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酒がないときの…… [ラフに語る、つれづれ記]

【決して、真似しないでください!】 

 酒がない。

 金もない。

 そのときも、今と同じで神経の具合がわるくて資金が調達できなかった。

 神経の具合はわるいが、内臓は至って健康だったわけである。

 仕事をしていたときを挟んで、十数年前のことだったと思う。

 どうしても飲みたかった。

 しかし、金もないので、

そうだ、美空ひばりさんが、みりんを飲んでいた、と自伝の放送で言っていたな、と思いだし、

さっそく、みりんを試す。

 飲めたものじゃない。

 苦い、エグい。

 美空さんを真似て、牛乳で割ってみたけど、それでも飲めたものじゃなかった。

 ううん、他に、代用になるものはないのか、と考えると、

あった。

 薬用(消毒用)アルコールである。

 

 しかし、これは、メチルなのかエチルなのか。

 メチルなら死んでしまう。

 そう思って、成分を確かめると、エチルだったので、いけると思った。

 しかし、注意書きには、飲まないでください、と書いてある。

 しかし、エタノールなら、問題はないはず。

 成分表を見ると、90何パーセントと書いてある。

 ううん、

 これじゃあ、いくら何でも、酒につよい僕でも、急性肝炎になってしまうか、と思い、

水で割った。

 何とも旨くない。

 まるで、味がしない。

 そこで、レモンを足して、砂糖を加えた。

 これが、いけるいける。

 

 

 でもね、皆さん、メタノールの消毒液もありますので、成分表を見て、しかも自己責任で飲んでくださいよ。(エタノールであっても、薄めないと危険ですから)

【決して、真似しないでください】


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『悩むチカラ』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 伊藤友宣さんの、『悩むチカラ(ほんとうのプラス思考)』を読みました。

悩むチカラ ほんとうのプラス思考 (PHP新書)

悩むチカラ ほんとうのプラス思考 (PHP新書)

  • 作者: 伊藤 友宣
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2005/06/16
  • メディア: 新書

 例によって、感想は追記をお待ちください。

 

   追記・感想

 

 クヨクヨと悩むのが一番よくないと書かれていた。

 フロイトの精神分析を紹介され、我と超自我と自我が人間にはあって、その前者二つの葛藤に

よって、行動の結論を出しているのだから、誰でも悩むのは当然なのだと。

 我というのは、エゴで、自分はこうしたい、という欲求そのものである。

 それに対して、超自我というのは(スーパー・エゴとも言う)、理想的な行動をすべきだ、と

思う自分の心である。

 誰でも、この二つの心で葛藤しながら結論を導いていく。

 それが、特に現代社会では、超自我の結論ばかりを、自分が言うときも相手に指摘されるとき

もやりとりしている。これでは、なごやかな心の通い合う会話はできない。

 

 この本の内容には直接でてこないが、人間、自己肯定感というのがないとささくれ立つ。

 相手を諭すときでも、超自我を持ちだして、「だけど、~すべき」とは言わないで、「だのに、

~できないんだね」と、相手の気持ちを(現状を)受けてやるようにすれば、相手は反撥しない

し、説教にはならないで、自然に、相手の内からのやる気を導き出すことが出来る。

 どうにも、自分でも分かっていて悪癖からは脱しきれないのが人間だし、人間の自発的に建設

的な行動をとろうという意識は、誰にもある、と。

 

 それで、心という概念には、内面に葛藤があるのが分かってきた現代なのだから、悩むと結論

が同じところで終わり、クヨクヨと暗く悩んでしまう場合も多いのだが、右脳のひらめきの力を

信じよう、と仰有っていた。

 ロゴス的思考には、限界があるのである。

 だから、敢えて結論が出るまで待ってみようということである。突然ひらめきが起こって、新

しい解決策に導かれることがあるからだ。それまでは、明るく悩みつづけよう、という論旨だ。

 誰もが、個人主義になって超自我だけで接しあっているから、お互いに身構えた社会である、

と。お互いにエゴを少しずつ出し合って、そして、これが妥当だという解決策に至る。そういう

つき合いが望ましい。大人や親と言えども、自己の内面ではエゴとスーパー・エゴが葛藤してい

ることに変わりはないのだから、正論だけを子供に諭すよりも、自分のエゴの部分も子供に露見

しつつ会話すると、もっと血の通ったコミュニケーションになる。

 

 カウンセラーをしておられる著者。最近の(版が古いから2005年までだが)凄惨な事件に

ついても、犯人の心理構造がどうだったのかに言及されていた。周りが、超自我(スーパー・エ

ゴ)だけで頭ごなしに諭す、とか、つき合いを避ける、反応しない、ということによって、犯人

の青年や少年は、誰にも相手にされていないという気持ちが強くなってしまった。

 

 著者は、樹研工業社長の松浦元男さんの生き方に共感し、理想であると賛辞されている。

 それは、松浦さんのお人柄のことを一番に仰有っているのだと思う。

 飾るところのない、決してスーパー・エゴだけで人との付き合いをしない人で、ご興味の向か

れることには邁進され、長年の30ものお仕事経験のあとにバンドマンをしながらあらためて大

学に行かれ卒業され、起業されるという、喜びが動機となって努力する人であるからだ。

 松浦さんは、高校生活に意義を感じられない、と中退されている。しかし、やはり勉学が必要

と思われて中年になられてから大学に行かれている。30もの職を転々とされた謂わばフリータ

ー生活のなかでは、自分が一体何がしたいのかを模索されていたようである。

 だから、決して今のフリーターの人もやる気がないのでなく、これ、と決まってからの努力す

る意欲は内蔵されているものだと伊藤氏も語る。

 

 伊藤氏は、ウチの親と丁度同じ年代。小学生の頃に戦後GHQの指導で教科書を墨で塗りつぶ

した世代だ。

 戦前・戦中の方がみんないきいきしていた。のは確かだが、有無を言わさず天皇の命令に従う

のが美徳で不敬罪まであった時代に、自己実現を望むことはなかった。それで、悩む必要という

のがまったくなかったからいきいきしていたのだとも言える、と仰有る。

 戦後、アメリカ軍によって創られた日本国憲法だが、主権在民で戦争放棄とは世界中で一番理

想を具現化している憲法であるのだ、と。

 しかし、こういう、自由主義と民主主義が急に導入されたので、国民の感覚がついていってい

ない。イデオロギーは、海外の場合、ゆっくりと変化していったのだ、と。それで、日本の場合、

法律さえ護れば、あとは何をしてもよい、という風潮になってしまった。ホントは、個がそれぞ

れに責任を持ち、個が倫理的にも高い水準を維持していくことも大事なのだ、と私の考えとして

も思う。

 

 これからの時代は、個と世界、という時代になる。(もう、なっているか)

 みんなが分かり合える。瞬時に知り合える、ということは良いことだと仰有っていた。

 そういうコミュニケーションでは、なおさら超自我でのぶつかり合いだけではなく、エゴを少

しずつ露呈しつつ、おだやかにつき合うことが大事ではないだろうか。そういう意味のことを仰

有っていた。

 余談とも言えるが、インターネットを駆使しないと、就業そのものから置いていかれる。そう

いう意味のことを仰有っているように、全体の本編を読んで感じた。

 

 閉塞感をもって同じところばかりで思考が回転してしまうならば、好きな料理を腹いっぱい食

べて性欲も吐き出して、好きな趣味に没頭して、良い意味での疲れで一旦ぐっすり眠りなさい。

と、そういうことを、特に若者の相談者には仰有るそうである。

 眠りと食事がホメオステーシスには良薬なのだから。

 体が自然に元気を取り戻す力のことをホメオスタシス(ホメオステーシス)と言う。(簡単に

言うならばだが)

 やはり、制約だけを設ける生き方よりも、興味の向くことに時間を忘れて没頭していく、とい

う生き方の方が、良性循環していくものだな、と思った。

 全編をとおして、伊藤さんの温かい父性を感じた本だった。

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遠い病院は、不便(行くだけで疲れる) [真夜中のつれづれ記…]

 ほとんど個人的な愚痴なので、そう思って読んでください。 

 私は、トップページプロフィールにも書いているとおり、神経症(統合失調症)の症状があるので、それを抑えるための薬をもらいに、病院に通院しているのだが……。

 以前かよっていた地元の病院が、精神科の規模を縮小してしまったので、今は、車で3、40分かかる隣市の病院にかよっている。

 そこには、午後からの診察がない。

 車で40分もかかって行って、さらに、予約をとっていた場合でも20分は待つことになる。

 皆さんもご存知のとおり、考想伝播の症状が人の多いところでは出るのである。

 待合いスペースは、パーティション分けされていない。他の科を待つ人と一緒の、広いスペースに、人がぎゅうぎゅうである。

 この状態で、20分というのは、私の限界である。

 そこで、ときどき、予約を入れていたのに当日に行かないことがあるのだが……。

 そうなると、予約なしの診察で、もっと長い時間を待たなくてはならなくなる。

 私の普段の生活は、大体、11時か12時頃、起きだす生活で、家事をしてウォーキングをして買い物をして、図書館に行って、夕方飲酒し、酔いを醒まして夜中に小説原稿を書き、ブログ記事(広告記事、アフィリエイトなどを含む)を書き、読書をして寝る、という生活なのだが、診察のある日だけ、朝9時か10時に起きなくてはならない。

 待合いで調子がわるくなってくると、リスパダールという頓服を飲む。

 実は、リスパダールは神経伝達物質の分泌量を減らしてしまう薬なので、呂律がまわらなくなるなどの副作用があるので、出来るだけ使いたくない。

 このリスパダールに置きかわるものが、アルコールなのである。アルコールが入ると考想伝播は完全に消える。それで、頭痛の緩和の意味もあって夕方から飲むのだが。(睡眠薬にしろ安定剤にしろ頓服にしろ、酒と薬は同時には飲まない。必ず4時間はタイミングをずらせている)

 これも、医者によっては、極端に「お酒は飲んではいけない」という医者もいる。

 鬱病とは違うので、飲酒は丁度いい習慣なのだが。(誤解を避けるために書いておくが、統合失調症の人でも、考想伝播の症状以外の人もいるので、一概に飲酒がかまわないという訳ではない)

 しかし、ともかく、病院が遠い。

 折角、ルーティンの生活パターンができてきたところで、急にその日だけ早起きしなくてはならない。

 何とか、地元に新しい精神科が出来てくれないだろうか。

 それから、医療費が馬鹿にならない。

 精神障害者3級の認定を受けているので、1割負担だが、1科しか適用されない。

 だから、今回の火傷の治療は、3割負担である。

 金のないところに、医療費がかかって、廉価な酒代に浸食している。

 私は、酒と煙草をやらないと極端に暗くなってしまう。(シュンタロウ状態である)

 生活は、きつきつである。

「病院に来なかったら治らないんですか。やっぱり」

 と、(火傷の治療のほうの病院の)お医者さんに訊くと、

「そら、仕舞いめには治るわな。時間はかかるけどな」

 と仰有っていた。

 優先は酒だし、もう、通院をやめようかと思っている。

 でも、それをすると、本当に困ったときに病院に行きにくくなるのだが……。

 医療費がかかるから病院に行かないなんて、アメリカの貧困層のようですね。(苦笑) 


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婚活、ブームだが…… [ラフに語る、つれづれ記]

【この記事は、私の個人的な考え方にすぎません。よって、教導的に一般の方の人生を、こうあるべきだ、と断言しているものではありません。ご理解ください。】 

 出会いも少ないし、昔のように、仲人やお見合いの世話をする人も減っているし、ということで、恋愛の苦手な人には、斡旋会社などによる婚活がブームになっているが。

 30も過ぎて、もしくは40も過ぎて、結婚に憧れをもっているのも、ずれているような気がする。

 昔よく言われた言葉だが、「結婚は墓場だ」という言葉がある。

 結婚してホントに愉しいのは、蜜月のあいだだけ。

 子供ができると、女性は、夫より子供のほうに目が向く。(最早、あなたの妻ではなくて、一人の子の母である)

 折角、自分だけのセックスの相手を確保したはずなのに、子供が出来て、その子が小学生くらいになってくると、夫婦間でもセックスライフは減る。場合によってはなくなる。(そういう場合、往々にして、明け方4時頃に、セックスをするようになるのだが……。それもない夫婦もある)

 なかにし礼氏も仰有っていたことなのだが、セックスのある暮らしというのは、人生全体のなかで見てみると、僅かな期間しかない。或いは、ないのが一般的な人の人生である。氏は、異質な空間、と、そういう時代を呼ばれていた。

 自意識の芽生えた子供とひとつ屋根の下に住んでいて、夫婦の営みなど出来るわけがない。

 あとに残るは、後悔だけである。

 女房子供を食べさせるために、毎日、ルーティンの仕事をつづける。

 そんな生活が、約25年つづくわけである。(反吐が出そうな25年である)

 子供が何か問題を起こしたら、すべて尻ぬぐいしなくてはならない。

 その上、成人した子供が、ニートになったりして自分の財を食ってくる。

 場合によっては、息子が胸ぐらをつかんでくる。

 そういう25年だから、自己実現は、その間お預けになる。

 とても、自分の夢など追えない。

 惚れた女と、気持ちのよい行為をしたかったばっかりに……。迂闊だったと後で気づくわけである。

 子供の成長が嬉しいという面はあるが、潤沢な収入があってこその話しだろう。

 既婚者と話していると、私が結婚した直後も、「もう、そろそろ子供をつくっては?」「護るものが出来たら仕事にも熱がはいる」と、しきりに子供をつくることを薦める人が多いが、

実は、彼ら、自分の人生を後悔しているのである。

「ああ、ホントは、アンタみたいに、気楽に生きたい」

 と、内心思いながら、

自分が不本意な人生にはいったので、同じ側へ引き入れようとしているのである。(部活で、先輩にしごかれたから、後輩をしごいてやろう、という動機と似ている)

 少子化の問題は社会全体の問題だけど、個別に自分のことを考えるのには、熟慮したほうがいいと、私は思う。

 まあ、それでも、幸せな結婚生活を送っている夫婦もあることはある。


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個人情報保護について…… [ラフに語る、つれづれ記]

【この記事を書いた時期から先、インターネットバンキング利用に際しての危険性については、認識が変わりました。現在の認識については、こちらのリンクから(インターネットバンキングは……)】 

 先日、友人と話しをしていて、僕がヤフーオークションをやっていると言うと、

「それは、頑張って手続もしたのは偉いと思うけど、僕は、ヤフーには絶対にログインしない。だって、個人情報を集めまくってるもん」

 と言うのですね。

 確かに、ヤフーに限らず、グーグルでも、You Tubeの「あなたへのおすすめ」なんてのは、明らかに僕が、サイト上でどんな発言をしたか、ネットを介した買い物は何を買ったかを見極めて、おすすめ映像をピックアップしてるように感じる傾向なのですが。

 でもね、個人情報が企業に知られても、別に困ることはないと思うのです。個人的には。

 かえって、痒いところに手の届く情報を提示してくれるので有り難いです。

 気にすべきは、その情報が、さらに他の企業に売り飛ばされないか、という問題ですね。

 それでも、何も気にすることは、僕の場合ありませんが、女性の場合は慎重にならざるを得ないでしょうね。

 銀行口座の情報が漏れても、僕の場合、ぜんぜん問題ではありません。

 ネットでつかえる三井住友銀行のSMBCダイレクトなどから、勝手に他口座に、お金を振り出されるのではないか、と考える人もいるようですが、SMBCダイレクトの場合は、二重、三重にパスワードが必要になります。しかも、本人しか知り得ていない表の暗唱番号を入力しなければ、絶対に、他人が金を横流しすることは出来ません。

 そして、窓口でのお金の引き下ろしに関しても、本人確認がかなり厳重になっています。

 さらに、ATMでは、生体認証キャッシュカードを使っていますので、本人以外の引き下ろしは無理です。

 個人情報を保護するというときに、思いもしない犯罪を抑止する(たとえば、暴漢とか)意味もあると思います。

 そういう意味では、個人情報の保護は大事ですが、ヤフーやグーグルだけが知って、お客さんに的確な商品を薦めるという段階の個人情報の伝達は、僕の場合、あってもいいように思います。

 僕の場合は、売り込みたい商品(本)があるから、余計そう思うのかも知れません。


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ドラマーにとって…(練習場所) [ラフに語る、つれづれ記]

 ドラマーがドラムを練習する場面というのは、人によっては設定しにくいのです。

 だって、生楽器を家で叩くのは、ご近所に迷惑ですし……。

 電話帳を叩いたり、座布団や自分の膝を叩くことも練習にはなるのですが、太鼓の音の確実なレスポンスがないので、やる気がつづいていきません。

 それに、そんなことをしても、キック(足)の練習にはならないのですね。

 私は、長く生楽器を叩いていませんが、足の練習だけはしています。

 それが、簡単にできるのですよ。

 車を運転中にするのです。

 オートマ車というのは、左足は、まったくの自由なんです。

 左足を好きに動かしても、運転にはまったく影響しません。

 それで、CDやラジオ放送などを聴きながら、左足でリズムを刻んでいます。

 かなり難しい、付点のはいった16ビートの踏み方も練習できます。

 実は、肝心なのは、ドラムの場合、右足なのですが、さすがに、右足を好きに運転中に動かすことはできません。

 しかし、左足というのは、一番運動神経がすぐに反応しない身体の部位なわけですね。

 それに、左足で習得できたことは、右足にも脳の感覚として伝わっています。

 さらに、最近よく聞く、オートマ車のペダルの踏み間違いの予防に関しても、役に立っているのです。

 左足も意識して動かしていることによって、今使っているのが右足か左足かという意識がはっきりします。(私の仮説にすぎませんが)

 そんなわけで、かなり、左足が自由に、ハイハットでの裏打ちをする以上に動くようになってきました。

 音楽を聴きながら、車のなかで身体でリズムをとれるのは愉しいですよ。

 では、また。(^。^)

話題のパワーストーン
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『1995年』ーーー11(事情により今話で打ち切り) [自作原稿抜粋]

 先生の話しが終わると、四方田夫人が壇に戻り、「それでは御力を受けます」と言

って他の四人の赤い作務衣を着た女の人に合図をして言った。

「合掌! 聖体拝顔!」

 皆が合掌した。

 カーテンが開かれた床のようなところには透明な球が座布団に載っていた。直径五

十センチメートルぐらいはある大きな球だ。水晶なのだろうか。その上方に伊藤導師

の遺影がある。

「パワーを送ります。目を閉じて下さい」

 おれはときどき薄目を開けた。

 四方田夫人を含めた赤い作務衣を着た五人の女が壇上に並んで立っている。

 四方田夫人が中央で、夫人の腰に片手をあてがって両脇の女性が立つ。女らは空い

ている手を斜めに上げ手の平をこちらに向けている。その女らの外側に立つ女らはま

た内側に居る女らの後ろの腰に手をあてがって、反対の手を同じように斜めに上げて

手の平をこちらに向けている。

 四方田夫人は両手を斜めに上げ、手の平をこちらに向けている。

 水晶が白くじんわりと光ってきた。

 女らの手の平からスペクトルが出てきた。公民館内が赤や黄や緑の光で照らされた。

 つき合いたくはないのだが、自分だけ退出しにくい。

 四方田夫人以外の女は割に若いようだ。二十代くらいの肌艶をしている。そう思っ

たがそうでもないということに気づいた。四方田夫人の顔が高校生の娘のような顔に

変わっていたからだ。

 えらいところに来てしまったと思った。しかし、同時に、これだけの現象が起きて

いるのだから何らかのパワーは出ているのだろう、と、そうであるなら、おれの不調

も癒えるかも知れないと思った。

 おれは目を瞑って光を受けた。

 瞼の裏に瞼を通過した赤や緑の残光が映った。

 

 農作業の日々に戻った。

 昼間、充分に体を動かすからだろうが、夜はよく眠れるようになった。

 おれは四方田夫人から和親会の書物をもらった。

 あの奇妙な現象が心にひっかかっていた。無神論者のままのおれだったが、病状が

少しでも好転するならと朝に祝詞を上げ、夜には書物を読んだ。

 ローマ神話の神々も、ユダヤ教やイスラム教の神も全て根源は伊藤導師の霊によっ

て智恵を得ていた。日本人は天皇を崇拝すべきであり、全能者である伊藤導師も天皇

崇拝は認めておられる。

 禅を組んでいると、光の点が見えるようになった。

 頭重感がなくなり日ごとに頭がすっきりしてきた。

 

 お盆になり、家に帰った。

 長岡という小・中・高校が同じだった同級生と会った。

 彼の家は寺山の麓にある。見晴らしのいい一戸建てだ。彼は大学進学はせずに中江

市で働いてきた。三十九歳のときに結婚したが嫁さんはある事情ですぐに亡くなった

らしい。仕事は四、五年ペースで変わっている。今は隣町の電子部品製造の工場に派

遣社員として勤めている。

「楽ではないわ」と長岡は会話の端々に言った。

 おれは言いたくてしょうがなかったので、和親会の不思議な光景を話した。

「それで」

 と、長岡が言った。

「否、すごいやろ? 掌から光が出んねんで。しかも病気も治ったりするらしい」

 富士山の彫画、金色の背景に白と黒で万年雪の際を描いたものが東の壁に額にいれ

て掛けてある。二台の机の上にブラウン管モニターとステレオのミニ・コンポーネン

トがあり、長岡はメディア・プレーヤーでEnyaをかけている。大きなTVがあるの

だが何故だかTVを点けない。

「僕に、そんな話ししてもアカンよ。僕は別の信仰を持ってるんやから」

「えっ……」

 北の壁の掛け時計の秒針の音と外のミンミン蝉の声が脳に切り込んでくる。

「僕はキリスト者なんやから。それになァ、佐伯君。どんな宗教でもエネルギーは在

る。それは集団の想念が同じ方向を向くからや。僕の信じとる神も全知全能の神。君

の信じとるのも、話しを聞くかぎり、そこでは全知全能の神と信じられとんねやろ?

 佐伯君、他の話しやったら相槌もうてるけど、宗教の話しだけは、僕には妥協でけ

へん」

「いや、僕は別に、はいってくれいうて頼んどる訳やーーー」

「いや、そうなる。君は仕舞いには勧誘するようになる。まあ、コーヒーでも飲んで

甲斐バンドでも聴こうや」

 おれに確固たる信仰がある訳ではなかった。それなのに、長岡は未来を予見するよ

うなことまで言った。長岡がシリアスに話しかけたらその問題は一歩も譲らない。昔

からだ。高校時代はおれが声をかけて集めたバンドでドラムを叩いてくれた。快活で

積極的な性格は変わっていない。ただ、昔よりも何か陰がある。奥さんが亡くなった

ことだろうか。

【折角、ご愛読いただいた『1995年』ですが、原稿に推敲の余地があり、最終話までの発表を見送ります。「前置き」にもエックスキューズしていましたが、何卒、ご理解ください。ここまでお読みくださって有り難うございました。】

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『東京島』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 桐野夏生さんの、『東京島』を読みました。

東京島

東京島

  • 作者: 桐野 夏生
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/05
  • メディア: 単行本

 感想は、追記をお待ちください。

 

   追記・感想

 

 実話を基に書かれたフィクションらしい。

 とはいっても、実話をそのままストーリーに当てはめたものではないようだった。

 

 大幅にネタバレを含みますので、ご容赦ください。

 主人とのクルージングで外洋に出た清子は、主人とともに遭難し、太平洋上の無人島に漂着す

る。

 淋しい生活に、同じように遭難した日本人グループ(オタクたち)と、さらに遭難してきた中

国人グループが、島で共同生活をすることになる。

 

 清子の主人は食中毒になり、少々ながい闘病の果てに、岬から転落死してしまう。この死につ

いては、謎が多い。

 当然そうなると(そうなる前からも)、清子はオタクたちと情交を交わすようになり、二年と

いう期限つきの結婚を何度か繰りかえすのだが、オタクたちにも中国人たちにも或る時点から心

境の変化があり、清子は島で唯一の女性というもてはやされた立場からは転落していく。

 島で子を産んだ清子は……。そして、意外な結末へ。

 

 感想としては、「分量がともかく長い」ということを感じた。

 長ければ長いで、それはそれで良いのだが、段落が肥えすぎている。すなわち改行が少ない。

 読むのがしんどい。G・ガルシア=マルケスを読んでいるしんどさに似ている。

 無人島での生活は画が浮かぶほどリアルだった。しかし、実際の無人島での生活というのは、

もっと命の危機感で切迫しているのではないだろうか。小説として書くとしても、その部分をも

っと拡大して訴えなければリアル感が不足するようにも思う。たとえば毒蛇がいることだけでも、

絶えずその存在を意識し、逃げるのにも命からがらだと思う。こんなことを言っても、私自身が

無人島での生活の体験があるわけではないから、著者と同じ立ち位置なのだが。でも、思っても

いない男に犯されるなどということよりも、毎日、命の危機と直面しているということの方が、

おそらく無人島では思考のなかに常につきまとう大問題だと思う。

 

 それから、着るものの問題だが、こんなに長期に亘って無人島で生活していくとなると、服や

下着など、本編のように長く保つのだろうか。

 洗濯ができないので、「汗と砂と土が染み込んでいる」という描写はあるが、その程度の問題

で済むだろうか。推測するしかないが、破れてくるはずである。しかもかなり短い期間で。

 

 本編が長いだけに、清子の心情の変化なども詳細に感じることが出来た。

 最近思うことだが、女性の性欲というのも、根本的には男性と変わらない。また、異性からモ

テていたいと思う意識も、男性でも女性でも同量ほどにある。

 この物語り、単なるサバイバル小説というだけでなく、隠されたテーマを内包しているように

思う。すなわち、男女双方の晩婚化、という問題だ。無人島での今回のストーリーを描くことに

よって、結婚できない女性。しかし自分からは声をかけられないが故に歳をとっていく。結婚で

きない男性。女性がプライドを持って意志的で強くなったので腰がひけてアプローチそのものを

諦めてしまう。自身に自信がないことにも因る。そういう男女の姿。こういうものを暗に示して

いるようにも読めた。

 さらには、島を相似形に日本と置き換えて見る見方で、少子化の世界、という現代の問題も暗

に浮き彫りにしている。

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