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写真について(特に人物) [ラフに語る、つれづれ記]

   人物写真について

 

 例えば、お見合いとかで、自分をよりよく見せようという写真の場合、写真屋さんに撮

ってもらっても、納得のいく写真にならないことが多いのです。

 まあ、あくまでも、僕の経験上のことですから、限定された話しではあるんですが、写

真屋さんというのは写真のプロです。

 でも、カメラマンではないのですね。

 露出はどうか、絞りはどれくらいにすればよいか。逆行か順光か、などといったことは

写真屋さんは充分配慮してくれます。

 しかし、肝心の被写体のいい表情というところには着眼していません。(そこを意識し

て撮る写真屋さんもあるのでしょうが。大抵はそうです)

「ああ、ホントは、自分はこんな感じじゃないのに」

 と思うような写真が出来上がってきます。

 詳しいことは分からないので推測の域を出ていない話しですが、あの辛酸なめ子さんも、

ブログ上には、自分で鏡に映した写真をアップロードされています。

 思うに、自分の一番いい表情というのは、自分が一番よく知っているのだと思います。

 そういう表情を引き出すのがカメラマンですが、見合い写真とか撮るときにいちいちプ

ロカメラマンを呼べませんよね。

 だから、セルフで、三脚を立てて自分を撮るのが一番いいと思います。

 辛酸さんのプロフィール写真でも、撮っているとき、鏡を見ている訳ですから、自分が

今、どんな表情をしているのかがはっきり分かっているのです。そういう意味でベストの

方法ですね。

 人間、自分で鏡を見るときには余分な緊張がありません。それに、変な表情になってい

ないか逐一確認することが出来ます。(さらに言うとすれば、人間は自分が好きなのです

ね。そういう好きな自分を自分で見る状況ですから、いい表情が自然に出てきます。ナル

シズムと言って、よくない事のように言う人も居ますが、人間、自分を或る程度は好きでな

いと精神状態を維持していけません。言い換えると自己肯定感を持てるかどうかですね)

 三脚がなかっても、どこかに台になる物を見つけて、自分で自分を撮りましょう。

 それが、一番アピール力のある写真になると思いますよ。

 ただし、もし出来るのなら、プロのカメラマンに撮ってもらいましょう。

 なぜなら、人間は、表情が変化する寸前の顔が一番動的でいきいきとして美しいからで

す。(自分で撮るのは、この点、難しいですから)

 以上、人物写真について、思うことを書いてみました。

 では、また。(^。^)


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自室から… [近況…]

 構想が二つ浮かんだので、難しくない方の構想から、次の作品を書きはじめました。(難しい方の構想は、浮かんだ後、それなりにプロットを練ったのですよ。でも、まだ、練りが完全ではありません) 

 自室からは、こんな景色が見えます。

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 先日行った近隣の図書館に、変わったオブジェがありました。↓

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 ふたたび自室から。こんな茂った枝が。。。

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 今日は、町内の配り物の仕分けをしていました。(町内といっても、全軒で280軒ですよ。(かなりしんどいですが、元印刷工なので、紙を数えるのは速いです^^))

 その後、スーパーに買い物に行ってきてから自室で寛ぎました。

DSC09508.JPG

 上記写真は、先輩からもらったスピーカです。

 これが、やはり、鳴るんですよね。

 直径17.5センチのスピーカ一つを箱に収めたスピーカボックスなんですが、考えてみるに、よく、こんな物を先輩創られたものだと、その労力に頭が下がります。

 板を買ってきて、スピーカのための穴を開けて、下には低音が出るための穴も開けて、全体に組まれたと思うのです。スピーカといっても、そんなに高価な物でないにしても、スピーカというのは、箱によって鳴り方が変わりますから、その箱を創られることが凄いと思うのうです。

 しかも、あとで大理石風に塗装して、さらにニスまで塗られています。

 上部に載っかってるのは、弟から譲り受けたスピーカです。これを高音部分の足しに使っています。

 音の成分が充分に出ますね。

 今日は、ボーカル物のジャズとチック・コリアを聴いていました。

DSC09512.JPG

 台所にあったので、自分用にしてしまいましたが、ネスカフェのクラシックバージョンです。

 なかなか美味しいですよ。

DSC01498.JPG

 今でも使っているデジカメです。

 高画素数のカメラに拘る人が多いと思うのですが、知人とも話してみた話しとネット上に載っていた記事などから推察すると、高画素のカメラならば、それに似合うレンズの大きさがなくては、情報量が取り込めず、かえって粗い写真になるようです。上記機種は200万画素ですが、しっくりとした写真が撮れます。

 では、また、お会いしましょうね。(^。^)


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『点と線』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 松本清張さんの、『点と線』を読みました。

点と線 (新潮文庫)

点と線 (新潮文庫)

  • 作者: 松本 清張
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1971/05
  • メディア: 文庫

 例によって、感想は追記をお待ちください。

 

   追記・感想

【お断り、(大変申し遅れましたが、感想はネタバレを含むので、御作品を愉しまれたい方は、本編を先に読んでから、あとで感想をお読みください!】 

 

 

 

 犯人が列車で移動したと思いこんでいた刑事でしたが、真相は知己の役人を使ってのア

リバイづくり、と飛行機での移動。これによって、事件が起きたその時刻には現場に居な

かったことを証明していたのでした。

 トリックだけに限って言えば、西村京太郎さんの作品にもよく用いられる手法です。勿

論、松本清張さんの方が先輩ですが。

 官僚が汚職事件を隠すため、というのが殺人の動機です。こういうケース、露見してい

ない現実の事案もあるのではないか、と思いました。

 情死では、単なる自殺と思われてしまう。情死という状況だと、事件性を疑わない。

 その情死に不可解な点。情死に至るまでの二人の行動に不可解な点があることから、地

元の刑事、さらには警視庁の刑事が独自に探っていくのですが。

 警視庁捜査二課というのは、××省の汚職事件の方を調べているのですが、必然、情死

した官僚、トップの補佐役でたたき上げであるが故に内部情報に精通しているその人の死

が仕組まれたものではなかったか、と探っていく訳です。

 ですが、一旦、情死事件の方はケリがついていて、どこにも綻びがないというのに、こ

れだけの時間を割いて、警視庁の捜査二課の課長と部下が捜査に取り組むケースがあるの

だろうか、という点が、不自然に思えました。

 最後まで状況証拠しか掴めず、肝心の犯人と思える人間が、またしても自殺してしまう

結末。だから、本ストーリー自体が想像・憶測だったかも知れないという疑いは消えない

訳です。まあ、飛行機への身代わり搭乗手続きの件は明らかになっていますから、何のた

めに安田が飛行機に乗ったのかが、犯行がなかったにしろ何かを安田が決行したことには

間違いはない訳ですが。

 思うに、安田が捕まって自白させられる場面というのは、無くてよかったのでしょう。

それを書くと、本編がくどくなるだけだから、という計算が清張さんにはあったのでしょ

う。

 社会悪というのが背景としてあって、推理物でありながら、そういう社会悪の方をあぶ

り出させている。

 サスペンス性充分で、ページを捲りたくなる物語展開です。

 推理が進んで進展したかに見えると、また、そのすぐ先で壁にぶちあたって振り出しに

戻ることの繰りかえしです。

 全編を通して、それぞれの人の心内が刑事の推察ではあるが見事に描写されていた。省

の役人の心理。その省への納入業者の心理。また、女性の心理。

 清張さんには社会経験があるのでしょう。机上の想像だけで、このような心内描写は描

けないよ。

 一気に読ませて頂きました。

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近況。。。 [近況…]

 初詣に行ってきたときの神社の境内の写真はこちらです。↓

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 今年は、おみくじ、「吉」でした。

 今日は、地元の図書館に行って、その後、公園で写真を撮ってきました。

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 内容に問題ありの原稿、本日、「きらら文学賞」に投稿してきました。

 今日は、一寸いいことがあったのです。

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 何が嬉しかったのかは内緒ね。。。

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 冬の時代はあと少し。。。(誰が決めたわけでもないが……)

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 では、また。(^。^)


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爪切りがない…… [近況…]

 普段置いている場所から変えて、一旦にしろ物を置くと、あとで出てこないのですよ~。

 煙草を足もとに置くと、置いたことを忘れて、ぐちゃっと足で踏んでしまうとか、それがよくあります。

 昔、若い頃は、そうではなかったんですがね。

 松の内の間に、原稿を脱稿して、三日ほど寝かせて、その後推敲と校正にかかりました。十日ほどかかりましたが、やっと原稿は完成しました。

 最後の脱稿のときと、校正は一気仕事でしたので、かなり無茶をしました。その代わり遊ぶ方も大分しましたけど。

 そんな時間帯に縛られない生活なので、神経の具合の悪い日もあって、今は完全に雨戸を閉め切っています。立花隆さんの『猫ビル』に似たような自室環境にしています。

 そういう生活の中で、普段とは違う場所で爪を切ったのだと思います。

 普段つかっているものがないと、懸命に探すのですよね。何事も、計画通りにいかないと気が済まない性格です。これはストレスが溜まる性分ですね。そういう癖はよくありませんね。代用できる物があったら、あまりこだわらない方がいいですよね。井上陽水さんの、『夢のなかへ』の歌詞みたいに、捜し物に熱中するのは避けたいものです。

 折角、書ききった原稿でしたが、内容に問題ありで、投稿しようかどうか迷っています。

 それを、問題ないように書き換えるというのも方法でしょうが、1600字詰めに打ち出してみると400字詰め換算で608枚もある原稿、書き直しが簡単ではないのですね。

 松の内の間に、なんとか初詣に行ってきました。

 今年のおみくじは「吉」でした。

「願い事、遅すぎましたが叶うでしょう」だって。。。

 また、新しい構想を練りますね。

 では、また。(^。^)


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天国とは…(追記あり) [真夜中のつれづれ記…]

 あまりにも、来世について、「こういう世界だろう」という認識で、私と違う人が多いので、

死語の世界がどうなっていくのか、を、私の見解として書いてみたいと思う。

 死んで戻ってきた人は居ない訳だし、あくまでも私の見解にすぎないのだが、披露したいと思う。

 

 と、ここまで書いて済まないが、今日はもう遅いので、本編は明日、追記で、ということで。

 お休みなさい。

 

 と、またここまで書いて、身辺の忙しさから、さらに追記の更新は遅れます。

 もう少し、待ってくださいね。

 

 

 追記

 

 天国と聞いて、「酒は旨いし、ねえちゃんは綺麗だ~」などという、『帰ってきた酔っ

ぱらい』の歌詞の世界を思い浮かべている人が意外に多いのだが、

天国とは、そんなものではない。

 天国とは、娶り娶られのない(聖書引用)世界なのだ。

 天国には睦み合い(セックス)はない。

 死んで後、一体となっていた夫婦に限り、一つの個体となって存在する。

 独身の者は、そのままだ。

 天国は、享楽の世界ではない。

 自分がいかに気持ちいいか、というような感覚を与えてくれるところではない。

 しかも、天国にも仕事はある。

 現世で、まだキリスト教信者になっていない人を霊体となって信仰へ導く仕事だ。

 天国には諍いがない。

 誰もが、同じ方向を向いているからだ。

 そして、究極だが、最後の審判のあと、地上天国が現れる。

 その期間千年間は、悪魔もなりを潜める。

 その後、さらに神的な力と悪魔との最終対決がある。

 それが、どうなるのかまでは預言でも書かれていない。

 天国では、芸術の研鑽を積む人には、その場が与えられているだろう。地上の芸術を超

えた天界の芸術を作成するのだ。

 もっと、解釈を別なのを挙げれば、天国にはいったとき、もう既に、人間の自我意識が

なくなっている。キリストの霊として合一しているのだ。自分がどう生きたいか、などと

は思わなくなって、キリストの血肉になったこと自体を喜んでいる。それが、本当のキリ

スト者のあり方だ。

 

 この記事には、また加筆することにする。

 では。

 ベルーナ!
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やっぱり、飲みニケーションがないと…… [真夜中のつれづれ記…]

   やっぱり、飲みニケーションがないと駄目だ。

 

 Googleへの反骨の意志から、一ヶ月ブログを休止すると言っていたのに、自分で宣言

したことも護れない、という部分に関しては皆さんに陳謝します。

 

 現代は、誰もが身構えている状態になっている世の中だと言われている。他人のことを

密告することばかりの状態。しかも、そんなに悪いとは云えないことでも、世論によって

は悪者にされてしまう。

 この一つの要因(ファクター)に、人付き合いで酒を酌み交わす、ということが少なく

なったことが挙げられるのではないだろうか。

 

 人間、飲むと、その人のバリエーションが全て出る。その人が持っている暖かさも前面

に出てくる。

 大酒飲みの人は大酒飲みの人が好きだ。

 それは、相手が快くなってくれていると思うから、安心して遠慮せず、自分も快くなる

ことができるからだ。

 素面でしか会ったことがない人が、一緒に飲んでみると、「こんなに面白い人だったのかぁ」と、惚

れなおすことがよくある。

 そういう酒の席で豪快な飲み方をしている相手(同性)を好きになってしまうと、相手

のわるいところも許せるようになる。これは、恋愛でも同じことだが。

 

 道路交通法の酒気帯び運転に関しての罰則がきつくなったこと自体が問題とは言わない

が、せめて、車の運転のことは気にしないでおれる状態を個々につくって、お互いの家、

どちらかに割り勘で酒を持ち寄って、とことんまで飲めばいいのだと思う。

 みんなが、家で、インターネットを観ながら一人で飲んでいるのだと思うが、それでは

気分の好い酒にはならない。

 会社のつき合いで飲む場合にも、電車通勤の場合で、しかも終電の時刻を気にしながら

の飲み方になるだろう。それでは、本当の意味ではじけた宴会にはならない。

 

 相手のことを深く知り、尚かつ、好きになってしまえば、相手の不義も有る程度許せる

人間関係になるのだ。

 

 インターネットを観ながら、コミュニケーションといっても、文字だから、取り方によ

っては違う意味にとれる言葉があった場合、受取手と発信者で思わぬ齟齬が生じてしまう。

スカイプで会議風にして酒を飲むというのも楽しいだろうが、やはり、アトム(物理的肉

体全体)としてその人がすぐ傍に居る状況とは大きく違う。

 

 だから、僕の結論としては、お互いが明日休みの日をみつけて、お互いのどちらかの家

に行って、泊まることを前提として宴会をすればいいのだと思う。

 これが有るかないかだけで、随分、世の中の景色の見え方が変わってくると思う。

 

 一緒に相手と、快いひとときを持った、という感覚が人間関係の潤滑油になるのである。

 下世話かも知れないが、夫婦間の性交渉も同じ意味合いがある。

 

 テレビでやってた「あいのり」とは、正にこの意味である。

 

 と……、ここまでまとまっていて、さらに追記です。

 文章というのは、二通り三通りの意味にとれる文章というのがあるのです。

 そういう文章をメールなりコメントなりで受けてしまうと、受けた方は、自分にとってマイナスな内容

の意味を思い浮かべてしまう訳です。(人間って、思慮深いネクラなのです)

 これが、人間の性(さが)です。

 決して、自分にとってメリットのある方の解釈に落ちつこうとはしないのです。

 だから、掲示板でも、ブログのコメントでも、メールでも、発信者と受信者の意図しない内容の取り

方の食い違いが起こってきます。

 それが、少ないのは、電話です。スカイプなども。

 さらに少ないのは、実際に対峙して話すことです。(その人が、どう受けとったのかが、逐一その場

で分かりますから、すぐに修正を加えることができます)

 でもね、それでも、リアルの場で対峙していて会話していても、その会話の言葉に、二重、三重にと

れる文章がはいっていると、こじれることはあるのです。

 そこで、腹を割った、酒を酌み交わしてのつき合いというのが大事だと思うのです。時間も存分にと

って、お互いを知る絶好の機会です。

 小説を書くときは、二重の意味にとれる文章にはならないように、大分気をつかって書いています。

 読点で、意味を切り離すとか。二重修飾にならないように、とか。

 この点を意識して毎回コメントをくださるのが、sakamonoさんとタックンさんです。決して、ひょっと

したらこういう意味にもとれる、という表現はされません。

 でもね、こういうことって、難しいのです。才能があるから、自然に出来たことかも知れませんし、か

なり時間をかけて文章を吟味されているのかも知れません。

 でも、現実の場で、文筆家でもない人が、それをいちいち意識してメールやコメントをするのはしん

どいです。毎日が忙しくて、(仕事も家事も、しなければならない事が山ほどあるのに、いちいち意識

した文章は打っていられませんね)インターネットは息抜きで使っている人も多いでしょうから。

 だから、腹を割ったつき合いを一度は、その人としましょう。(酒を酌み交わすのが効力がありま

す)

 また、読了したら書評としてアップロードしますが、今読んでる本です。↓

その言い方が人を怒らせる―ことばの危機管理術 (ちくま新書)

その言い方が人を怒らせる―ことばの危機管理術 (ちくま新書)

  • 作者: 加藤 重広
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 2009/11
  • メディア: 新書

 また、お会いしましょうね。(^。^)


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同窓会に行ってきました! [山雨の動向]

 西脇中学校79年度 (年度じゃなかった。素直に、その年の卒業生。つまり、)79年3月卒業の卒業生同窓会に行ってきました。

 

 行く直前になって革靴が見つからない。憤慨ひとしおだったのですが、あとで聞くと別

のスペースに靴箱が移動していただけなのでした。

 

 発起人さんの挨拶があって、その間が保ちませんでした。(個人的に神経症なので。失

礼ながらトイレに行ったりして時間を過ごしました)

 やっぱり、酒がはいらないと……。

 

 発起人さんのサポートさんの音頭で乾杯!

 麻酔がはいったところで会場を見渡してみれど、みんなの顔が変化していてわからない

のですよ。

 名札を頼りにこちらから他のテーブルに移って話しかけてきました。

 

 僕と同じテーブルについた同級生は学生時代懇意だった人たちでした。

 輸入品の販売をしている彼と話しをしてみると、不況の影響がきついのがひしひしと実

感できます。

 彼も、不本意な事故によって生涯が上手くいかなくなって、そういう思いから、僕のこ

とも斟酌してくれました。「いくら今が上手くいってなくても、何かを目指して努力する

こと自体にも意味がある」と。

 もう一人の同級生、同じテーブルについた彼は、近年白血病に罹患したそうです。

 こんな同窓会の場、飲めることが愉しみの場でも、彼はお茶だけで参加しています。

 彼にしてみたら、昔の仲間に会いたかったのでしょう。

 僕も、たった一日だけ彼と同じ職場で過ごしたことがありますが、もの凄くきつい鉄工

所の仕事でした。そういう仕事をしてきて、今、直近は白血病になったというのに、誰を

恨む訳でもありません。心が洗われる思いがしました。

 

 先生方とも再会しました。

 僕の担任の先生は、昔のイメージそのまま。(老けてないですね~)

 

 学生時代に番長格だった子が発起人だったのですが、その人とじっくり話してみると、

今では親になった角がとれた性格に変貌していました。(驚いたことには、番長の身長を今ではこちらが超してしまっているのですね。ああ、身長の伸びない中学・小学時代、を嘘のように振り返ります)

 先生を含めて、三人で話していたのだけれど、自分がワルだったから、子供には同じ轍

を踏ませたくない、という思いが強い。

 自分の子供に、不良として生きようと思うなら、不良の中で一番になりなさい、と教え

たそうです。(それが簡単でないと悟った息子さんはぐれるのを卒業されたそうです)

 こういう教えを、当時の担任の先生は率先してしてくれました。

 

 今回の同窓会の愉しみは、僕としては、女性の同級生がどう変化したかを観察する目的

があったのです。

 それを、女子に言ったら、「まあ、なんてことを」みたいに言われましたが。

 男というのは、明らかな年輪が出ます。

 頭が禿げてくるとか、肌がかさかさになってくるとかです。顔に皺が出来るのもわかり

やすいのは男性ですね。

 女性は、メイクで隠せるもの。

 自分(私)は若いつもりでいるが、47、48になってきたら女性はどう老けてくるの

か、と、こういうことを小説の取材のつもりで観るというのも、今回の同窓会の目的でし

た。

 結果は、まだ、そんなには老けていませんね。皆さん。充分に美人です。

 

 それから二次会になったのだけれど、たった三千円という二次会費用が捻出できなくて

帰ってきました。

 オイ、大の大人が三千円くらい用意できないのか、と自分に言い聞かせて、しかし、こ

れが、投稿生活で芽のでない男の現状なのだ、と辛酸を舐めながら帰ってきました。(悔しかったら、ヒット作を出すか賞を受賞しろ、と自身に言い聞かせて)

 

 同窓会は、単なる一時的なムーブメントに終わってほしくないですね。

 なぜなら、昭和三十八年生まれが世の中を変えていくのですから。

 漫才師の『ダウンタウン』のご両人も38年生まれです。作家では、朱川湊さん、重松清さんも。それから勿論、京極夏彦さんも。

 

 では、また。(^。^)


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