみよう。とのこと。それが第一歩。頼むことに慣れよう、というのが狙いだ。その次

の次元としては、「頼み方を工夫」することで応じてもらえる回数を増やすことである。

 ・話しながら、相手の様子に気を配る

 この項は、実話を例に語られるのだが、商社営業部長Tさんが、夜のお客の接待が中止

になったので、自宅に早く帰る気になれず、後輩を飲みに誘った。その席上で、Tさんは、

商社マンの心得や自分の体験などを一方的に語り、実は、「自分は、この仕事に向いてい

ないのではないか」という悩みを募らせていた後輩の相談を、後輩が何度も、「実は、部

長」「あのー、ちょっと」「わたし、いま」などと切り出していたのに、「うん、まあ聞け」

「わかってる、わかってる」と会話を制し、一方的に話したのであった。それで、翌日後

輩は辞表を提出した、という話なのだ。会話は双方向のものであり、相手が何か相談した

がっていることに気づかねばならない、という教訓を教えるよい例となっている。

 ・助言が的外れになるのを防ぐには

 ①すぐに助言しようとしない

 ②相手のことは何もわかっていない

 ③相手は本当に言いたいことを話したがらない

 ④「問題は何か」を知るには、「もっと話してくれるように」質問するのがよい

 ⑤相手が本当の問題に気付いていない場合もある

 【上記本文引用】

 相手のことがわかれば、適格な助言ができるの項のなかで

 ・日頃の観察がものをいう

 人間は、自分が抱える問題が何であるかわかっていない人が少なくない。いらいら状態

にあって、余裕がなくなれば、ますます、その傾向が目立ってくるが、本人にはわからな

い。自分のことは自分がよくわかっているというのは、間違いである。自分より、相手の

ことのほうがよくわかる。人に相談する理由も、ここにある。【本文引用】

 些か耳が痛い。が、しかし、目的に向かって煮詰まっていく状態にあるときには、客観

的に自己を見極めようとするのは難しいのかも知れない。簡単な例でいくと徹夜での継続

した仕事は、一旦眠ってから客観視する必要がある。と、確かに私自身も思う。

 この項を読んでいてさらに思うことは、人間の考えというものは、他者との議論で正さ

れていく、ということで、自分一人だけで反問を繰りかえしても圧倒的に材料が少ないの

で高邁な次元や深い洞察には至らない。角度の違う意見と、自分にはない材料を持った他

者との対話のなかで、新しい回答が導かれる。そのことを強く思った。

 相手とほどよい距離を保つの項のなかで

 ・こんな助言は依存心を強める

 相談に乗っていると、自分で問題を解決する姿勢を捨てて相手に頼り切ろうとする場合

が出てくるので、そこは途中で突き放したほうがよい、と書かれていた。

 それよりも、その先で例として挙げられたエピソードで、小川洋子さんと河合隼雄さん

の『生きるとは、自分の物語をつくること』という対話でのやりとりが面白かった。

 

 小川:私、先生のご本の中で印象深かったことがあるんです。京都の国立博物館の文化

 財を修繕する係の方が、例えば布の修理をする時に、後から新しい布を足す場合、その

 新しい布が古い布より強いと却って傷つけることになる。修繕するものとされるものの

 力関係に差があるといけないとおっしゃっているんです。

 

 河合:そうです。それは非常に大事なことで、だいたい人を助けに行く人はね、強い人

 が多いんです。

 

 これは、往々にしてあることだと思う。聖書の「新しいぶどう酒は新しい革袋に」とい

うキリストの言葉と同じで、力関係で同程度でないと力の弱いほうが結局は弱ってしまう。

上から目線での同情を受けても、相談した方が救われるわけでなはないからだ。同様に、

「こうしなさい」という正論や理想の姿を強要しても救われない。相談される方には相手

を斟酌することが大事だと思った。

 

 ・否定から入るな

 ・正しい助言だからと、押しつけない

 正しいことでも 押しつけるのはわがままである

 ・聞かなければ相手のことがわからない

 これは、まったく同感した。話題のタイトルを持ち出しただけで、すぐ自分が決めてい

た返答をする。じっくりと相手の話を聞くと、相手が困っている根本原因が実は相談を受

けるほうが予見していた内容と違う場合もあるからだ。

 

 以上で、本編の紹介が殆どになったが書評を終わろうと思う。

 簡単なことが敢えて指導してあったが、この本を読めば普段あまり意識せずに素通りし

ている自分の考え方や意志の決定の仕方などのマズイ部分が再認識されると思う。

 是非本編を読んでいただきたい。

 

 最後に、「あとがき」の中のポイントをそのまま紹介して終わりとする。

 

 1 人に相談して、他人の力を借りることは、すばらしいことであり、それによって、

仕事も人間関係も前進する。

 2 人の相談にのるのは、相手を支援すると同時に、自らのコミュニケーション力を向

上させることにつながる。

 3 相談する、相談にのる姿は、お互いが等身大の姿で向き合うことである。  

 

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デジカメ無くした。(傑作!追記あり) [近況…]

 追記を前後に挟みます。

 あれだけ情操をかき乱して困っておきながら、結局デジカメはありました。

 みなさま、申し訳ありません。 


 

【補足 デジカメは、まだ盗られたと確定したわけではありません。気づいた方が保管してくださっているのかも知れません。】 

 今日、久しぶりに歌唱シーンを録画してこようと思ってカラオケボックスに行ったのだが、

帰りにデジカメを忘れてきた。

 お店の人に訊いても、紛失物の届けはない。

 西脇市などで飲むと、こういうことになる。

 へちった人に告ぐ!

 もう返してもらわなくていい。

 あんな店にデジカメを置き忘れるのは、おれの落ち度だ。

 だから、本体は謹呈する。

 その代わり、デジタルデータだけダウンロードさせてくれ!

 飲み放題といいながら、食べ物を頼んで2時間で四千円以上かかって録画してきたのだ。

 歌唱データをダウンロードさせてくれ! 

 それだけでいい。

 デジカメ本体は、SONYのサイバーショットDSC-W30だ! 

 色は青だ。

 ちなみに参考ページは、こちら

 頼むからデータだけ返してくれ!


 と、ここまで書いていたのに、その後デジカメが出てきました。

 拙速なのがいけないところ。

 もう、今さら記事を下げるのも、余計格好わるいので、顛末をご報告いたします。

 実は、ブログに歌唱シーンを追加したくて、カラオケのお店に急遽行くことにしたのですよ。昨夜は。

 でも、カラオケに行けば、酒豪の僕ですから、飲むのは当たり前ですし。

 それで、行き帰りの交通を母に頼んだのです。

 それで、普段ケイタイを持たない僕ですから、迎えに来てもらうために一時的に母のケイタイを借りていたのです。

 それで、無事、歌の収録が済んで、母に迎えにきてもらって、車中でケイタイを返したのですが、酔っててケイタイを返したつもりが、デジカメを渡していたのです。

 それで、母も運転に集中してましたから、ケイタイを受けとったと思いこんでいたのです。

 それから家に帰ってきて、自室で四時間ほど寝てしまいまして、

「さあ、そろそろ、昨夜の動画をパソコンに取り込んでおこう」

 と起きてすぐ思ってジャケットの内ポケットをみたら、当然ですが、「ない」わけです。

 それで、「ちくしょう、盗られた」と思いこんだ、というわけです。

 ポケットのなかにケイタイはあったのですが、

「昨日、渡し忘れた」

 としか思わなくて、

「それより、デジカメがない」

 と自身で大騒ぎ。

 都合五時間も経ってますから、酔いは醒めているので、そのまま警察署に紛失届まで出しに行って……。

(落ち込むな、歌手だったら人前で何千回と歌うのだから、たかが一回分の録画がなくなったぐらいでめげていては器が小さい、などと自身を慰める)

 夜中に、母にわかるように台所にケイタイを置いておいたのですが、

朝になると、それがデジカメに変わってました。

 お騒がせしましたことをお詫びいたします。

 まったくの馬鹿。

 もう、年かな。(笑)

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先日書いた下書きから [ラフに語る、つれづれ記]

 論調がきつい、と思ってしまって、この記事の場合も、手書きの下書きだけをそのままにしてタイピングすらしてなかったんですが、一応、査定・吟味したので掲載しておきます。


 ぬぼーっと、何もかも放ったらかし。

 アダルトDVDを見るのも、リアルで惚れてる娘にそっくりの女優のものを見ないと醍

醐味が下がるし。

 生活の習慣として損なことをやめた。

 二つ止めたのだけれど、一つは「いかり豆」(「結び豆」または「フライビンズ」とも

言う)。

 酒の充てに旨くて止められなかったのだが、どうしても肛門にひっかかる。向精神薬を

常用して便が硬くなりがちなのを、大量に飲酒して下痢気味にすることで無意識に調整で

きていたのだが、ゆる便で回数が多いのに排便のたびに「いかり豆」の殻が肛門の出口に

ひっかかっていたのでは、切れ痔が治らない。

 やめたお陰で今は肛門はすっきりしている。肛門の不具合からの頭痛の誘発はなくなっ

た。

 もう一つはライブチャットの待機画面を見ながら手淫すること。

 最近では、どの娘もプライドが出来て感覚テレパシーに同調しなくなった。ゆえに、時

間がかかりすぎて生活のロスなので止めた。

 これからはアダルトDVDだけにする。

 こんな文章の途中で登場させるのも、ご本人にわるいが、勝間和代さんは、酒も煙草も

コーヒーも麻雀も止められたそうである。

 理由は、依存症になって時間をロスするからとの事。

 酒も煙草もコーヒーもやらないとは、まるでモルモン教徒のようだが……。

 まあ、誰でも自己を改革することは大事ですね。

 止めやすいものから止める、という方法もあります。

 僕も、煙草は無理としても、酒なら、頭痛がない日だったら一日ぐらいは我慢できる。

 酒を飲まないと自動的に煙草の量も減るしね。

 とはいえ、それしか楽しみがないのだったら、酒にしろ煙草にしろ、無理に止めること

はない。

 沢山稼いで、社会的ステータスも世間のリスペクトも得て伴侶も居る人が、酒を止める

ことは楽ですからね。

 ホームレスにこそ、酒は必要なんです。

 仕事もしてないのに酒を飲むな、という考え方は個人ゝゝの心をまったく斟酌してない。

 慰めの必要な人にこそ、酒は要るのです。

 普段から幸福度の高い人は、コップ一杯のビールで充分満足できるから。

 ストレスを溜めたときに、やけ酒もしないようでは、どんどんストレスが溜まっていき

ます。

 他人の顔色を見る人ほど、普段の心中は怒りで一杯だったりする。

 格好つけすぎると、ストレスの吐き出し場所が、どこにもなくなってしまうものです。

 自分に対する劣等感から来る怒りが、変化して、自分以外の人すべてに敵意を持つよう

になる。その状態がうつ病らしいです。

 書評はお待ちくださいね。


 まあ、ここまでなんですが、この時期は、『うつ病は重症でも2週間で~』というタイトルの本を読了して、まだ書評は書けてなかった時期ですね。

 それにしても、寒いですね。

 原稿を大幅に書き直すかどうか、を悩んでまして、こんな時間になってしまいました。

 それでは、また。


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