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『そこまで言うか!』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 西村博之氏、堀江貴文氏、勝間和代女史の鼎談(ていだん)、『そこまで言うか!』を読みました。

そこまで言うか!

そこまで言うか!

  • 作者: 勝間 和代
  • 出版社/メーカー: 青志社
  • 発売日: 2010/09/02
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 例によって、感想は追記をお待ちください。

 

   追記・感想

 

 勝間女史と西村氏が『デキビジ』という番組で対談をされたそうである。

 ところが、その対談、二人とも直前の仕事をこなしてきた後で寝不足であった所為もあ

り、喧嘩になってしまったらしい。

 そこで、「俺が間に入るから、鼎談という形で、じっくりと仕切り直して話してみない

か 」といった内容で堀江氏が両氏に呼びかけ、今回の鼎談が成立したそうな。

 

 テーマは多岐に亘る。

 専門用語、或いは先進用語が沢山出てくる。

 しかし、注釈があるので、読者が知らないことはその都度知りながら読みすすめること

が出来る。

 西村博之氏といえば、2ちゃんねるの創始者。(そんなこともアンテナを張ってなかっ

た僕は知らなかったのだが)

 その西村氏も勝間氏も言われることだが、匿名性の掲示板が問題だと言っても、書き込

みにはIDが必要だし、最終的に誰が書き込んだのかは今は追跡できるようになっている

し、2ちゃんねるを廃止しても、やはり掲示板のシステム自体、構築できる技術を多くの

人が理解してしまったのだから、2ちゃんねるそのものが無くなっても、同じ物が他のス

ペースに出来ることになる。だから、2ちゃんねるは今のままで全然問題ないのではないか、

という意見だった。IDとIPアドレスから特定の人を割り出す、というのも犯罪に係わ

ってくる書き込みにしか警察は調べないのだし、大体誰のことを言っているのか分かる誹

謗中傷というのは残る訳ですが、勝間氏は、そういうのは見ないようにしようとしても、

結局人間の性として見てしまうものだ、と仰有る。

 こういう議論から、傷つきやすい人はネット自体をやらなければいい、とも言えるとい

う結論になった。

 しかし、お三人とも、中傷には強いようだ。それは、やはり耐性ができてくるというこ

ともあるし、他人の評価をいちいち気にしない性格であることも作用している。(この性

格はやはり10歳くらいまでの育ち方、或いは10歳くらいまでの環境がよかったのだろ

う。だから他人の顔色を見ない人格になってらっしゃる)

 

 勝間氏は有名になってきて、勝間さんの生き方の信奉者(いわゆるカツマー(と僕は理

解しているんですが、微妙に意味が違ってたらご容赦を))以外の人にも多く認知される

ようになってきた。

 それで、たとえば勝間氏は、「普段の生活をしながらも高いコンフォートゾーンを目指

しましょう」という意味のことを普段から仰有っているのだが、鬱病とか障害を持った人

にまで頑張れ、と言っているように聞こえてしまう。それはつまり、認知度が上がって勝

間氏について行こうと思うホントは今頑張るのが無理な情況の人が、勝間氏のメソッドの

通りに生きようとしてしまうことなど。

 そういう解釈で香山リカさんが、「勝間和代を目指さない」という項を持つ本を出され

たりした、という経緯があるようだ。(香山女史の本の出版のときの担当編集者の「悔し

紛れ」(勝間氏がその担当者からの仕事をなかなか受けてくれないから)というのもあっ

て、そういうタイトルの項が出来たという経緯もあるようだ。

 勝間さんの言葉を聞いた人は、「勝間さんから命令されているように感じる」という事

があるらしい。宗教的教祖のようなカリスマ性が出てきたことだな、と私は思った。(カ

ツマーにとっては、勝間さんの生き方や、こうした方がいい、と仰有ることは教科書的に

受けとっているようで、それが他の一般の人にも、そういう風にとられるようになってき

たということ)

 

 この鼎談では元々司会者という立場で座った堀江氏だが、その堀江氏の人生の遍歴や嗜

好も面白い。

 僕は、堀江さんはお金持ちの家出身で、だから楽に学問もできて会社も興せたなどと思

っていたのだが、それは世間にも多い誤解らしい。

 逸話として面白いのは、昔、コンビニに買い物に行って、多分財布には500円くらい

入っているだろうと思って商品を手にレジに行ったら50円しかなかったそうである。そ

れで、「財布を忘れたので」と言って帰られたのだが、このときに、店員は自分のことを

本当に財布を忘れたと思ってくれただろうか、と気に病まれた。そして、買いたい物くら

い財布の中身を気にせずに買えるようになろう、と思われたそうである。

 堀江氏がよく普段から言われることだが、「何かを始めようと思ったら、或る程度はお

金が要る。そういう意味でお金は必要だ」ということがある。

 それは、僕もまったく同感で、小説の場合にしても新人賞に投稿する方法はかなり確率

の低い方法で、併行してでも自費出版するのが望ましい。それには資金が要る。それに、

事業でも学問のための就学でも、お金のあるスタートと無いスタートでは、断然、お金の

あるスタートの方が有利な訳である。

 堀江さんは、決して金の亡者ではないなぁ、というのが、この鼎談に限らず何度も発言

を聞く度にわかってきた。

 お金を得たいといっても、別に始めはアルバイトからでいいのである。

 堀江氏も、大学現役の頃(正確ではないので、読者は他の媒体でご確認を)からアルバ

イトをされている。何度目かのアルバイトの期間中に大学時代の同期生たちが就職してい

くのを見て、その初任給を聞いてみると自分のその当時のバイト料よりも安い。それで、

「おれは、絶対就職なんかしない」と決められたそうだ。

 私も今でこそ障害があって働けなくなってしまったが、41歳までは随分幾多のアルバ

イトをした。勿論会社勤めも。

 堀江氏は、何度も車を買い換えられている。それも現在は知らないが、過去は中古車ば

かり。たしか、二台目の車がプレリュード(中古50万円)だった、とあった。私の場合は、

四台目がプレリュード(中古35万円)で、意外にも一車種だけ重なったが、堀江氏は、

その後、キャッシュで300万があったとき(働いたお金で)、ポンとポルシェの中古を買われたらしい。

現在(この本の発行当時)はフェラーリに乗っていらっしゃる。フェラーリ購入にはローン

を組まれたらしい。実に、車に関しては虚勢を張るのではなく実をとるタイプだと思った。

私の場合は、頂点がプレリュードで、そこから先は軽四に格が下がるのだが……。

 堀江氏は、逮捕に至ることになった時間外取引に関しては自らの行動は合法だった、と

過去を振り返られている。検察が有名人を検挙したいという気持ちは常に大きいと思う。

 

 お三方を見ていると、全員、パソコンに強い。

 西村氏は、大学現役時代からやっていた会社を継続という形からのスタート。

 堀江氏も、大学現役時代から起業されている。ウェブページ制作請負の仕事だったよう

だ。

 勝間氏は、監査法人勤務を渡り歩いたあとに独立。

 三人とも、良い意味で、始めにやっていた業種とは少しずつずれてきている。

 勝間氏を例にとると、現在は評論家、そして自己啓発本の著者という仕事がメインだろ

うと思う。

 西村氏は、「朝決まった時間に起きて会社に行く」というのが自分には合わない。と思

われて人に使われる形を経ず、現在まで来ていらっしゃるのだが、そういう独立して何か

をするときに、今やインターネットが充分に駆使できる、という要素がなくては成りたた

ないと思う。

 

 鼎談の中身に戻ろう。

 スキルを身につけることや資格をとることは会社勤めをしながらでも出来るし、そうい

う1ランク上のポジションに行くためには生活と併行して勉強をしよう、という論旨展開。

 三人ともが言われてたことで私も思うのだが、今の若い大学新卒者は会社勤めにばかり

拘る。就職がどこも採用されなかったって、コンビニでバイトしながら資格をとる生き方

でもいいじゃないか、と仰有っていた。

 西村氏が仰有ってたことだが、社会へ出るときに三つの方法がある。一つは会社に就職。

一つはバイトなどをしながらミュージシャンなどを目指す。もう一つが起業。

 そこで鼎談で議論が進んでいくと、別に万人が起業する必要はないし、社会経験とか常

識とかコミュニケーション力がない人がいきなり起業しても上手くいかない、ということ

に結論が落ちついた。

 

 項が跳ぶ。

 みんな三人とも電話が嫌い。

 勝間氏などは、メールで連絡がつかない人とは仕事をしない。(それは、電話は相手の

時間を一方的にとるから。電話に出る度に、自分の仕事へのモチベーションが下がるから)

 堀江氏と勝間氏は、電話には出ないそうである。

 三人とも、「自分を信用しない人」。

 それは、自分が物忘れが多い、と自覚しているということ。

 だから、いつも使う物がどこかに行ってしまわないような工夫もされている。西村氏な

どは、財布に鎖をつけられていて、その鎖に随時触れることで財布を紛失していないこと

を確認されている。ようは、自分が物忘れがあるのに、「自分は、物忘れなどしない」と、

自己を正確に客観視できていないことが一番まずい。

 

 堀江氏の女性観、恋愛観も語られている。なかなか興味深い。是非、本編を読んでみて

ください。

 

 政治の話しでは、国民が、大きな政府を望むか、小さな政府を望むか、という問題で議

論。大きな政府とは政治が経済にまで深く介入して景気対策もするが、社会保障も充実す

る。しかし、国民の税などの負担も大きい。小さな政府は、経済のことは市場の自然な回

復力に任せる。社会保障は少ない。しかし税負担は小さい。

 さて、この、どちらの政府を国民が望むかということだが、これが現在のところ、6対

4で大きな政府だろう、という認識になったのだが、この比率の逆転が案外ちょっとした

プロパガンダやムードで変わってしまうのではないか、という結論になった。(これは堀

江氏の言なので、三人一致の結論かどうか正確ではないが)

 年金などが、自分の場合に支給される時代になるまで、たとえば20年あったとして、

その頃には、政府の経済も含めて世の中がどう変化しているかは誰にも予測が出来ない。

このことは、特に西村氏が仰有っていた。

 

 勝間氏は、既得権者を、そのポジションから引きずり下ろすべき、という持論を強く持

っていらっしゃる。キャリアといわれるポジションについて、仕事らしい仕事をせずに高

給をもらっている人が多い。この問題意識とエネルギーは凄い。

 税金に対して意識するためには、一度レール(会社勤め)から外れてみてはどうか、と

の論議も。

 

 また項が跳ぶが、レートマジョリティーという言葉を、堀江氏の発言を読んで初めて知

った。まあ、しかし私は言葉は知らなくても意味としては理解していたことになる。

 つまり、他人がその方法で上手くいっているかを見極めてから同じ行動をとることであ

る。

 やはり、この方法では市場は既に先住民で埋まっているので自分が勝てないことになる。

 

 『書き順なんてどうでもいい』の項では、ホントに必要な考える力を身につけることが

教育なのであって、漢字の書き順とか、歴史の詳細な何年に何があったかなどは憶える必

要がない、と、堀江氏が力説されていた。堀江氏曰く、歴史の年号などは外部記憶に頼っ

たらいい、と。「ググったら出てくる」と仰有ってた。「ググる」とは、恐らくグーグル

で検索するという意味だろう。

 確かに、私も、この意見に同感。

 実践的に役に立つ学問をすべき、という意味で、高校の普通科でも「商業簿記」を教え

たらいいのではないか、とも仰有っていた。実は私は、高校のとき留年して編入している

ので編入先の定時制では普通科なのに「商業」の時間もあった。それで簿記4級はとった

のだが、3級は自分がそこまでのレベルに達してないからという理由で試験に出そうなポ

イントを要約して教えてやる、という教師の意見も聞かず辞退してしまったので取れてい

ない。勿体ない話しだ。

 オッと脱線した。

 勝間氏も仰有っていたことだが、学校の学問で社会へ出てから即役に立つというのは、

加減乗除の計算くらいしかない。是非とも商業簿記三級などの勉強もカリキュラムとして

学校が採りいれるべきだ、という結論。

 さらに余談とも言えるかも知れないが、この項では、教師の給与が安いから公立の学校

にはやる気のある質の高い先生が集まらない、と論議は進んだのだが、私の知人に何人か

教師が居るのだが、給与は決して安くない。バブルの頃よりは落ちるが、四十代の高校教

諭で年収800万は軽く超えているのが現状だ。参考までに書いておく。

 

 ピーターの法則というのが勝間氏の口から、みんなが議題にしていること「不得意なと

ころで止まる法則」の意味に該当する言葉として出たのだが、これも初耳だった。

 たとえば、優秀なセールスマンが、良い成績をあげて波に乗ってきた頃になると、自分

はセールスには出ず、部下を指導する立場に変わる。出世すると、そういうポジション異

動に自然になるのだ。セールスマンとしての才能は充分だったが、部下を指導するという

ことには向いていなかった、という場合が往々にしてある。

 こういうことが、その人その人が一番力量を出せる時期に起きるので、それで世の中の

組織内に於ける殆どの人は無能だ、という状況ができてしまう。

「優秀な人ほど抜けていく」、は、自分の力量が発揮できる会社に自ら変わろうとするか

ら。無能な人は、会社の庇護を受けようとするから、無能な人ばかりが会社に残る、とい

うこともある。

 

 盛んに、既得権の問題を指摘・追及される勝間氏。

 最後に、私が普段から考えていることと織り交ぜて話しをして終わりにしよう。

 皆さんの勤めていらっしゃる会社、儲かっていますか。

 たとえば牛丼屋。一食の単価が安い。

 いくらデフレだと言っても安すぎませんか。

 大都市の非常に客の回転率がよいお店だったら経営が成りたつのも分かるのですが、地

方都市にあるあまり流行っていないような牛丼屋でも、全国チェーン店の場合単価は同じ

です。

 従業員の給料、土地代またはテナント料、他にも経費はかかるのです。牛丼の単価×売

れ数で、毎月、自分の給料が支給されているのが不思議ではありませんか。

 フランチャイズだったら、一つ一つの店舗は独立採算です。しかし、本部からお金が動

くのですね。

 都会の売れている店の売り上げが売れていない店にまわされて平均して黒字ということ

を皆さん考えるようですが、恐らく、平均すると大赤字なはずです。それにフランチャイ

ズなのですから、独立採算ですしね。

 こういう本業がまったく仕事として成りたっていない業種が沢山あります。

 それでは、この、本部から各支店に充当されるお金は、どこから出るのでしょう。

 一つ考えられることは、本部が資金運用をして稼いでいる、ということです。(資金運用とは

株や為替への投機ですね。それと、推論を交えた話しになりますが、ノンバンクにキュッシュフロー

を運転資金として貸し付ければ、回収するときに大きな利子を産みます。ノンバンクの代表例はサラ

金です)

 もう一つは、闇の社会・団体との癒着です。(何も、牛丼屋さんが闇の社会と癒着していると

言っている訳ではありません。そういう場合もあり得る、という説明です)

 こういった発想も、色んなアルバイトや会社勤めをしてきて、自然に疑問が湧いてきた

から起こったことです。

 自分がただ人に使われているだけで満足しない。

 どういうからくりで世の中は動いていて、自分はどのポジションに居るのだろう、と、

そういった疑問、発想を刺激する意味に於いて、この鼎談は読者に有意義だったと思いま

す。

 西村氏は、「なぜですか」と連発するトーク。

 相手が、「こうだからです」と答えると、さらに、「それは、どうしてですか」と尋ね

る。こういう訊き方だと、かなり相手の核心に迫ることができる。同時に相手に困られて

しまう傾向とも言えるが。その西村氏も、自分のことも訊かれればかなり率直に答える人

である。

 堀江氏は、「おれは、こう思う」とだけ仰有るタイプ。他の人が違う考え方を持つこと

を否定はされない。

 勝間女史は、文章を書くときとは違ってゆ~るい感じの人当たりだという印象を受けた。

ピンポイントに要点だけをやりとりして、後は相手と冗談を言い合うタイプのようである。

(私もこのタイプなので、友人などに「山雨くん、ホントに、あんな深いこと考えてるん

だろうか」と言われてしまうのだが)

 勝間女史のことを普段僕が想像するに、麻雀とかやりそうだな、などと思っていたら案

の定、麻雀もやられていたらしい。磊落な男気性を想像する。

 ところが、その勝間女史も、最近は、仕事や家事に影響するから、という理由で、酒も

煙草もゲームもコーヒーもやめられたらしい。(煙草にしろ、理性で制御できる人はいい

が、依存症的になる自分の場合は、すっぱりやめるという方法をとられたそうだ。)三日

我慢できると、何でもやめられるらしい。

 そんな事も含めて、勝間女史の私生活も大分語られていた。

 では、今回はこの辺で。

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本の栞(しおり) [ラフに語る、つれづれ記]

 この類の話、前にも挙げたかもですが……。

 僕は、近隣の市の図書館5、6軒に通っているのです。

 先日、或る人(その人も近隣在住で図書館によく通う)と話していて、僕が、単行本の

栞の紐を結ぶ人があるので困る、と言ったら、

「それ、ワシもようやる」

 と自ら借りた単行本の栞を結ぶ派だと告白されたのです。

「あれは、困るわ。せやって、あとで解けへんやないですか」

「いや、あれはあれで、お世話になりました、いう意味で読了したら結ぶもんやんか」

「せやけど、何や自分以外の人に目当ての女性の処女を奪われたような気がするわ」

「いや、それだけの理由やなくてな。読んでたら、何ページかいって栞を持ってくるとき、

栞が手から滑るやろ。せやから、結んどると丁度エエねや」

 と、お互い主張が平行線。

 面白いことに、その人と僕と好みの作家が一部重複しているのです。

 車谷長吉さんと、町田康さんです。

 それで、車谷さんと町田さんの新刊を図書館で発見したら借りてくるのですが、大体、

先にその人に読まれていて、栞が結ばれています。

 嗚呼、悔しい。

 先に処女を奪われたような。

 今日も車谷さんの『妖談』を借りてきましたが、きっちり結んでありました。

 しかも、結び目が前より固くなってる。

 これじゃあ、解けないじゃん。

 ああ、悔しい。

 貴方は借りた本の栞を結ぶ派? それとも結ばない派?

 

 では、また。(^。^)


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『バカの壁』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 今頃ですが、養老孟司さんの、『バカの壁』を読みました。

バカの壁 (新潮新書)

バカの壁 (新潮新書)

  • 作者: 養老 孟司
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2003/04/10
  • メディア: 新書

 例によって、感想は追記をお待ちください。

 

   追記・感想

 

 自分から、その問題を理解とするのをやめる。とか、相手の考え方をまったく認めよう

としない。とか、で、理解がそれ以上進まない状態。その障害になっている考え方、を「バ

カの壁」というようです。

 

 日本人に常識を取り戻してもらいたい。その常識とは何か、について語られています。

 何かをわかっている、というのと、雑多な知識がある、ということは違う。この点を間

違えている人が多い。

 どんな問題でも、その問題の正解を完全に知っているのは神でしかない。日本には一神

教の宗教がないから、絶対的真実というものはなくて当たり前、という考え方なので、科

学にしても他の分野にしても正解を追究しない。

 

 以降、順に項目的に少し本編を並べて書いていきます。

 ・NHKは神か 「客観的事実が存在する」という事は、信仰の領域に入ること。一神

教の信仰を持っていない日本人に、「公正・客観・中立」(NHKのモットー)を唱える

ことは出来ない筈。

 ・常識(コモンセンス)とは、雑学を羅列することではなく、それが真実かどうかは別

として(真実は、神にしか決められない)、「誰が考えてもそうでしょ」とか「人間なら

普通こうでしょ」と考える、その形で落ちついたライン、というべきもの。(と、本編を

読んでいて解釈するとこうなります)

 ・科学には反証が必要。科学的推論なのか絶対正しい論理なのかが、そこがあるかない

かで決まる訳です。

 

 ・脳の中の係数 入力をx、出力をyとすると、脳の中では、y=axという式が成り

たっている訳です。つまり、入力(五感で受けた情報)は脳のなかで吟味され、外への行

動となる。反応とか熟慮してからの発言とかが出力です。そこに、aという係数がかかる。

このaが0(ゼロ)だと、無反応。その類の刺激にはまったく反応しない、という。マイ

ナスだと敬遠する反応をする訳です。この係数が無限大なのがイスラム原理主義者など宗

教に過剰に傾注している人。

 

 ・共通了解と強制了解 言語などは、共通了解のための手段。数学などは、証明によっ

て、否が応でも「これが正しい」と認めさせられる。これが強制了解。

 ・個性を伸ばせ、という教育がおかしい、こと。個性というのは身体的なものしか差異

はないのだから(この身体的というのに、ずば抜けて記憶力がよい等の事象も含まれます)、

そう教えるよりも、人の痛みが分かる人間になりなさい、と教えることが大事だ、と仰有

っています。

 

 ・万物流転、情報普遍の項では、人間は必ず変化していくものだということを弁えてい

よう、と。一方、情報普遍というのは、人間を表すにしても、その人の過去・現在の記録

な訳です。言ったことなどを収録したテープやメモリーは変わらない。書き残した作品も

変わらない。それを、その人を表す全てだと現代人は思いこんでいる、と危惧されている。

 

 ・脳のモデル、として注目されている「ニューラル・ネット」について。(簡単に言え

ば、自ら学習するコンピュータ)

 ・亡国の共同体 第二次世界大戦で日本が滅びたのは軍の武力だけが原因ではなく、陸

軍と海軍の軍部内部での抗争にも原因があったということ。

 現代では、大きな共同体が崩壊する一方で、会社や官庁といった小さな共同体だけが存

在している。閉じられた共同体の中では、他の共同体から見れば「それは、おかしいんじ

ゃないか」と言えることが起こっている。それは、常識がないからだ。【←本文引用】

 

 ・人生の意味 どんな境涯にも意味があると考えることで救われる。

 ・無意識の発見 無意識を人生と考えないのが、そもそもおかしい、と。人生三分の一

は寝ている訳だから、寝ている間もその人であることには変わりがない。ここから、睡眠

が日々の活躍に大事だという論旨にもなっています。

 ・左右バラバラ この項では、左右の大脳の連絡系が遮断されている患者の行動を採り

上げて論説されています。それを喩えとして、意識と無意識の両方がある人間なのだから、

悩むのは当然である、と結ばれています。(ちょっと気になったのは、こういう障害を持

った人が実際居るのか、ひょっとしたら実験の為に左右の大脳の連絡系を遮断したのでは

ないか、と疑ってしまいました)

 ・「あべこべ」のつけ この項あたりから、人間の生活が都市化してしまったことの弊

害を語られる。化石燃料を焚いて、いくらでも遅くまで起きていることが出来る。歩くこ

とさえ少ない。首から下を殆ど使わない生活。交通機関の発達によって歩く必要がなくな

った。大型農機具導入で、一軒で十軒分の収入を得ることが出来るようになった農家。仕

事にあぶれる十分の九の人々は工業や商業に流れますが、働かなくても食べていける人も

出てきます。

 なぜ戦後の日本人が必死で働いたかと言えば、「働かなくても食える」状態になりたか

ったから。それなのに、現代では、「失業問題が深刻だ」とテレビで言っている。ホーム

レスでも餓死する人が居ないというのに。

 ・賢い脳、バカな脳 何を以てその人を賢い、と呼べるのかの基準はない、という事。

 

 と、まあ、ここまでざっと脳の細かい説明の部分は避けて全編を紹介してきた訳ですが、

結局、養老さんが一番仰有りたいのは最終項あたりだと思います。

 第八章 一元論を超えて

 この項で、いかに日本のアニミズムの方が、考え方として柔軟であるかを説かれていま

す。

 一神教は他の考え方を排除する。相手の言い分をまったく聞こうとしない。

 日本の八百万の神を崇拝する風土、土地を持っている農民が強い風土というのが良い、

と仰有っていると思いました。

 全編、社会の現状や現代人の有様について、怒るように力がはいっている。

 養老さんの目から見てわかる現代人の改めるべきところを、養老さんははっきり強く言

っておきたかったのでしょう。そういう気魄が伝わってきます。

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つれづれ… [近況…]

 足が冷える。

 今年は自室では、ホーム炬燵を使わなかった。

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 家族と石油ストーブと交換してもらって、ファンヒーターを使っている。

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 ところが、ファンヒーターを置く丁度いい場所というのが自室にはないので、デスクト

ップパソコンを設置している机のまわりは特に足許が寒い。

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 去年は、自室スペース六畳二間の内、一間を寝室として使っていたのでホーム炬燵を置

けたのだが、今年はその部屋は、オークションの出品のための商品とゴミとで倉庫状態に

なっている。

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 せめて、ノート型で座ってパソコンを触れれば足の冷えも益しなのだろうが。

 思えば、ノート型を買いたいと思い立ってから何年すぎただろうか。

 嗚呼、情けない。

 先日は、広告記事収入とオークション収入を合わせて、昔から取り戻したかった失した

腕時計と同じ系列の腕時計を買ってしまった。その分で、中古のパソコンぐらい買えてい

たのに、何とも。しかし、それはどうしても必要だったから、それでいいのだ。

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 先日、銀行ATMに通帳を置き忘れた。

 何たる失態。

 銀行員が預かってくれていたのですぐに戻ってきたが、残高が820円では、「この人、

どうなってるんだろう」と思われたかも知れない。それに、ATMで僕の後に操作した人

も通帳の残高を見ただろうし……。お恥ずかしい限りである。

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 オークションをつづけるために、イーバンクへ毎月ヤフープレミアムの料金を入金して

おかなけらばならない。その為に、都市銀行に一旦金をチャージしに行くという訳である。

そこから、ネットで操作してイーバンク(現在の楽天銀行)の口座に振り込みをするので

ある。ヤフープレミアムの料金は、楽天銀行でないと支払えない。しかも、この口座、給

料の入金口座でない限り、入出金のたびに手数料が210円かかる。私は勤め人ではない

ので手数料は毎回かかってしまう。そこで、都市銀行から他行への振り込みでも同額21

0円の振り込み手数料がかかるのだから、都市銀行から振り込む方法をとっているのであ

る。

 もっと前は、キャッシュカードをATMに忘れた。

 どうも過敏性大腸炎の加減で出先ではトイレに行きたくなることが多く、金を財布に入

れた時点で全て済んだと思ってしまうようだ。

 その時も残高は大した額でなかったから、預かられていた行員の方は、私のことをどう

思われただろうか。生体認証カードなのに、残高が僅かである。(苦笑)

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 創作の方は、ペースが鈍っている。

 先日の長編を書いて、燃え尽きたということだろうか。

 

 足の冷える冬も、もうじき終わる。

【写真は、隣市加東市の播磨中央公園での撮影です。】


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今日一日 [近況…]

 雨戸を閉めきっていたら、部屋が黴臭くなりました。

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 散歩とウォーキングに行ってきました。

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 隣市の図書館、二軒にも行ってきました。

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 大学の図書館にも寄ったけど、丁度お昼で、構内は賑やかで、ちょっと気くたびれしました。

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 今日の写真は、すべて『へそ公園』附近のものです。

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 ちょっと今日、変なんですよ。

 車を運転していても、大学の構内を歩いても、なぜだか鼻水が出るのです。

 頭も少し重いし、くしゃみも出ます。目もかすみますし……。

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 花粉症なのでしょうか。

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 雨戸はふたたび開けて部屋に日光を採りいれています。

 大学のレファレンスの方の応対が柔らかだったので、気分のいい一日の締めくくりとなりました。

 相変わらず、一日に三枚のペースで執筆中。

 また、お会いしましょう。(^。^)

 


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日本政府は、何故、自衛隊に指示を出して北朝鮮に乗り込まないのか。 [真夜中のつれづれ記…]

   日本政府は、何故、自衛隊に指示を出して北朝鮮に乗り込まないのか。

 拉致問題、進展が遅すぎる。

 今までの経緯でいくと、小泉元首相が五人を奪還した功績は大きい。

 このまま、拉致被害者が政府に外交上の働きかけを望んでいても何も解決しない。

 はっきり言うが、拉致問題は諦めればどうなのか。

 昔、拉致に限らず、日本国内でも人さらいとかは有ったわけである。

 進展の望みの薄いことは諦めてはどうなのか。

 被害者家族の気持ち、と言うが、人間、拉致以外にも色んな悲惨な目に遭っている人は

沢山居る。(そこには人災もある訳である。天災で海で遭難して、などという以外にも他人にさらわれたりしたケースもあるし、他人の監督不行届で事故で死んだケースもある訳である。それらのケースにも平等に賠償を求めるとなると難しい。きついようであるが、人間の社会にも弱肉強食はある。それから逃れようとするなら、熟考して自分の身を護るしかない。オウムだサリンだと騒いでいた時期にも言えることだが、理想的な善的社会などというものは、永劫に実現しない。(全ての社会構成員が善人とは限らないからだ)よって処世術を身につけることも重要な訳だ。それをしていても突然命を落とすことはある)

 そこで、進展を望むとすれば、日本政府が自衛隊に指示を出して、北朝鮮に隊員を大量

に派兵して、拉致被害者を奪還してくればいいと思う。(空と海から行って、空はパラシ

ュートで、海からは聯隊で入り込めばいいのである)

 はっきり言って、日本政府は、何故、それが出来ないのか。

 ついでに核ミサイル工場も破壊してくればいいだろう。(日本の自衛隊力なら、北朝鮮の軍隊を制圧するくらいは簡単だろう。相手の領土に行く方が戦況的に不利ではあるが、それも超える軍備力の差はあるだろう)

 国際法上の倫理観にもとる、という見方もあるかも知れないが、思いおこして欲しい。

今までの戦争が、各国のルールを護った上で始まっていたかを。

 自衛隊員が総動員で、北朝鮮に上陸すればいいのである。

 そして、拉致被害者の居所も全部突き止めればいいのである。(最初に人道にもとる行動をとったのはどちらなのか。拉致という行為は戦争をしかけたのと同程度の行為である)

 拉致被害者も歳がいきますよ。

 最初に拉致という戦争をしかけるのと同じことを日本はされている訳ですから、何も躊

躇することはないと思いますが。

 憲法九条を遵守すべきとか、この事態でまだ言いますか。

 あまりに時事問題に疎い私なので、世界の情勢を知らないが、第二次大戦後も世界的な取り決めを破って、何度も諸外国同士では戦争は起こっています。

 手ぬるい。

  これくらいの意見を言うのもはばかられるという世の中ではおかしい、と最後に付け加えておこう。


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パトカーに、よく出くわす。 [近況…]

 最近、車を運転していて、パトカーによく出くわします。

 物騒な世の中になったから、パトロールを強化されているのだと思います。

 でも、治安を維持する力に、もはや警察力しかなくなったのか、と嘆息します。

 地縁などの横の繋がりがあれば、こんなに警察に市内を巡回してもらわなくても或る程度の防犯は出来ると思うのですが、先日も書いたとおり、現代社会は社縁以外、殆ど人と人の縁がない社会になってしまいましたから、仕方がないことなのかも知れません。

 今日でも、買い物のあとに、いつも小さなドライブをするのですが、パトカーに後ろに付かれてしまいました。

 そうなると、ちょっとした交通法規違反の失敗も許されない、と思ってしまうから、運転は非常に緊張します。

 そこで、一旦脇道に逸れ、再びいつものドライブコースに合流しました。

 ですが、そのコースを走っていると、さいぜんのパトカーが、路肩に留めていて、私が傍を通りがかると道に合流してきて私の車の前を走りました。

 私が怪しい不審者でないことは、ブログの喧伝活動で警察にも伝わっていると思うので、何故、パトカーがそういう行動をとったのかを推測すると、やはり、交通違反で出来るだけ検挙数を挙げたいのでしょうね。

 パトカーがこれだけ頻繁にパトロールしてくれていることは有り難いことですが、何かものものしい、と感じます。

 個人主義が行き過ぎると、治安は警察力に頼るしかなくなってしまいますね。


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『ユダヤ系アメリカ人』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 本間長世さんの、『ユダヤ系アメリカ人』を読みました。

ユダヤ系アメリカ人―偉大な成功物語のジレンマ (PHP新書)

ユダヤ系アメリカ人―偉大な成功物語のジレンマ (PHP新書)

  • 作者: 本間 長世
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 1998/02
  • メディア: 新書

 例によって、感想は追記をお待ちください。

 

   追記・感想

 

【最初に、読後の記憶をたよりに感想を書いているので、間違った語句の引用や本編の解

釈が不十分である場合があることをお断りしておきます。詳しくは本編をお読みください】

 

 ユダヤ人というとき、民族としてユダヤ人である場合と、ユダヤ教徒だからユダヤ人で

ある場合とがあります。国が一旦なくなって世界に散っていたユダヤ人ですから、国籍と

しては皆、外国人になってしまった時期が長かった訳です。

 シオニズム運動で祖国再建を果たしますが、それでもイスラエルに帰らないユダヤ人も

居ます。

 アメリカは移民の国です。

 先住インディアンを除いては皆、他の土地から移り住みました。

 人種のるつぼ、という見方をしている或る識者の見解が出てきます。

 その内訳は、プロテスタントのエスニック(民族)グループとカトリックのエスニック

グループ、そしてユダヤ教のエスニックグループです。

 この本にも書かれていないことですが、民族的にはユダヤ人で、でもイエスをメシア

(救世主)だと認める人も居ると推察するのですが、それでも、そういう人は、トーラー

やタルムードも同時に護る人だと思います。キリストを受け入れれば、律法の枝葉末節は

そんなに大事ではないとする現今のキリスト教とは、恐らく考え方が違うと思います。

それだけユダヤ教の律法というのがユダヤ人にしてみれば大事なものだと思うのです。

 

 アメリカ人は(アメリカに限らず、嘗てのヨーロッパでも)、何故ユダヤ人に対して偏

見と差別を持っていたのか。それは、キリスト教を信仰していたからなのです。

 キリスト教徒にとっては、キリスト=神です。ユダヤ人は、ユダヤ教を信じています。

(勿論、現在では改宗する人や無神論者も居ますし、エスニックで分けてユダヤ人と呼ぶ

のか、信仰によって区別するのか、は私には詳しく分かりませんが)

 キリスト教徒にとっての神イエス=キリストを十字架につけたのは当時のユダヤ人であ

ったというのが、キリスト教徒には許せない訳です。

 と、まあ、ここまでは本編の解釈ですが、私思うに、ユダヤ人は神(旧約の)に選ばれ

た選民な訳ですから、どうあがいても選民にはなれないヨーロッパ人には、それが妬みの

素だったのかも知れないのです。イエスを十字架につけたのはユダヤ人ですが、イエス自

身がユダヤ人なのですから。

 

 第一次世界大戦と第二次世界大戦でユダヤ人は迫害を受けます。極めつけはナチスのホ

ロコーストです。ゲットーに隔離されていた時期もありました。

 ナチスの手から逃れて、最終的にアメリカに移ったユダヤ人も居る訳です。

 アメリカでは、何段階か移民の流入があって現在の人口分布になっている訳です。イギ

リスからの移民。独立記念日。その後、建国。このときには合衆国憲法が定められます。

この憲法でアメリカ国民には信教の自由が公に認められる動きとなったのです。キリスト

教の信者が多かったアメリカですが、信教の自由を認めたことによって、キリスト教の信

者以外も市民権を得る訳です。(この辺の記事内容はタイミングを正確に僕が書けてない

かもですので、本で確認してくださいね)

 憲法には人種差別も認めないとなっています。実は、憲法制定後も、根強く黒人差別や

ユダヤ人差別は残るのですが……。

 

 この本では、ユダヤ人がいかにアメリカに溶け込んでいったか、を書いていますが、ユ

ダヤ人に限らず、多種のエスニックグループがどういう風にアメリカ人になっていくか(習

慣や信条なども)を追っています。

 そのことをアメリカニゼーションというようです。

 差別や迫害があったので、ユダヤ人であることを隠す人も多かったとか。

 そうではなく、ユダヤ人であることを根本的に辞めてキリスト教に改宗する人も居たよ

うです。

 いずれにしても、ユダヤ系アメリカ人になっていく訳ですから、ルーツがユダヤであっ

たということになります。国籍はアメリカ人になる。

 そうなってもユダヤ系というだけで差別される訳です。

 そういう社会の風潮が徐々に変わってきたのには、ユダヤ系アメリカ人の二世がめざま

しい各分野での活躍をしたからだ、と書かれています。スポーツでも知識分野でも。ギャ

ングスターも。(スポーツでは、体型が小さくて筋肉量の少ないユダヤ人にはこの分野で

の活躍は無理だとアメリカ人は最初思っていたようです)

 

 話が跳びますが、ホロコーストという呼称は、ヘブライ語の語源からすると生け贄にす

る為の動物の丸焼け状態を表すようで、ユダヤ人にとっては好ましい表現ではありません。

「ショアー」というのが正確な名称と言えるようです。

 

 最後にシオニズム運動で折角建国したイスラエルですが、ユダヤ人の中にもイスラエル

にわざわざ住もうと思う人が少ないことが、この運動が意味がなかったという結論に成り

かねない、ということを著者は仰有っていました。すなわち、もっと多くのユダヤ人がイ

スラエルに戻っていけばよいのではないか、と。祖国を奪還したという事実があって、そ

の地を心の中で想いながら、生活は別にどこに住んでいてもいい、というユダヤ人が多い

そうです。

 

 ユダヤ人に対する、「闇の支配者」とか「悪徳高利貸し」とかというイメージは、プロ

パガンダや喧伝によって作られているということ。確かに、そういう人も居たのですが、

殆どの人が「悪徳高利貸し」ではありません。

 

 日系にしろユダヤ系にしろ、初代はアメリカに馴染もうとして異文化も取り入れるが自

分たちの文化も大事にする。二世は、ルーツである文化・習慣を取りやめようとする。そ

して、三世になって、もう一度自分たちの文化・習慣を学び直して残そうとするらしい。

 

 混血化が進んでいって、ユダヤ人という概念が変わってしまうと思う。ユダヤ教を信じ

てその教えも護っている人たち、という括りなら、未来永劫はっきりとしたカテゴリーと

言えるのではないだろうか。

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