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短編小説『室井に会いたくなって』 [自作原稿抜粋]

 室井に会いたくなって電話してみたが、何度かけても留守電だった。

 仕方なく突然訪問した。

 チャイムを押したらややあってぼさぼさ頭ででてきた。

 顔は引きしまっているが躯はぼてぼて。

 頭が痛そうで瞼が片方さがっていた。

 それが室井だった。

 

「佐伯か」

 すぐにおれを思いだしたようだった。

 二十年会っていない。

 おれは地元から逃げて隠れる暮らしをしていた。

 仕事は何をしている、と、お互い訊きあった。

 おれはついに母親が寝込んだので介護のために戻ってきたばかりで無職だと、室井は古

物商をしていると言った。

 店舗なしで自宅を倉庫がわりにしてネットと電話で客とやりとりして商品を売っている

らしい。

 

「汚いけど、上がるか」

 

 奥の奥へとおされた。

 奥の間は六畳二間だった。

 布団が敷きっぱなしの室のさらに奥が室井の自室だった。

 ごちゃごちゃしていた。

 本棚が六つもあって全集やらが詰まっている。

 やたらA4の紙が多い。

 文机の上にうずたかく積まれている。

 ホーム炬燵の上に腕時計があった。

 おれはそれを観て強烈に欲しくなった。

「室井、済まんが、これ、おれに売ってくれ」

 室井は唇を閉じたままにんまりとしてインスタントコーヒーをセッティングしかけてい

る。

「それはアカンよ。おれのだから。でも、時計ならそこにある」

 そう言って室井が目で合図した方を向くと、黒い机の上に三つの箱とよく磨かれた金色

や銀色のアナログの腕時計が四つもならんでいた。

「おい、凄いなァ」

「売り物だけど、お前に売ってもいいよ」

 ブランド物ではなさそうなのだが、どれも品のよい時計だった。

 おれは品物が多くて迷いかけたので、先にコーヒーを飲むことにした。

「佐伯は、そんなに時計すきだったかな」

 前の公園の緑が見えて昼の光がはいって心地よい。

「いや、そうでもないけど、今何でもあるから、どっちかちゅうと欲しいものなんかなか

ったんやけど……。そうやな、おれが高校の頃から興味もってたゆうたら、時計よりはオ

ーディオやな」

「そこ、ターンテーブル『DP-47F』」

 目で示された方を見てぎょっとした。

 こんな目の前にあるのに、どうして気づかなかったのだろう。

 今では生産終了の幻の名機『DP-47F』。

 おちつかなくなってきた。

 売り物なんだろうか。

 内心で溜め息をつきながら上を見上げると裸婦の絵。

 

 室井は昔から風変わりな目立つ奴だった。

 学業が出来たことでも充分目立っていたが、小四のときに自主的に『壁新聞』なるもの

を企画したのには瞠目した。

 中学ではブラスバンド部の部長まで務めた。

 華のある男だった。

 高校の事故で室井の人生は狂ってしまった。

 それでもこうして室井が二本の足で立っていることが、おれは嬉しい。

 不運を絵に描いたような男だ。

 甲斐バンドの『らせん階段』のように。

 

「絵にも興味ある?」

 

「否、やっぱり女は生身が一番」

 そうは言ったものの、見れば見るほど清楚で上品で若い裸婦。これがあればアダルト動

画さえ必要ないかも知れない。しかし、それを悟られるのは悔しい。

「実はな、ずっと小説家を目指してきたんやけど、形にならんで。病気のこともあるし、

一人でできる収入源はないかァ思てオークション、はじめたのよ。それが一年前」

 それから室井自身も信じられないくらい、好い品が集まりだしたのだそうだ。

 今ではネットショップと知り合いにも売買していて月の粗利だけで二十二万になるとい

う。

「室井がしてる時計は欲しくなんなァ。昔から。……あれ何でなんやろなァ」

 不思議だ。

 こいつが嵌めているとCASIOの千円の時計でも高級品に見える。

「佐伯なァ、人間は愉しみを持っとらなアカンよ。愉しみがあるから辛いことでも辛抱で

きる」

「そうやなァ、おれ、最近、何にも興味がなくなってたよな気がする。嫁との暮らしにも

疲れたし、……」

 マンネリ化した結婚生活だ。

 別れることは出来ず地元まで連れて帰ってきた。

 問題はこれからだ。

 寝たきりになった母親の面倒を看ながら生業に就かなくてはならない。

 

「佐伯、おれと一緒に仕事すっか」

 

「ええ?」

「実は、おれ、もう一人と一緒に仕事してんねん。そいつは主に金貸しをやっとるけどな」

「ええ? 一寸待ってよ。高利貸し?」

「まあ、個人相手やけどな。恨まれる仕事でもせなしゃあない。そいつも病気もちで普通

の仕事はでけん奴やから」

 お互いの客情報をやりとりして、利益になりそうな客を早くつかまえる。そういう意味

の共同での仕事ということらしかった。

「佐伯は佐伯で、自分の顔の利く相手、おれらに言うてくれたらエエ。配送とか、取り立

てとか頼んだら、その分の手間賃は払う」

 通学帰りの小学生の声が聞こえてくる。

 盛りのついた猫が赤子のように泣いている。

「出社時間とかは有れへん。一週間に一回、酒のみながらミーティングするだけや。ここ

で」

「ここで?」

 すぐには就職は決まらないだろう。

 載ってみようか。

「スーツでのうてもええから、背広着てな。ブレザーとか」

 室井が二杯目のコーヒーを淹れてくれた。

 インスタントなのに、こいつが淹れると何て旨いんだろう。

「まだ有るでェ」

 室井はそう言って押し入れを開けた。

「し、真空管ベースアンプ!」

 驚嘆。

 室井のネットショップの名前をメモってそろそろおいとますることにした。

 おれは、どうしても悔いを残したくなかった。

 

 俺たちがバンドをやっていたのだから。

 そう、室井のあの事故までは。

 もう一度、幻に終わった二度目のステージに立ちたい。おれも室井もときどきそんなこ

とを話した。

 しかし、どちらかが「もう済んだことだ」と話しを塞いだ。

 或いはこの仕事をきっかけにして、室井とタッグが組めるのかも知れない。

 

 金さえあれば生活できる。

 そう思って地元から逃げた言い訳をしていたが、その生活は楽しくはなかった。

 千人にただ一人の男、室井純一。

 おれは、こいつから離れてはいけないのだ。

 こいつは、いつでも事態を何とかしてしまう。

 こいつの背骨には針金がはいっているのだろう。

 意味なく、坂から古タイヤを国道へ転がした。

 そんな危険なことが、室井となら出来た。

 

「済まん、室井。……この絵売ってくれ」

 

 室井はにんまりしながら額ごと柱から下ろしてきた。

「佐伯、金のないときに無理すんな。その、お前の嵌めてる時計と交換でええわ」

「ええけど、こんなん安いモンやでェ」

 風呂敷に包んでくれた絵をもって帰途を歩いた。

 室井はどうするつもりなのか。

 だって、あの時計は半年前、大阪のゲームセンターでアームで落とした時計だ。どう見

てもパッチ物だし。

 嫁におこられないようにどこに隠そうか等と考えながら歩いた。

 冬も終わろうとする暮れかかる時刻に、またしても猫の盛りの声が聞こえていた。

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