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近況… [近況…]

 面接の合否の結果を待ちながら、日々過ごしております。

 

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 先日、家でハンバーガーを創りました。

 マクドに行けないから、自前で、という魂胆です。

 合計8個も食べてしまいました。

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 家族に旅行土産に烏賊をもらったので、焼いて食べました。

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 烏賊だけに、以下、食べて減っていく様子です。(笑)

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 小説の方は、現実にあった事を、今は書いています。

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 自室からの風景です。

 では、またお会いしましょう。(^。^)


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『人生は愉快だ』読了 [最近、読んだ本]

 池田晶子さんの、『人生は愉快だ』を読みました。

 実は、読了ほどには読んでいません。後二十パーセント読めば読了という段階です。

人生は愉快だ

人生は愉快だ

  • 作者: 池田 晶子
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞社
  • 発売日: 2008/11/08
  • メディア: 単行本

 人生相談が、なかなか独自の見解を披露していてよかった。

 ですが、肝腎の哲学の話しは、まったく駄目でした。

 私も、新聞や雑誌や、その他、最後までは読まないけれども囓り読みした本で、池田さんが述べられる哲学者に関しての、他の人の著述を多く目にしています。

 そういう内容に関して、参考文献として挙げられている本の内容を、何も超えていないように感じました。参考文献丸写しのような箇所も多い、と感じました。(文末や言い回しを変えているだけです)

 自分の独自の見解というのが少ないように思います。

 実際、何章にも亘って、「この文章、どこかで読んだことがあるなぁ」と感じる章が多かったです。(用語が似ているから感じるという程度ではありません)

 こういう本の作り方なら、当該のカテゴリーの知識を持っている人には、ご本人でなくても簡単にできる、と思いました。

 若くして亡くなられていることは事実ですが、内容がとるに足りません。

 厳しいですが、本当の処です。

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小説の書き方(私の場合)6(メールマガジンよりの続き) [真夜中のつれづれ記…]

   小説の書き方(私の場合)6

 

 ご無沙汰していました。メールマガジンの読者の皆さま。

 とりあえず、つづきの記事をお送りします。

 私は、ワープロアプリケーション(パソコンのソフト、一太郎)の画面に、いきなり向かっても、何も書けない性分です。

 ですから、手書きのメモ書きのような原稿を、まず起こします。

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 この原稿には、私だけが自分の為に決めたルールがあります。

 上記掲載の写真は、最新作『キャバレー・ウエスト・ムーン』の一部ですが。

 パソコンやワープロで行う作業を付け足して書く、というのがルールです。

 まず、思い出せない漢字は、ひらがなかカタカナで書いて、横に点ルビをつけます。(後で変換する訳です)

 中央の行の上にBSとありますが、パソコンでバックスペースキーの動作を実行しろ、という自分に向けた指令です。BSとは、次行冒頭を前行末尾に、くっつけろ、という指令です。

 反対に、ここで改行すべきだった場合は、リターンキーのマークを四角で縁取って書きます。

 インデント(行頭の一字下げ)を入れるべきだったと判断した場合は、バッテンマークを四角で囲んだ独自のマークを吹き出しに書き加えます。

 一行空けた方がいいか、と思った場合には、傍線を引いて、空行、と書きます。

 ーーー空行ーーー

 ↑こんな感じで。

 (※)マークは、別のタイミングで書いた原稿を、そこに割り込ませたいと思うとき、その場所に入れます。

 こういう指示マークは、元来、プロの書き手と出版社で決まったものが有ると思うのですが、私は前作(紙媒体の『壁蝨』)の校正のやりとりでも、自分独自のマークを編集者に理解してもらっていました。(充分な説明をしたから、それで了承していただけた、という事だと思います)

 このように、白紙の普通紙に殴り書きで書き起こしながら、文書のレイアウトの約束を自分でつけていくのです。

 左上の⑧の表記は、その日に書いた分量のノンブル(ページ数)です。これは、ボールペンで書きます。ボールペンだと、万が一、水に濡れるなどのアクシデントがあっても、滲まずに正確に教えてくれるからです。

 以上が、私の今の方法です。

 方法は変化するかも知れません。

 それでは、またお会いしましょう。(^。^)


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『忘却の河』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 福永武彦さんの、『忘却の河』を読みました。

忘却の河 (新潮文庫)

忘却の河 (新潮文庫)

  • 作者: 福永 武彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2007/08
  • メディア: 文庫

 実際には、上記バナーの文庫ではなく、新潮社の全集で読みました。

 例によって、感想はしばらくお待ちください。

 

 追記・感想

 実は、或るお世話になった方から、「同じ読むなら、こういう作品をお読みなさいよ」と、昔に私、言われていたのでした。それが、『忘却の河』でした。

 時代は、戦後すぐか、戦後二十年ほどたった頃といった処のようだ。
 主人公(初老の社長)は復員して帰ってから会社を興し、今では秘書つきの社長になっている。
 
 主人公は、戦友が死なず、自分が生き残ったことに後ろめたさを抱いている。
 また、妻との間の初めての子を幼い内に病気で失くす、という経験もあり、その二つの事が、主人公のなかで大きなトラウマになっている。

 颱風のある日、自社ビルの脇で蹲っていた女を、主人公は善意から彼女のアパートまで送っていく。
 ところが、彼女の容態は急を要するほどに悪かったので、そのまま救急車を呼んでやる。(携帯電話など勿論なかった時代に、公衆電話を探しまわって救急車を呼ぶ)

 水商売で生計を立てていた女だったが、病気に罹り経済的に困窮している。
 主人公は、金銭的に彼女を助けたり、病院に見舞いに行ったりする。
 この行動は、実は、二つの罪への罪滅ぼしの意味が内心にあったのだと、読んでいて感じた。

 退院後の女が無事にやっていけるだろうか、との心配から、主人公は女のアパートにときどき伺うようになる。

 そのアパートの前に掘り割りがあり、ーーー水の澱んだゴミの浮く猥雑な所ーーーその掘り割りを、初めは川と思いこんでいたので、象徴としてタイトルに結びつく訳だが。それに、主人公自身、ローマ神話の忘却の河という存在を記憶していた。
 全てを忘れてしまう、という死人がその水を飲む川、それが忘却の河としている。

 久しぶりに訪れた彼女の部屋は、既に引き払われていた。
 管理人に訊き、彼女の実家へ伺うと、彼女は身ごもって海に身を投げて死んだのだと分かる。
 明らかに、自分との関係で出来てしまった子だった、と思える。
 せめて、相談してくれたら、認知してやるつもりも生活を全面的に支えてやるつもりもあったのに……。

 嗚呼、自分とは、何と罪深いのだろうか。戦友が死んだのに自分は生きて帰ってきた。妻との子は幼い内に失した。そして、今度は、顔も見ない内に子の命を奪ってしまった。

 女の故郷の近くの賽の河原へ行って、小石を積んで懺悔して帰ってくる。

 忘れてしまいたい。忘れさせてほしい。自分の罪をなかったことに出来れば、どんなに自分も周りも救われるだろうか。そういう思いが、ひしひしと伝わる。

 女が、「私には、これくらいしかお返しすることができないで」(本文の文章通りに再現できていないかもですが)と、主人公に身体を供しようとする。女の独り言のような話しの描写が、切々と胸に迫り、琴線を刺激する。
 素朴な言葉。繰り返す単純なモノローグの文体。
 それだからこそ、著者の内面がダイレクトに伝わるのだろう。

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『ユングは知っていた』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 コンノ・ケンイチさんの、『ユングは知っていた』を読みました。

ユングは知っていた―UFO・宇宙人・シンクロニシティの真相

ユングは知っていた―UFO・宇宙人・シンクロニシティの真相

  • 作者: コンノ ケンイチ
  • 出版社/メーカー: 徳間書店
  • 発売日: 1998/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 書評は少し遅れます。

 追記をお待ちください。

 

 追記・感想

 書評として上手く纏められるか、自信がありません。
 本編とは認識が合致していない場合もありますので、詳しくは本編をお読みください。
 
 心に思い描いたことが現実化する。偶然同時期に遠隔地で同じことを思い浮かべている。それが、シンクロニシティー。(共時性)
 同時性としなかったのは、思念の呼応や一致が、現在の人と過去の人の時刻でも起こる。そして、未来と現在でも起こるかららしい。

 聖書の預言が社会主義の崩壊、全世界の資本主義化であり、世界の終末もロシアの失われた数多くの核兵器がテロリストの手に渡っている懸念がある今、起こる可能性がある、と仰有っていました。

 あまりにも、広大無辺です。カテゴリーが多岐に亘っています。
 UFOは、人類滅亡を心配して来ているのだというお話など。

 私は浅薄なので、この本を読んで知ったこともありました。
 先日読んだ本にもありましたが、量子力学から、物理学は明らかに現代物理学に移行したのだという事。

 光が粒であるか波であるか、を正確に観測しようとすると、波であることを証明しようと観測者が観測すると、たちまち粒であるという様相しか光は示さなくなる。
 つまり、ミクロの世界の光子や素粒子には意志があるとしか考えられない事が起こるそうです。

 また、確率は、多数のランダムな卦を繰り返す内に安定してくるという、今まで信じられていた事実も、量子力学の世界では、サイコロを振る者の意志によって出る卦を変えられるという事でした。
 例えば、よく繰ったトランプの一番上のカードを開けて、出てくるカードがスペードのAである確率は53分の1ですが、裏返っているカードの数字は確かめようがなく、物質それ自体が意志を持っていて、貴方がカードを返すまでシャッフルが起こっているという論理です。そして、貴方がカードを開こうとした時に、その流動が止まる、というのです。それを、想念の力で操ることが出来る、と。

 原子レベルの世界では、そういう物質が意志を持っているとしか考えられないことが起こっていることが観測されているようです。

 空(くう)という理念。真言密教では、空間のことを差している、と著者は仰有います。空とは、何もないという意味ではなく、真空のことだそうです。
 そして、真空とは宇宙空間そのものですが、今の科学では分かっていないけれども、真空だからといって何もない筈はない。人間が知らない何かが詰まっているのだと。アインシュタインなどは、それをエーテルと名付けて突き止めようとしたようですが。

 私たちが、確かな手応えを以て物質を確かめよう、或いは真実を突き止めようとするけれども、そもそも私たちの身体からして、隙間だらけのスカスカなのだと。原子は原子核と電子で出来ています。原子核の周りを飛び回る電子。両者の間には、もの凄く広い隙間がある訳です。

 私たちの脳は、過去、何者かによって、潜在能力を封印されている。太古にはテレパシーなどを自分で調節しながら使うことが出来た、という論説。まあ、著者は人類の先祖は異星人だと仰有る訳ですが。

 個人個人の脳が、宇宙そのものだと仰有る。

 結局、書評としては纏まりませんでした。
 どこまでの事、どれがユングの意見なのかを上手く分けて紹介することができません。

 ともかく、想念には凄い力がある、という事だけは分かりました。



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『人は何によって生きているか』読了(追記あり) [最近、読んだ本]

 トルストイ民話集、小沼文彦さん訳の、『人は何によって生きているか』を読みました。

人は何によって生きているか―トルストイ民話集

人は何によって生きているか―トルストイ民話集

  • 作者: トルストイ
  • 出版社/メーカー: 女子パウロ会
  • 発売日: 1995/09
  • メディア: 単行本

 

 例によって、感想は少し遅れて追記で書きますので、しばらくお待ちください。

 追記・感想

 ネタバレを含む書き方になりますが、まず、同名短編『人は何によって生きているか』から。
 神の命令に背いた堕天使に、神から命題が与えられていた。その命題(ちょっと命題という言葉が的確ではないかもですが)は三つあって、その内の一つが、「人は何によって生きているか」を知ることだったのです。

 結論から言いますと、人は神の霊(息吹)によって生かされている、ということです。
 私が通ったキリスト教の新興宗教の教えでも、人は、キリスト教の信者であるかどうかには関係なく、神(キリスト)の霊を受けて生きている、と聞きました。

 堕天使(この時点では堕天使ではなく天使だが、便宜上、「堕天使」と統一して書きます)は、神から人の命を召す(命を終わらせる。つまり天に帰させる)使命もあるようです。
 しかし、身寄りが自分しかない双子を出産した女の懇願に負けて、その女の命を召すことを躊躇って助けてやりました。
 天に帰ると天使は、「それでも、もう一度、女の魂をとってくるように」と神からの命令を受けます。堕天使は今度は女の魂を身体から抜き、それを持って天に戻るときに、強風に遭い、地上に人間の姿で裸で取り残されるのです。
 靴職人が彼を助けるのです。

 堕天使は、人間として生きて、靴職人としても一人前になってゆくのです。

 その途中で、神からの命題の答えに、三度、遭遇します。

 全編、それぞれの短編が寓話でした。
 あとがきにもありましたが、小説で教導的・道徳的な作品であるところが鼻について、好きになれないと仰有る向きもあるようですが、それが、トルストイの作品の一番の特徴であり醍醐味であるとも言えます。

 マタイによる福音書の山上の垂訓の、五つの教えを、護ることが彼の生き方でした。 すなわち、「怒ってはならない」「姦淫してはならない」「誓ってはならない」「悪をもって悪に抗してはならない」「いかなる人の敵ともなってはならない」という教えです。これは、簡単に実践できるものではありません。
 トルストイ自身も退廃的になって酒や女や賭博に浸かったこともあり、そういう生活を反省して、軍隊に入隊して前線で活躍するなど、波乱に富んだ人生で、生涯一環して山上の垂訓を実践できた訳ではないようです。

 全編、分かりやすい文体です。
『人間には多くの土地が入用か』なども、多くのものを持とうとする為に、結局、自分の命を犠牲にしてしまっては意味がない、という、聖書の教える処をテーマにしています。
 小作農民が搾取されて、働いても潤わない状況に追いやられていた、という当時のロシアの時代背景も作品に投影されているようです。

 現実性を追いかける文学とは、また違いますが(全ての作品が寓話である)、唸らせるものがあります。人間社会を俯瞰して見て、実は、作者の言う通りだ、と共感し純粋に泣ける処もあります。トルストイの他の作品も読んでみたいと思いました。
『アンナ・カレーニナ』や『戦争と平和』は、長いですが……。

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純粋と純情は違う。 [ラフに語る、つれづれ記]

 最近、石川ひとみさんと、松任谷由実さんの(勿論、オリジナルは松任谷さんですが)『まちぶせ』を聴いているのです。

 貴方が他の人に振られたからといって、すぐに言い寄ったりしない。と歌詞にありますが、これはプライドを持った心です。

 純粋な気持ちは伝わってきますが、男の人の前で素直になれない、ことによって、結局は遠回りをしてしまう生き方です。

 純情な人は、他人にどう自分が映るかなど関係ありません。

 一番伝えたいことをダイレクトに相手に伝えます。

 純粋と純情が同じように扱われますが、純情な心&態度は、率直にダイレクトに相手に伝わるように行動することです。

 大事な恋愛、逃していませんか。

 自分が周りにどう言われるかを気にして……。

 自分の想いをダイレクトに伝えると相手もダイレクトに答えてくれます。

 たとえ、「つき合いたくない」という答えでも、きちんと相手から答えを得ることができます。

 度胸を持てない男性と、世間体のなかで格好をつけたがる女性が増えました。

 その事によって、折角、実る筈の恋が、流れてしまうのです。

 例えば、「貴方(貴女)のことが好きです」と、簡単に言えるでしょうか。

 男は、どうしても、この人と結ばれたいと思えば、恥をかいてでも告白します。

 また、そういう風にしなくても、上手くデートに誘ったりしてやる方法はあります。

 多数の他の人の目のない場面をつくって、その時に愛を告白するのです。

 でも、人目がある処でも、思い切って告白してきた相手を、貴方は、どう思うでしょう。

 人前で恥ずかしいのに決まっているのに、自分に告白してくれたのです。

 やっぱり、格好をつけて、気持ちがあるのにないふりをするでしょうか。

(何だよ、こいつ人前で余分なこと言いやがって)「この人、可笑しいですよ」

 と、人前では相手を嗤ったものの、それだけ純情に自分に告白してきた相手を

愛おしい、いじらしい、とは思わないでしょうか。

 たとえ、自分のタイプと違っていたとしても、相手に誠意をもって返事をすべきだと

思わないでしょうか。

 こういうことが、今の世の中に忘れられた大事なことだと思うのです。

 女性から男性へも同じです。

 重要なことなのです。

 だって、貴方の将来が変わってしまうではありませんか。

 他人が茶化すのは一時的なことです。

 思い切って告白する人こそ、純情な人なのです。

 必ず、相手から答えは得られます。

 また、お会いしましょう。


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こんなサイトがありました! [ラフに語る、つれづれ記]

 現代人は、鬱屈を抱えている。

 仕事でも評価されないし、おまけに不況でリストラなんて憂き目にも遭う。

 そんな時に、今から紹介するサイトに行くのも、一つの解決ではないかと思う。

 他人を褒めるということは、なかなかない。

 その人の事を認めていても、日本人は、言葉にしてまで他人を褒めない。

 しかも、自分の状況が良くないと、なかなか他人を褒める気持ちにもならないというもの。

 このサイトでは、名前と性別と職業を入れると、的確に本人を褒めてくれる。

 気持ちが良い方向に向かうのではないでしょうか。

 貴方も、一度、お試しください。

 ほめられサロン→ http://kakula.jp/homeSalon/


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