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短編小説『エクスプローラー』 [自作原稿抜粋]

 山下がおれの柿の種を食っている。

「これ、旨いわァ、室井」

 一件面接に行ってきたと言ってから自分の話しばかり長々とする。

 

 神経症のこともあってか忍耐がないこともあるのか、山下は仕事がつづかない。

 三月の今、正月から既に仕事先を三つ変わっている。

 

 おれには今、それどころでない問題があるのだ。

 

 おれのコンピューターのなかには秘密の文書がはいっている。

 それは『ヨハネの黙示録』をギリシャ語に一旦翻訳してさらに自身が造りだした暗号コ

ードと暗号表によって文字と数字を抽出して結果が判ってしまったこの地上の最後の日の

時刻と、姦淫の大罪の女として人々のまえで串刺しにして焼かれる女の住所と名前と、地

上天国として残される土地の緯度・経度の情報と、その時代に生き残った人々を救う指導

者の名を記した文書だ。

 暗号コードや暗号表は、大学のサークル時代につくったものだった。

 半年ほどまえに、英語の勉強をしなければと思いたち、とりあえず、一ヶ月かけて日本

聖書協会の口語の『ヨハネの黙示録』を翻訳した。

 それで納得したのだったが、何かが足りないような気がして、そう云えば新約聖書はギ

リシャ語が原典だったなと思い、邪魔くさかったので今度は自分で英訳した文章を、フリ

ーソフトの翻訳ソフトをつかってギリシャ語に翻訳したのだった。

 

 それで、少しの間そのことは忘れていつものように小説を書く日々を送っていたのだが、

或る日とてつもない厭な夢を見て、それが起きて一分ほど経つとまったくどういう内容だ

ったかは思いだせないのだが、前夜寝る直前に食べたチキンラーメンの消化途中のものを

大量に流しに嘔吐して目眩がしたので自室に戻ってすぐ本棚に寄っかかってしまって、そ

の時に偶然大学時代につくった暗号コードと暗号表のファイルが畳の上に落ちて、ちょっ

と、これでギリシャ語の『ヨハネの黙示録』を分解してみようと思いたって分解しかけた

のだが、すぐに鳥肌が立ってきて慌ててコンピューターのLANケーブルを引き抜いたの

だった。

 

 普通、こんな自分がつくったコードと表で文書を分解しても、意味を為さない文字列が

出てくるだけなのだが、とんでもないことに、アルファベット的にローマ字読みすると完

全な日本語になってそれは出てきた。

 

 おれは、自室の六畳二間に雨戸を閉めてインスタントラーメンとコロッケやら惣菜物を

冷蔵庫から出来るだけ持ってきて自室に内鍵をかけてLANケーブルを抜いたままぶっ通

しで十五時間かけて暗号表による分解をやった。

 

 最後の審判が間近に迫っているのだ。

 でも、今ここでそれを書く訳にはいかない。

 

 おれにも神経症がある。

 山下はドーパミンが突然大量に生産されて、物がはっきり見えすぎて気分がわるくなり

落ちつかなくなるという症状の神経衰弱だが、おれの方は、大勢の人のなかに長時間いる

と考想伝播という考え事がテレパシーとして人に伝わってしまうという統合失調症だ。

 妻の死をきっかけに、おれは無理して働くことをやめて小説投稿と家事とブログによる

自作の喧伝だけをやっている。

 社会的立場のないことを人に責められる。一見、健康そうに見えるからだ。

 そんなこともあって、おれは悉く人と距離を置くようにしたが、この山下だけは、どう

ブロックしても家にやってくる。

 

 おれは、『ヨハネの黙示録』の裏情報を知ってしまった。

 

 残念ながら、自分が生き残るのかどうかは文書では分からない。

『ヨハネの黙示録』については、皇帝ネロの暗殺とイスラエルの復興で全てその書かれて

いることが終わっているという解釈もあるが、人類全てが最後の審判を受けて信仰のない

者は滅ぼされ、尚かつ信仰のあった義なる人々が全てこの地上に蘇って地上天国が出現す

るという未来のことを預言しているという解釈もあり、後者の方が一般的解釈だ。

 

 一番問題なのは、この文書を破棄すべきか、誰かに伝えるべきか、保存だけしておくべ

きかであった。

 破棄でもよいのだが。

 誰かに伝えても多分、誰も信用しないだろう。だからそれはやめた。

 保存はしたいのだが、紙で残すのはよくない。

 

 コンピューターで残す。

 ストレージ・サービスに?

 否、ストレージはパスワードを推測されでもしたら簡単に入り込まれる。

 

 となると、フロッピーか。

 しかし、フロッピーは劣化しやすい。

 ハードディスクしかない。

 そこでおれは、一太郎でつくった文書にまずパスワードをかけた。

 そしてデスクトップ上に新しいフォルダをつくり、その中に一太郎文書を取り込ませた。

 さらに、そのフォルダ自体に半角16文字という長さのパスワードをかけ、タイトルを

「K」とした。

 それをマイドキュメントの中の『ショート・ショート』という作品群のフォルダの中の

『アニミズム』という作品と抱き合わせる形で新たに『アニミズム』というフォルダをつ

くった中に入れ、隠しファイルとして保存した。

 

 幸い、ウィンドウズXPはヒントになる語句での検索能力が弱いので誰にも探しだせな

いだろう。

 

 そして、あろうことか半月経った今、自分でも何というタイトルのフォルダに収納した

のか忘れてしまった。

 確か「ア」が頭についた筈だが、『アルファ』『アニニズム』『アニミネート』『アトラ

ンティス』『アニミズム』『アメーバー』と、やたらに「ア」で始まるフォルダが多い。

 どうやら韜晦性を高める為に、音の似たフォルダを、自分で多数つくってしまったよう

だ。

 

 思いだせない以上、検索も無理だ。

 ああ、隠しファイルにしていたのをさらに思いだした。

 こうなると、エクスプローラーで全ての文書をたぐっていくしかない。

 

 急がなくてはならない。

 確か最後の審判の日は来月だったような気がする。

 安全な土地の、緯度と経度が書かれているのだ。

 暗号コードと暗号表は迂闊にもショルダーバッグごと、ひったくりに盗られてしまった。

 

 ああ、やはり、おれは自分だけは助かりたいのだ。

 それは百歩譲って認めよう。

 時間がないのだ。

 貴方も手伝ってくれないだろうか。

 

 神はなぜおれだけに、こんな預言を示されたのだろう。

 おれにどうしろと仰有っているのだろう。

 その事について神に祈ったが、何度祈っても答えは返ってこなかった。

 

 おれには潤沢な貯金はないので、自分の口座に残っている三十万円だけをつかって約束

の地まで飛ぼうと思っている。

 その後、どうなるのかは分からない。

 ひょっとしたら、この預言の文書は、単なる偶然の産物かも知れない。

 それも分からない。

 

 山下が柿の種を全部食べてしまった。

「これも、ええこ?」

 とプロセスチーズを手にとる。

 おれはパソコンに向かって探索作業をつづける。

「おい、山下、お前も手伝えよ。お前にも関係あることなんだから」と、もし言ったとし

ても、どうせ理解できんだろう。

 

 山下はプロセスチーズを囓っている。

 今で四個目のチーズだ。

 

 雨が降っている。

 梅は咲いたが、桜はまだ咲かない。

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