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短編小説『篠沢有希子さまへ』 [自作原稿抜粋]

前略

突然の手紙をお赦しください。

貴女に隠していたことがあります。

それを、お話しして良いものなのか、私は大分悩みました。

また、それをお話しすることによって、或いは貴女が私の許から去ってゆくのではないか

と思い、私は逡巡を繰りかえしました。

 

貴女のような器量のよい方が、私に好意をもってくださって、私はどんなに心の底から喜

んだか知れません。

とりあえず、大事な告白をする前に、私の人生について少し語らせて下さい。

 

私は貴女もご存知のように、中江市に生まれました。

幼少の頃は学業の出来もよく、地域では神童と呼ばれておりました。

中学に行きましても、相変わらず勉学が出来、末は教授か弁護士になろうと自身でも考え

ておりました。

 

家はあまり裕福ではなかったのですが、父が、持っている田畑を売って私の進学費用を用

立ててくれました。

 

しかし折角かよった大学でしたが、或ることがあって中退せざるを得ませんでした。

大学生活で、リツさんという恋人もできて順風満帆でしたのに……。

 

学舎は神奈川にありました。

今でも湘南の海を観ますと、あの穏やかだった時代を思いかえします。

 

二十四歳になって個人商店のようなことを始めました。

 

私が扱っていたのは酒です。

学生時代の友人に九州の造り酒屋の子がいて、それと連絡をとりあって九州から東京のカ

フェまで闇酒をトラックで運んでは大きな利益を得ていました。

 

もう、お気づきになったでしょうか。

 

そうです。私は戦前から生きているのです。

 

戦争直後は友人の造り酒屋でもマトモな酒がつくれないという情況でした。

原料となる米が不足していたのですから。

ですから智恵をはたらかせて米軍から仕入れたメチルなどを大量に混ぜてつくりました。

当時は、そんな物でも皆のんだのです。

 

私は陸軍に召集されまして、戦後、満州から命からがら身ひとつで本土に戻ってきました。

 

中江市は空襲の被害はありませんでしたが、家に残ったのは母と四つ下の妹だけです。

 

私には兄が居ましたが、南方戦線に出て行方知れずとなってしまいました。

父は戦中に発狂し、自宅の床の間で日本刀で頸を斬って死んだらしいです。

 

母や妹を食べさせる為には闇の仕事でもしなければならなかったのです。

 

私は、戦争によって人生を狂わされたとは考えておりません。

日本はアメリカに貿易を絶たれていました。

そして、あの時代は国の威信を武力で表す時代だったのです。

それは何も日本だけのことではありませんでした。

 

私は今でも昭和天皇を崇拝しております。

しかし、陛下も私より先にお亡くなりになってしまいました。

 

仕事で東京へ行った折、神奈川のリツさんのお宅へも足をのばしてみましたが、焼け野原

となり、誰に訊いても消息は分かりませんでした。

三つ編みの似合う、笑うと片方にだけえくぼの出来る可愛い娘でしたが。

 

あれから……、戦争が終わってからだけでも六十五年たちます。

 

そうです。

私は老けないのです。

 

今の私は八十九歳です。

母も妹も他界してしまいました。

私自身、一度、身を堅めましたが、その妻も去年亡くなりました。

 

私にもよく分からないのです。

 

どうして私だけが老けないのか。

 

私自身、自分を客観視してみても、やはり二十代後半か三十代前半のような面立ちです。

 

このことは、私を苦しめています。

だって、自分の同輩は皆、亡くなってしまったのですから。

 

身体の方は、健康診断でも三十代の血管の若さと医者に言われました。

勿論、性欲も充分にあります。

 

六十すぎから国民年金が支給されることになっていましたが、先々受給期間が長くなりす

ぎる可能性を考えると、国に申し訳なくて辞退しました。

今は、若いときからの経験を活かして、貴女もご存知のとおり古物商をしています。

 

私は大学教授には成れませんでしたが、学問は今でも好きです。

 

古物商という仕事柄、買いつけに行く以外は店番だけの割と融通の利く時間がありますの

で哲学書を読んだり、自ら小説を書いたりなどしています。

 

そうそう、貴女と行った『日信堂』というパンクロックのコンサート、あれは私には強烈

すぎましたが、ああいう新しい時代の音楽が生で聴けるのも、私が老けないからだと言え

ます。

そういう点では老けないということは、永く人生を満喫できてよいことなのですが、何よ

りも幼なじみや同輩に、なかなか再会できないというのは辛いことです。

 

それに、初対面の二周り以上歳が下というような相手に、いきなり横柄な口の利き方をさ

れるという辛さもございます。

 

もし、貴女と一緒になることになったら、車をもう一台買いますね。

あんな仕事用を兼ねたワゴンは、貴女とのドライブには似合いません。

 

ミッション式のオープンカーにしましょうか。

運転は大丈夫ですよ。

何しろ、運転歴七十年以上のベテランドライバーですから。

 

貴女をはじめて見たとき、リツさんがこの世に戻ってきたのかと思いました。

こんな言い方をすると貴女に失礼かも知れませんが、貴女はリツさんにそっくりです。

私の青春時代が戻ってきたようで、リツさんの生きうつしのような貴女の傍にいるだけで、

私の心臓は拍を狂わせます。

 

私は、貴女が好きです。

 

幸い、私には子はおりません。

しかし、心配なのは、先妻のときと同じように、いづれ貴女の方が私を追い越して老けて

ゆくという事なのです。

 

今は、貴女は二十四歳ですが、四十歳あたりから見た目ではあべこべになってしまうでし

ょう。

 

長い手紙になってしまいました。

 

もし、貴女がこのことを知った上でも私と所帯を持ちたいと願われるならば、喜んでお受

けします。

 

お返事はメールでも構いません。

私の店のホームページにメールフォームもありますので。

お待ちしております。

 

                  草々

 

我が愛する有希子さまへ、

 

 二〇一〇年八月十五日

 

               室井清造

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コメント 1

山雨 乃兎

>凉月さん
ナイスを有り難うございます。(^。^)

>ビター・スイートさん
ナイスを有り難うございます。(^。^)
by 山雨 乃兎 (2011-07-27 20:31) 

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