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短編小説『雪は降らなくて』 [自作原稿抜粋]

 冬は頭がいたい。

 雪は降らなくなったけれど外は湿った冷たい空気が垂れこんでいる。家にもどるとスト

ーブを焚くので頭がいたい。

 そう、おれは晴れた日ほど頭がいたい。

 神社のある坂をおりて書家の家にいった。

 その帰り、松本清美に出逢った。

 昔の面影そのままだった。

「久しぶり、憶えてないですか。僕、小学校時代同級生だった室井ですけど」

 清美はおれの背景の家の壁をみておれには目を合わせずに言った。

「さあ、知らんなァ」

 その声にすべての人生がふくまれていると咄嗟に思った。

 小学生時代、あれだけ神童と謳われ意見をよく発表して目立っていたおれを、憶えてい

ない訳がない。最低でも二年間も同じクラスだったのだから。

 それ以上くいさがることは止めて急な勾配の車道、トンネルのある車道を登った。

 松本清美もおれとおない年だからすでに四十一。生活疲れのない顔をしていた。

 そして清美の小学校時代に住んでいたのもこの地区。老けていないが多幸感のないくす

んだ表情をしていた。

 しかし、おかっぱの面影はあの時代のままだった。

 一度も結婚できなかったか。

 ひと昔まえなら女の三十五すぎの独身など聞かない話しだった。結婚できない情けない

男が増えて、それが噂になって渦をまいていたが。

 おれが予見したとおり、女の往きおくれも増えた。

 おれも人のことをとやかく嗤える身ではない。有希子との縁がなければ、相手がアプロ

ーチしてこなければ、婚歴はなかったかも知れない。

 松本よ、昔のように話しかけてほしかったのだ。不幸な現況を知られたくないと思って

いるのは、おれも同じなのだ。

 チェロ弾きの長沢愛子が昔いった。

「結婚は縁のモンですから」

 この女、すでに諦めているな、とおれは思った。

「ひと目みて、気に入りました」

 二回目に会ったとき、長沢愛子はそう言った。

 恋愛が下手だなァ。

 早い段階から告白してはいけない。

 しかも、男の上に立ったものの言い方では、男は醒めてしまう。

 この世に、男と女の縁などはない。欲しければ欲しいと言い、欲しければ半ば強引にで

も唇を奪う。

 それをしないから相手が出来ない。女からでも誘ってもよいのだ。

 書家は一家言をぶちまわした。

「君の書くモンなど、読まんでも大体わかる。ワシらとは世代が違うねや。ワシは書家や

けど、読むいうたら大江健三郎とか五木寛之とかの。君らには分からんやろう」

 おれはすでに大江健三郎の『万延元年のフットボール』を読んでいた。五木寛之も十作

は読んでいた。

 しかし、その場でぐっと怺えた。

 装丁のお願いは切りだせなかった。

 自宅に帰ってからホーム炬燵をこなごなにした。

 どいつもこいつも偉ぶる。

 四十すぎると知識をひけらかすようになるようだ。

 五十すぎると地位を自慢したがる。

 六十すぎると値踏みした相手には無視を決めこむ。

 出版は果たしたがまったく売れなかった。

 あれから五年経つ。

 書家は健在だ。

 おれは神経の具合がさらにわるくなり、働けないまま農業の真似事をやっている。

 散髪屋の娘、おれの同級生も未だに独身だ。家で占いをやっていると聞いたが診てもら

う金もない。

 誰かが誰かに話しかけなければ。今より若いときは二度とないのだから。

 世間の、人並みの暮らしになってなくともよい。松本清美にしろおれから見ると充分に

魅力がある。

 堀内孝雄の歌にある。

「何にもなかった、あの日のように……」

 否、むしろ有ってもよいのだ。

 過去があったらやり直せないなどと、自分で決めているだけなのだ。

 人間は複合的人格になってこそ太い。おれはそう思う。

 格好よく。そんなものは、挫折を知らない人間の幻想だ。

 ネットをつかっての物販をはじめることにした。

 敷居のたかい手続を踏んだ。

 商品を仕入れたので、今日は金がない。

 酒を我慢した。

 原稿を書く。

 いつまで経っても仕事にはならない書き物。

 病気、貧乏、不倫が文学者になる為の要素だと誰かが云っていたと林真理子さんが講演

で話された。

 治らない頭痛。

 神が誘導されたのかも知れない。

 二千シーシーの車に乗って人足のようなしんどい仕事をして不義の情交をかわし、二枚

のクレジットカードを使って贅沢三昧をした。有希子と結婚してからも、派手に飲み、荒

淫にふけり、仕事が終わるとただ酒を飲んで眠った。ルーティーンだった。

 あれでは本気でプロを目指すことなどなかっただろう。

 しかし、その為に一番大事な者が召された。

 何故死んだ。

 分からない。

 もう考えるのは止めた。

 好きな煙草を絶って神経がおかしくなるほど気を詰めて祈りつづければ、妻を蘇らすこ

とはできるのだ。

 しかし、煙草がやめられない。

 そんな簡単なことが出来ない。

 もういい。

 止めた。

 新しい道をゆけばよい。

 ドラム以外、何をしても二年、四年でやめてしまう。

 小説創作は一作目を脱稿してから今年で丸十年。

 キリストとの繋がりは四十一年になる。

 人との係わりは極少にした。

 しかし、そうすればする程、また誰かと係わるようになった。

 人にくっつかれる。

 おれのなかに暖かいものがあるのだろうか。

 行き場を失った信仰。キリストの子として出られる場がない。だから神と遠い。そんな

おれに暖かいものなど宿っているだろうか。

 閉塞した情況を、助けてください、と独り祈りつづけて、はや百日。

 そろそろ祈りが聴かれる段階になる。

 ーーー主は、あなたの全ての不義を赦しーーー

 同級生に逢いたい。自分の情況がよくなくても逢いたい。みんなに、どんな人生があっ

たのだろう。神童だった室井は、今、どん底です。今年の冬は雪は降らなくて、湿った風

が滞る冷蔵庫のなかに容れられた冬です。

 一ヶ月経って少しだけ物販で利益を得た。

 散髪屋のまえの占いの看板の屋号を車でとおりすぎながら憶えてインターネットで検索

して電話をかけた。

 今からでもいいと言うので原付で散髪屋に行った。

「室井くん?」

「憶えてるか」

「憶えてる憶えてる。忘れる訳ないやん。頭がエエいうて有名やったからなァ」

 白い粉を噴いたような肌をしていた。

 昔からこの娘は病弱だった。

 陽の光のまったくはいらない部屋だった。 蛍光灯の明かりだけで繰る様をみた。

 タロットカードはB6判くらいの大きいものだった。

 途中でおれが繰った。

 四枚ならべられてその上の位置に一枚裏にして置き、次の一枚は表にして重ね最後に一

枚裏にして重ねた。

 裏がえったカードをひっくり返して横にならべた。死神のカードがなかったことだけは

分かった。

「室井くん、大きな病気した?」

「室井くん、誰か大事な人、亡くなった?」

 由良淑子はおれが肝臓がわるいことまで言い当てた。

「これからどうなる?」

 一番訊きたいことだった。

「分からへん」

「え?」

「先のことは誰にもわからへん」

「おい、何の為の占いや」

「カードはええでェ。達成の卦が出とるけどなァ」

「ホナら賞とれんのか」

「新人賞か」

「何で知っとんの」

「フフフ」

「で、どうなんの」

「それは分からへん」

 おれと淑子の間に暖かいものが宿った。

 笑いが込みあげてきた。

「私と一緒になったら運気あがんでェ」

「下手くそ、それではあかんわ」

 おれは金を払い、小一時間ほどお茶を飲んで淑子と喋った。

 あの時代に戻ったようだった。

「帰りは散髪もしていってなァ」

「もう、往生するわ」

 中江市の冬は、もうすぐ終わろうとしていた。

 おれは角刈りにした。

 冷風が頭に沁みた。

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