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『三十三年図書館』1 [自作原稿抜粋]

 妻は、自殺した。

 自殺の原因は、今も判らない。

 妻が死んでから僕は、毎晩大酒を飲んでいた。

 仕事が終わるとファミリーマートというコンビニに行き、缶ビール二本とウィスキーの

ポケット壜と乾き物を買って家に帰った。

 コンピュータのメディアプレーヤーで甲斐バンドの古い曲をかけながら、毎晩がんがん

に飲むのだった。『離鐘の音』という曲を聴いて涙を流すのだった。

 年は越したが、本当は、越すつもりではなかった。

 年末の休暇に入ってから、僕はケイタイで2ショットダイヤルにつなぎまくった。

 僕の給料で支払えないというボーダーラインを越えて後払いで長い時間、サクラである

事は充分に分かっている伯母さんたちに声を出してもらい、僕は疑似セックスをして用を

足した。

 有希子が居ないのだから、もはや僕には生きている意味はなかった。

 僕は妻の洋服を抱き、泣くのだった。

 晦日の夜も新年の初出勤のまえの日の夜も、僕は、柿の木山公園の展望台に行き、結ん

で三倍の長さを輪にした綴り紐に吊らさがろうとした。

 だけど結局、死ねなかった。

 三月になって、そういう会社から何度もケイタイに電話が入るようになり、その度に着

信拒否設定にしていたが、ついにショートメールでも強迫めいた催促が入るようになり、

僕は仕事に身が入らなくなった。

 新しい番号で取引先が電話してきたりすると、僕は早とちりをして着信拒否設定にして

しまったりもするようになった。

 僕はぎりぎりの精神状態になって、事務所に仕事関連の物を全て置いて中江市から逃げ

た。

 こういう事にならないようにするにはどうすればいいのか、僕は重々知っていた。

 死ねなかった僕は社会人として在るまじき行動をとってしまったのだった。

 隠れるように家に戻った僕は、結婚の為に諦めていた小説を書くということを再び始め

た。

 退職から三ヶ月目に自費系出版社にそれまでの原稿を三部渡し、半年後の改訂稿で一作

の出版が決まった。

 そして、契約の段取りがととのったのはその年の師走だった。

 三十三年図書館。

 これは近所に有る図書館の名前なのだ。本当は中江市図書館というのだが、僕は勝手に

三十三年図書館と呼んでいた。僕の心の中だけで。

 昼間から来ている男の人は、変な人なんだろうと思っていた。だからここへ来ても誰と

も話さなかった。

 でもその日、僕は、赤の他人に自分から声をかけた。

 出版が決まったことを自慢したかったのである。

 入り口の脇に円柱形の灰皿があり、僕と彼は雨が降っていたので仕方なくそこで煙草を

喫った。

 ぎょろっとした目つきが、軽い挨拶をも受けつけない雰囲気をつくっている男だった。

「寒いですね」

「ああ、大分、寒なったな」

「今日は、お仕事は?」

 相手は斜に上目づかいに一瞥してすぐ目を伏せ、そして言った。

「今日は、木曜日やな」

「そうですけど」

(ああ、こいつ。逆に質問して自分の事は隠すつもりだな)

 僕はそう思ったが追求は止めた。

「まだ四時やん、休日でもないし」

「そうです。平日ですね」

「皆、仕事行っとる時間やでー。仕事は何しとっての?」

「いやー、失業中なんですよ」

「そうか、そら大変やな」

 お宅は何しとっての、と訊いてやりたかったがべつに徹える状況ではない。

「家に居ったら暇やろ。職安行っきょるか?」

 こいつは、阿呆だ、と僕は思った。

 三ヶ月も前からこいつの顔は見かけているのだ。平日の図書館で。

「小説書いてるんですよ」

「え? 小説書いてんの? ほいでも、そいではなかなか喰えんやろ」

 こいつは、イカれている。

 就職も焦らずに平日、図書館に来ているだけのお前と、実現可能なまでに計算して小説

を書きつづけてきた僕を比べるまでもない。

「実は、出版が決まったんですよ」

「えー、本出るんかいなー!?」

 浅黒い肌の三十代か四十代の男はついに自分が負けていることを知った。

 口が半開きのままになっている。

 僕はその男とときどき話すようになった。

 相手は相変わらず、自分が何の仕事をしているかという社会的立場を言わなかった。

「うん、ちょっとな、それはまた言うわ」

 名前を中泉勇二と言った。


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山雨 乃兎

>makimakiさん
>ビター・スイートさん
ナイスを有り難うございます。(^。^)
by 山雨 乃兎 (2014-05-22 00:47) 

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