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『1Q84』(Book3)読了 [最近、読んだ本]

 村上春樹さんの、『1Q84』(Book3)を読みました。

1Q84 BOOK 3

1Q84 BOOK 3

  • 作者: 村上 春樹
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/04/16
  • メディア: 単行本

  前回同様の理由から、感想は書きません。ご了承ください。


最低限の接客言葉は使おう。 [近況…]

   接客言葉を使わない店員。

 

 今回も名指しでの批判は控える。

 西脇には、スーパーが大きな処だけでも五、六軒はあるので、その内の一軒での一コマである。

「袋は要りません」(と僕)

「袋なし?」(店員。しかも女性)

 普通、「袋なしで?」が最低限の訊き方ではないだろうか。

 レジ会計が終わって、

「ありがとう」

 これが客に対する応対である。

「有り難うございます」または、「有り難うございました」が普通だろう。

 そのレジの人とは、一度だけ店員と客ではない場面で喋ったことがあるのだが、それ程深い仲

ではない。名前もレシート印刷を見て、こちらが知っているだけに過ぎない。

「伯母ちゃん。僕は、もう47やで。若う見えるやろうけど」

 と言うと、

「あら、私の歳いくつか知っとっての? 私にも同年代の息子が居るねんでェ」

 と。

 68~69くらいらしい。

 私の母で現在74である。年代的に5~6年ずれている。

 しかし、いくら自分の息子に歳が近いからといっても、お客さんである。

 私が貴方の実際の息子である訳ではない。

「ちょっと、待ってな」

 とか、そういう言葉づかいをする。

 これが客に対する接し方か。

最低限、「ちょっと待ってください」だろう。客とレジ係という関係で、客より上から物を言っている。

 私は、今までガソリンスタンドに延べ2年ほどと喫茶店のウェイターをやったことがあるが、

たとえ年下の相手に対しても、ここまで腋に食い込むような馴れ馴れしい言葉づかいはした事が

ない。

 こういう言葉づかいが許されるのは、話しかけられる側が納得している場合のみである。

 また、「悪気はないねん。こういう人やから」という言い訳も、理由にはならない。

 上記の言葉づかいは副詞・助詞が完全に抜けている。

例えば、「よう老いぼれ」とか「よう、オッサン」とか、そういう言葉づかいを客に向かってしたとして、「済みません。悪気はないのです。こういう人ですから」というのが通用するだろうか。それと全く同じである。

 考えてもらいたい。

 中尾彬氏が、「一回でも厭な思いをした店には、二度と行っちゃ駄目だよ」とテレビで仰有っていたことがあったが、ジリ貧だと、商品単価が安い店に行かなくてはならないのである。悪循環である。


『ウェブを炎上させるイタい人たち』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 中川淳一郎さんの、『ウェブを炎上させるイタい人たち』を読みました。

ウェブを炎上させるイタい人たち-面妖なネット原理主義者の「いなし方」 (宝島社新書 307)

ウェブを炎上させるイタい人たち-面妖なネット原理主義者の「いなし方」 (宝島社新書 307)

  • 作者: 中川 淳一郎
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2010/02/10
  • メディア: 新書

 感想は、追記をお待ちください。

   追記・感想

 著者の論旨を、私の言葉で要約して文にすることにする。

 著者はロストジェネレーション世代な訳だ。就職氷河期に就職した現在35~36歳の年代な

訳である。この年代を第二次ベビーブーム世代と著者は呼んでいるが、それは時代が進んだから

結果的にそう言われることになった言葉で、私の年代も、少し前は第二次ベビーブーム世代と呼

ばれていた。

 いずれにせよ、私の年代、現在40代後半くらいの年代はバブル期の入社で随分オイシイ思い

をしていると著者は思っている。30歳時点での平均給与を取り上げたりしている。それはそれ

で当たっている。

 私に限って言えば、途中リタイア組なので、その恩恵には与っていないが。

 私たちの年代を含め、その前の団塊の世代にしろ、そういう年代からインターネットがロスト

ジェネレーション世代に与えられ、丁度オモチャのように、それにのめり込む事で現実を忘れさ

せられたのだと、著者は仰有る。

 これは、当たっていると思う。(冷や飯を食わされた感覚を上の世代に誤魔化されている訳だ)

 インターネットがいくら可能性があるように見せかけても、所詮は既に名の売れている人の喧

伝にしかならない訳で、今からネットを駆使して有名になろうとした処で、それは幻なのだと。

 私も著者に言われてみて思いかえしたのであるが、拙ブログの読者が、一体いくらの冊数、私

の著書を買ってくれただろうか。勿論、買ってくれた人には感謝している。

 大体が、インターネットに繋いでブログやはてなブックマークに書き込みをしている人など、

閑人なのだ、と著者は一蹴する。

 金のないニートか無職の人が、時間だけを使って、或る場合には、自分が賢いと思われたいが

為の書き込みをしている。それがインターネットなのだと。

 金がなかっても、小遣いを工面して、山雨を推す為に著書を買ってくれればネットに繋いでい

る意味もあるが、その金額でさえ、本なんかに使うのは惜しいのである。これでは、いくら、検

索候補数で十万以上あれど、読者数が全体で千以上あれど、何の推進力にもならない。

 勝間和代氏など、女性だからネットを使って有名になれたのではないか、という意見も私の知

人から承る。

 既に有名(イケてる)人が余計有名になるには適しているが、ネットを使って無名の人が注目

を浴びようとしても、所詮無駄である、と著者は、バッサリと切り捨てる。

 インターネットユーザーを、図解にして分類している図には首肯した。

 すなわち、

 1、ネット教教祖(自身が既に、社会的地位を得ている人。さらに、ネットは凄いのだと喧伝する)

 2、ネット教信者(自身は1ほど有名にはなれていない普通の人。または著名になる気はない。ネットは凄いのだと喧伝はするが、ときに、3を叩くこともある)

 3、一般企業

 4、普通のネットユーザー(ときに、炎上に油を注ぐこともある。匿名の書き込みしかしない)

 5、ネットサービス運営会社(1~7を総合的に俯瞰し、儲けている)

 6、ネットに慣れた暇人(自分が上手くいっていないので、妬みから炎上させる為の書き込みをすることもある。時間に余裕があるので、ネットの隅々までを閲覧している)

 7、賢いリア充ユーザー(閲覧は、自分が欲しいものを探すときのみ。その他ウェブも発言はせず見るのみ。ネットで高い買い物をする)

 どういう風に、4と6から炎上を仕掛けられたとき、いなせばよいのかが解説してあった。

 中川さんは、炎上や苦情を受けた当事者である。

 ネットって、そんなに憧れるべき媒体ではないのだ、という事に気づいて欲しいと彼は言う。

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『テレビは見てはいけない』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 苫米地英人(とまべち ひでと)さんの、『テレビは見てはいけない』を読みました。

テレビは見てはいけない (PHP新書)

テレビは見てはいけない (PHP新書)

  • 作者: 苫米地 英人
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2009/09/16
  • メディア: 新書

 こちらも、感想は追記をお待ちください。

 

   追記・感想

 

 驚きの新事実の発見が、まずあった。

 それは、苫米地さんが開発された『キーホールTV』というシステム&ソフト。

 何と、テレビ放送がオンタイムでパソコンで観られます。

 ユーチューブのような役割ですが、何と云ってもオンタイム放送なのです。

 ピアtoピアという配信方式によって、発信元のサーバーへの負担が少なくて済むらしいので

す。

 テレビを観ることによって、洗脳されている。本当は欲しくない物だったりするのに、欲しい

と思い込まされている。前に読んだ本にもありましたが、人は人から言われ続けることによって、

自分の本当の目的とはずれた目的が自分の目的だと、いつしか思い込むようになる訳です。

 HDレコーダーでテレビを観る人が多くなった現在、CMを跳ばして観る人が増えた。だから

今は、プロダクト・プレイスメントという広告手法が増えている。

 例えば、取材番組などの中に、商品の宣伝がさりげなく入っている、といった広告手法です。

 「KY」空気読めない、という言葉が流行ったことからも分かるように、日本人は人と同じ行

動をとっていないと安心できない。その価値観を植え付けてきた一つのファクターがテレビと言

える。

 視覚情報は文字情報に比べて、一瞬で圧倒的なリアリティーを感じさせることができる。【本

文引用】人間の脳は、現実世界以外にも想像で仮想空間を創り出すことが出来る。その仮想空間

での感動などは、ホメオスタシスを維持する為に涙や脈拍の上昇などを起こす。それが、動画で

音声付きだとよりリアルに感情移入できる訳です。

 テレビで姿を目にする人物に好感を持つのは、「ストックホルム症候群」にある。人間は臨場

感空間を共有することによって、互いに対する共感が高まる。【本文引用】現代人の生活におい

て、臨場感空間を支配する人の姿をよく目にする場所こそがテレビ番組なのだと。【本文引用】

 テレビによく出ていた人が、選挙に出馬すると多数の票を獲得する理由は、視聴者がその人に

対して知らず知らずの内にハイパーラポールを抱いたからである、と。だから、テレビに露出し

た人は、向こう三年間選挙に出られないようにすべきだと仰有っていました。不公平だからです。

 

 苫米地さんは、コグニティブリサーチラボを経営されています。そこで、数年前から「キーホ

ールTV」のサービスを提供されている。

 このサービスでは、誰もが放送局になることが出来るので「権力の監視機関」という役割を、

国民一人ひとりが担える。

 私が思うに、スカイプのメールマガジン型のようなシステムですね。

 P2P(ピアトゥーピア)の良いところは、サーバーに負担が少ない。よって消費電力を抑え

ることができる点。グーグルのサーバーの場合は、もの凄い電力を食う状態になっているそうで

す。しかも、情報が一箇所に集中しないということは、情報を護るという点からも安全である、

と。

 テレビは黎明期から放送システムを構築したり放送局を造ったり、電波塔を建てたりという社

会的初期コストがかかっているのに、現在の制作費の安いお笑い番組などを見せられていること

自体にもっと視聴者は怒らなくてはならない、と。

 テレビ業界には不透明な金の流れがある。

 流行言葉には仕掛け人が居る。苫米地さんご自身が「ハイジーナ」や「カリスマ美容師」など

の仕掛け人です。番組制作者から、或いは「カリスマ美容師」の場合は、美容師から、など、相

談を持ちかけられることが多い苫米地さん。智恵を提供して、流行るシナリオを作られたようで

す。

 

 後半の「脱・奴隷の生き方」の章では、ホメオスタシスを利用して、コンフォートゾーンをず

らせて(上に)、より高い自分になろう、と仰有っています。

 ホメオスタシスとは身体や精神が従来の状態を維持しようとする機能のことです。

 コンフォートゾーンとは、自分が一番心地よいと思える状態(レベル)。

 このコンフォートゾーンを少し上にずらせて、自ら自然に高いコンフォートゾーンに行こうと

するホメオスタシスの力を引き出そう、という事です。

 興味深いのは、今、例えば社会的成功を収めている人でも、現状に満足しているならば、それ

は異常である、という事。何故、自分は満足しているか、と書き出してみると、「偏差値の高い

大学を出ているから」とか「給料の高い会社に勤めているから」とか「ブランドをたくさん持っ

ているから」などが答えとして出てきます。しかし、それは、本当に自分が求めたものなのか。

 そういうものを求めたのは、結局は他人に言われたからかテレビに価値観を植え付けられたか

らであると気づく、という論旨です。

 

 済みません。感想じゃなくて、単なる、本の紹介になってしまいました。

 テレビを見てはいけない、とは仰有っていないように思います。
 テレビがいかに作られたものか。流行は仕掛け人が居ること。海外のニュースは日本のテレビでは全く採り上げられないという事。こういう事を分かった上でテレビを見ましょう、という論旨のようです。

 このぐらいで筆を置きます。

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西洋医学の措置を受けるべきなのか… [真夜中のつれづれ記…]

 今日、健康診断に行ってきた訳ですが。

 肺のレントゲンとか痰の検査とか、胃の検診とか、心電図というものは受けなかったのです。

 先の記事でも「怖いから」とは述べましたが、本当の理由はそれだけではありません。

 例えば、癌が出来ていると言われて、医者に入院を勧められたら、断りますが、完全に断りきれるでしょうか。

 まず、無理ですね。

 貴方は癌なんだから入院して手術しないと長生きできませんよ、と言われて、半ば強制的に入院させられる訳です。

 入院後受ける措置は、手術と抗ガン剤治療です。

 この抗ガン剤治療というのが、身体にもの凄い負担をかけますね。

 全身の免疫機能を一旦弱らせるわけです。

 衰弱しますね。

 それによって、一番目の病気以外の、身体が元から弱いところ(内臓)への負担も増します。

 そうして、治療中に、癌とは別の要因で死んでいく訳ですよね。(まあ、全部が全部ではありませんが)

 こういう危惧があるので、私は癌とか精密検査は受けません。

 自然治癒力が、どこかで挽回するかも知れないし、死へのスピードを早めたくないのです。

 もし、医師が、癌が発見されても、治療を受けないことも選択肢として認める、と言うなら別ですが。

 勿論、早期発見、早期切除が成功する事もあるのは確かです。

 五木寛之さんも同じ姿勢なのですが、この生き方をしている場合、最悪は、急に末期症状が出てご臨終です。それでもいいと思えるかどうかですね。

 これは、どちらの考え方が結果的に正しいとは言い切れない問題です。

 結果は未来ですからね。

 では、また。

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今日の動き [近況…]

 『真夏の夜の男たち』という放送がNHKFMラジオでやっていて、今日夕方からは車のなか

で聴きました。

 パーソナリティーは立川談志さんとNHKアナウンサーだったのですが、田畑義夫とかディッ

ク峰とか春日八郎とか、思わず放送に聴き入ってしまいました。親父が好きな歌手だったからで

す。子供の頃、親父にレコード鑑賞につき合わされているので刷り込まれていますね。良さが。

 飲みながら同じLPばかり聴くんですよね。親父は。親父といっても、現在の僕より若い訳ですが。

 オートリターンだけは有るレコードプレーヤー付きのレシーバー型ステレオセットで。

 あんまり何度も聴くので、針跳びがするんですよね。永遠にリフレイン状態。

 

 今日は、市の健康診断でした。

 尿を普通のガラスのコップにとってからスポイド容器に入れましたよ。紙の組み立て式の尿を

受けるためのカップなんか用意されていたことに気づきませんでした。(笑)

 蛋白が少し多い、との事。でも、夏場だから、この程度の増加は異常とは言えませんとの事。

 身体測定では、胴回りが97センチもありました。

 メタボかも……。(夜中にラーメンを食べれば肉がつきますよね(笑))

 身長は、零点三センチダウン。182.7センチでした。

 体重は84.5キロ。(体重は、これ以上は増えません。骨格が細いので)

 友人は心電図と肺のレントゲン検査も受けていました。

 オプションなんですが、僕は辞退しました。

 だって、結果が怖いもん。

 昼からは、歯医者さんに行ってきました。

「どこにも問題ないけどなぁ」とお医者さんは言われます。

 上の殆どの歯は、神経をとって被せた歯なんですよ。

 まったく原因不明。

 かみ合わせのために削ってもらって、歯石をとってもらいました。

 原因として考えられるのは、神経をとった被せた中の歯が、折れている可能性です。

 そう言えば、結び豆を食べている時に、歯がバキッと言ったような~。

 でも、そうなると、抜歯なんですよね。

 47で、部分入れ歯か……。

 噛み合わせを調整してもらいましたから、これで痛みが退くといいのですが……。

 友人も歯茎の後退で知覚過敏で口内菌の検査を受けるようです。

 二人して、健康診断のあとラーメンを食べながら、「こんな、健康の話しばっかりするように

なってもたら、俺らも歳やなぁ」と呟きあいました。

 それでも、酒と「いかり豆(結び豆)」と、するめ、と、チーズと煙草は絶対にやめません

らね。

 墓石のまえに供えてもらっても遅いのです。今の内に食べます。

 それでは、また。(^。^)


困った… [ラフに語る、つれづれ記]

 歯が痛いのだ~。

 土曜日の午後くらいから痛いのです。

 土日は歯医者さん休みだし~。

 明け方に睡眠薬を速効で効かせようと思って、寝る直前に糖衣錠を糖の部分を溶かして飲んだのが悪かったと思うのです。

 原稿を書く夜中は、砂糖を少なめにしてコーヒーを飲んでいます。

 夕方に酒を飲んで痛みを紛らして(酒には麻酔作用があるので)いますが、そんな事をしても醒めればやはり痛いのです。

 我ながら、困ったものです。。。


『遊びをせんとや生まれけむ』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 久世光彦さんの、『遊びをせんとや生まれけむ』を読みました。

遊びをせんとや生れけむ

遊びをせんとや生れけむ

  • 作者: 久世 光彦
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2009/08
  • メディア: 単行本

 感想は、追記をお待ちください。

 

   追記・感想

 

 ご自身が女遊びをしてこられたことを振りかえる場面から始まって、様々な大人の遊び(博奕

なども)遍歴を回想する本編。

 遊びがなければ何の為に生まれてきたのだ、との遊びの重要性を説く哲学のようでもある。

 久世さんは、戦前の生まれで、幼い頃に空襲を何度も経験されている。(ここで脱線しますが力説しておきたいのは、「戦中派」とか「戦後派」と言う場合、戦中に生まれたから戦中派ではない、という事です。その当時の世間の考え方を、今も自分の本意として持っている。その考え方が戦中の風潮なのか、戦後の風潮なのか、戦前の風潮(世論)を踏襲しているのか、それによって、「戦後派」などと呼ぶ訳です。たとえば、戦中生まれでも、戦中の考え方は終戦とともに棄てた方もいらっしゃいます)

 後半で語られる戦後すぐの映画館内の様子。そこには、いつも焼け跡の匂いがどこからともな

く来ていたのだと仰有る。新興ビルが急ピッチで建てられていくのに、長年に亘って焼け跡の匂

い(生身の人間が焼けこげた匂いを含む)は消えないでいた。

 そんな中で、久世少年は、エロスに目覚めていくのであった。

 ストリップ嬢が金をとり公演のあとに個々に局所をスカートのなかでマッチの灯りだけで開陳

するなどという儀式にも参加していた久世少年。現代ではそんなことをしなくても、と言えるほ

ど何事もオープンになった。隠されていたからこそ一部のマニアだけが知りうる快楽というもの

があったのではないか、と思う。

 

 テレビの黎明期から演出家・プロデューサーとしてのお仕事をされているようだが、その当時

の番組制作の様子が熱く語られる。この業種は仕事でありながら「大の大人がみんなで遊んでい

た」のである、と語られる。やはりクリエイターというのは自身が愉しんでいないと観衆を喜ば

せることは出来ないものだなぁ、と再認識した。

 小林亜星さんや樹木希林さん、たこ八郎さんの奇譚も語られる。その親交とご本人たちの人と

なり。特に、たこさんのことは私は昨日のことのように思いだした。そして懐かしかった。

 死ぬ前に何を聴きたいか。つまり音楽で、というエッセイも興味深かった。久世さんにとって

は、「マウイ・ワルツ」であるらしい。

 賛同した考えは、「頽廃そのものを愉しむ」という生き方。大げさなものでないとしたら、歌

に限って言えば、割と当てはまるものだ、と本編からは納得させられるのだが、国粋主義真っ直

中のナチス軍歌やナチスが推奨した曲なども、はたまた高度経済成長期に日本に於いての歌謡曲

でも、清々しい明るい曲よりも明るさは有るけれどという段階のデカダンスに陶酔しているよう

な頽廃の歌詞の歌の方が、久世さんの心により強く残っている、という事だった。

 そうかも知れない、と思った。

 文学に毒が必要というのも似たことだと思う。

 

 久世さん世代だと戦争体験はあるが、戦地には徴兵されることのなかった世代である。随分ひ

もじい思いや空襲で生きるか死ぬか、といった修羅場もくぐられているが、その後の経済成長期

に先頭に立ってエンタテインメントを提供するお仕事をされ、また個人的な遊びも充分にされて

いる。この世代やもう一つ下の団塊の世代などが一番幸せな世代なのではないだろうか、と普段

から思っていることをさらに思った。

 その久世さんもお母様の死のあと、後を追うように急逝された。お父上の形見の爵(中国の骨

董品で宴会の折りに酒を注ぐ為の銅器)についてエッセイを書かれていた久世さんもその途中で

のお母様の死により、さらに鑑定の結果、爵が偽物だったことの落胆により生きる張りを無くさ

れたようである。(詳しいことは知らない。ただ、そう拝察するのみであるが)

 若いときの無理が身体に祟ったんだろうな、とは推測できる。

 しかし、たとえ無理をしてでも、愉しみながら創作する、その事自体に意味があったのではな

いか、と思う。

 戦後すぐから現代までの期間に、これほどまでに心に残る映像や歌があることは私たちにとっ

て財産である。

 巨星が去っていった、と、感慨に耽った。

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