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短編小説『ブラウス』 [自作原稿抜粋]

 尾上病院に行って二時間半待った。

 例の看護婦が、「ごめんねェ」と気を遣ってくれた。

 それくらいのことで嬉しいのである。

 つまりは、普段いかに殺伐としたコミュニケーションしかない生活であるかが窺える。

魔羅が勃つ。それ位で。安い話しだ。

 今日か昨日かまぢかで女の白いブラウスを見て、それが適度に重ね縫いがしてあって女

の躯も肉質が硬めで嵩もあって非常に瞬時うっとりしたのだが、相手が誰だったのかが思

いだせない。

 白いブラウスというのは、明らかにおれに対して「好きよ」という信号を送っている証

拠なのだが。

 ホームページに自作小説を載せている。勿論、賞に一度は投稿して落選したものを載せ

ているのだが、おれの作品には情交を刺激する官能の場面が多い。しかも、出てくる魅力

的な女には白いブラウスを着せている。

 いずれにせよ、女性のファッションのラインナップがよく分からないから白いブラウス

が出てくるのだが、おれとまぢかに接近してその女が白いブラウスを着ていたとなれば、

女の方がおれにサインを送っていたと考えるのが妥当だろう。写真を掲げて住所まで明記

しているのだから。

 そこで今日の行動を朝から順に思いだしていったのだが、誰と会ったかを特に思いだし

てみたのだが、該当する女が思いだせない。

 看護婦のことは好きだが、彼女は制服を着ていたはずである。

 おおよそ、あれではないのかという結論に辿りついたのだ。

 病院の事務職員である。

 そう云えばたしかに小顔で肌の色の透きとおるように白い美人の事務職員とはすれちが

った。

 しかし、躯の方にはそんなに魅力を感じなかった筈だ。

 居た居た。

 背の高い事務職員である。

 精神科のまえが整形外科外来で、いつもそこに出たりはいったりするかなり背の高い事

務職員だ。

 あれじゃあ折角だけど嫁のもらい手に困るだろうなァというはなはだ相手に対して失礼

なことを頭のなかで考えていた。おれとだったらカップルとしてバランスがとれるだろう

なァという自身の背丈に対する自負で勝手に一緒に歩いている様を想像したりもしてい

た。

 顔は美人だし胸の膨らみも充分である。腰の横への張りだしも充分で一般から見て惜し

いのは背丈だけである。

 よしよし、おれが一緒になってやる、などと身勝手な妄想を抱きながら見たその事務職

員の制服が、上がブラウスだったのである。

 前は膨らみで押しあげられて、反対に胴や背中はまっすぐにシャープで、ぱつんぱつん

に白いブラウスが活きていた。生地のかさなる縫いあわせのデザインが心地よい縦縞のリ

ズムになっていた。

 しかし待てよ。

 おれは、あの事務職員とはまぢかには接近してない。

 いずれにしろ下心を持って恣意的に接近などしないから偶然の接近だったのだろうが、

それは無かった訳だ。

 と考えると、記憶がつくられたということである。

 固肥りの色っぽい看護婦が待ち客のあいだを身をよじっておれの前をとおった姿に、事

務職員の白いブラウスが合成されてしまったという訳だ。

 昔、第三者のことで腹が立っていると感情を込めて酒の席などで話していたら、自分が

怒られているのと錯覚して大声で絡んできた男があった。

 人間の心とは曖昧なものであると痛感した。

 と、ここまで考えて突然ひらめきが起こった。

 よく行くスーパーの娘だったのである。

 他の店員一人と世間話もする間柄になり、おれが相手が既婚であることを知って残念が

ったとき、彼女は独身のメンバーを手で示して言ってくれた。

 その中の一人が、その日にかぎって白いブラウスを着ていたのだった。

 その日はいつもと少し化粧を変え、白いブラウスを着ていた。

 思われているのは嬉しい。

 おれは娘を思いだしながら、その店で買ったウィスキーの最後の一杯を飲んだ。

 独身ならどうにでもなる。

 始めから美しい女は居ない。男に抱かれるから身が火照って美しくなってゆくのだ。他

人の妻が美人に見えるのも実はそういう事情からである。

 問題はおれの経済力だ。

 精神障害があって働けない投稿生活者では纏まる話しも纏まらないだろう。

 恋愛で留め置くなら可能だ。

 さて、明日はどんな顔してあの店に行こうか。

 おれの人生に、また色がつきはじめた。

 

「今は、そういう売り方ではなくなったからねェ」

 佐藤時計店の店主がおれにそう言う。

 昼からスーパーへ酒を買いに行くとき、頭上で佐藤時計店の宣伝用セスナが、店の名を

連呼していた。

 物が売れなくなった。

 ミシンの月掛け販売のセールスマンをしていた頃には、説明をするだけで「加入する」

と飛びついた客も居たものだ。

「あれで、一時間で十万円」

 佐藤時計店の店主が宣伝用ヘリの費用を言う。

「そいでも、エエ時計買うたったがねェ」

 おれのロードマチックを見ながら店主はそう言う。

 文字盤の汚れについて、拭えないだろうかと店主に訊くと、

「ああ、それは無理。何しろ時間が経ってこうなっとんねんやから。いわゆる、……」

「経年劣化ですか」

「そうそう。また、それが古いもんの……」

「味わい、いう事ですねェ」

 セイコー・ロードマチックは三十年間デッドストックとして寝かされて、はじめておれ

の処に来た。

 

 理容トモフジにはいる。

「何かエエこと有ったん? 目つきが違うでェ」

 同級生の友藤がにやけながらおれにそう訊く。

「別に、何もないで。相変わらずや」

 古川が来ていたらしい。

 印刷所を辞めてからマルチ商法などをやったり中古商品をフリーマーケットで売ったり

している古川だが、彼も景気がよさそうではない。

「そう云えば、時計が何たらいうて電話してきとったなァ」

 と、おれが話題をふる。

「ああ、腕時計のストックをオークションで売ってほしいいうことやろ」

「どうせ、それ、手数料の取り分で揉める。せやけど、あいつの電話は何が言いたいのか

伝わらん」

 友藤は座敷犬の毛を梳く。

「アイツも最近、ようけ仕入れしたから、それが捌けんで金に困っとるんやろ」

 と、友藤が古川のことを言う。

「子分がぜんぜん売れへんからなァ。おれも含めて」

 マルチのランクが上がるからということで、金の負担なしならばと会員になってやった。

 最近、子分の会員を友藤も含めて四人ほど増やした古川は、そのエントリー料を自身で

被ってしまっているという恰好だ。

「俺も、何か、副業ないかなァ」

 理髪店というのも、時間が短くて粗い散髪をする協会にはいってないタイプの店に客

が相当ながれた。

「ブログが金になんねやったらエエのになァ」

 と友藤は言う。

 友藤はおれのブログを読んでくれている。

「いやー、金にはする方法はあんねんで。アフィリエイトとか広告記事とかよ。せやけど、

そこを上手いことようやらんのが僕の情けないとこやがな」

 おれは煙草をひと息すう。

「アメリカではブログの収入だけで四十二万人が生活しとんねんて」

「へーえ、どうやって金にすんねやろ」

「向こうは広告記事の単価が高いんちゃうか」

 煙草が値上がりしたので、その分、何かで入りを得るしかない。

 友藤の方は煙草を一日に八本まで減らした。

 おれにはそれが出来ない。

 

 家に帰ってきてメールボックスを開くと、ブログ構築を教えてほしいとのメールが一件

あった。

 さて、そろそろ仕事になりかけるか。相手の名前と電話番号をメモって居間の電話の受

話器を上げた。

 十二月四日、晴れ。

 スーパーの女の白いブラウスを思いだしていた。

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