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『ブラック・ブラック』 [自作原稿抜粋]

   ブラック・ブラック

 

 

「ちーい。もう終わりかいな…」

 筑間繁は、やけを起こし嘆言を吐く。

「先輩、鉛筆ラインになるのは、来年の3月ですよ」

 後輩の伊藤慎吾が周知ごとに敢えて念を押す。

 元、都庁だった新宿副都心に聳えるこのツインタワービルの一室が、残存する日本人の最後の

コロニーの中の筑間の城だった。

 狭い部屋で電気ストーブで暖を取り、二人は仕事上がりの酒を飲んでいた。筑間の旅行計画の

メモは、鉛筆の芯がなくなったので、汗を掻いた冷や酒の二つのグラスと一緒に書きかけのまま

卓机の上に載ったままだ。

 今年、温かい冬を越し、3月に入ったばかりの2149年だった。

「したいの~、慎吾」

 繁が、身体の奥に溜まった欲求不満を呟く。

「先輩、どっちにしても、今年の年末には、強制じゃないですか。ヨーコちゃんでいいじゃない

ですか。」

 慎吾の言うのは、政府の敷いた強制結婚法の事だ。

 2007年頃が境界地点だったと聞いている。

 今や日本には、老若男女併せて、政府の公表では80人しか居ない。 

 一五〇年前、若者は働かなくなり、neetと呼ばれる仕事をしない大人が加速度的に増大した。

その彼らの親達が貯金なり資産なりを持っている内は、そして、そういう彼らはまだよかった。

女達は、プライドを持ち(良い意味でも悪い意味でも)、シングルライフを満喫する様になり、

男達を鼻であしらった。結婚やセックスを格好の悪い出来事とする風潮も手伝って、勿論、経済

基盤を持たぬneet世代の子供は極端に少なくなった。

 一方、高齢化も進んだが、平均寿命は男79、女87をピークに縮小し始め、今では男55、女63だ。

 化学物質を摂取し過ぎた為、成人病の発症の低年齢化が進んでいた。

 その上、廃墟と化した元住宅から発生する新種の感染症の流行で、幼い子供や免疫力の弱い老

人たちは、命を落とした。

 それに、以前からの交通事故は相変わらずの死者数だったが、自殺者は、加速度的に年々増え、

2030年以降は、毎年50万人が自殺した。

 縊死が圧倒的に多かった。インターネットを通して座態のまま首を吊るのが楽な方法だと喧伝

された。一気に息を止めてしまう必要はなく、動脈の血流を止めて、脳から死んでゆけばいいの

である。この方法だと先に意識がなくなるので苦痛は少ない。

 医療器具も、よく盗まれた。

 点滴パイプから血をパスカルの定理に則って外に放出してゆくのが一番、楽な自殺方法だと、

腹内臓器破裂事故経験者の高名な作家がテレビで言明したからだ。

 筑間の車には、もう20㍑位しかガソリンがない。それどころか、この国には、もうガソリンの

備蓄は0に等しかった。

 日本は、見捨てられた。

 貿易を断たれた。尤も、この少人数の極少生産国家で、貿易等もう無理だろう。

 政府の公証で80人だから、それ以上は居るんだろうが……、

 あれが政府と呼べるだろうか……? 東京のテレビ局に僅か10人が集まって会議をするだけで

ある。

 政府は、放送局も兼ねている。

 政府は、放送局とも呼ばれている。

 独身者は18才になった時点で政府の奨めるリストの中の一人と一年以内に結婚しなければなら

ない。

 筑間は、去年妻が自殺した。

 どうして、自殺したがる人が増えたのか…。生存意欲旺盛な筑間には解らなかった。

 やもめになった場合も、リストの中の一人と一年以内に結婚しなければならない。

 働かない人は結婚しなくてもいいのだが、そんな人は居ない。

 真ともに月収の無い人は、この社会から見離されてしまう。

 健康状態の悪い人は、勿論、社会保障制度は有るのだが……、病院といっても、医師はたった

二人で、外科手術の成功率は5、6%だ。多分、入院したら終わりだ。

 前世紀に大分騒がれた温暖化対策の京都議定書の案も、今では、何の必要もなくなってしまっ

た。日本では。

 今の日本の2005年時に比した二酸化炭素削減率は、何と98%だ。

 アメリカやヨーロッパは、それなりの前世紀のままの人口を保持している。多分、彼らはセッ

クスが好きなのか……? 一方、文明の追いついた中国は、ピークの4分の1の人口になった。

アジア各国は、日本以外皆、ピークの半分以下の人口だ。

 それでも、まだいい。

 日本だけが緊急事態。

 とにかく日本の今、80人という人口では、二酸化炭素も畳の上の一匹のシラミ程度にしか出な

くなった。その上、なぜか外国人の流入が全くない。

 東京に住んでいるが、街は廃墟のようだ。

 電力を使う人が少ないので殆どのビルは死んでいる。発電は、この新宿副都心に建てられた20
基の風車だけで充分な量を賄っている。

 人口が減り始めた頃から、人々は東京へ集まりかけた。

 やはり、人肌恋しいという、人の情だろうか。

 他の県には今は、多分、一人も居ない筈だ。

 資源のない金もない今の日本には、外国も侵略さえしてこないのだ。

「あー、20年前のあのパッケージングされたウィスキーが飲みたいな…」

 筑間は、また呟いた。

 当然、多く見積もって一〇〇人が居たとして、……それだけの人数では、それぞれの製品の専

用工場は維持出来ない。殆どの男女は、漁業をやり、東京湾で獲った魚を食べる。

 缶詰なんてない。

 缶詰工場がないもの。

 養鶏も牧畜も行われず、多分、田舎に行ったら、まだ牛や馬は野生化して居るのだろうが……。

 杉並区の畑に何人かが農作をしている。

 野菜と魚が主流の超健康食。

 本とか電化製品とかの新しい物を見た事がない。

 そんな風だから、新製品のラッピングを剥がすという、あの晴れやかな気分というのを、筑間

も伊藤も、もう20年近く味わった事がなかった。

 食料の次の生活必需品は、一月に10日、江東区に、ここだけ未だ稼働している工場で、毎月違

う物を、働く者全員が集まって、ラインを換えて作るのだった。

 今月は、靴を作る事になっている。

 そして、月のうち2日だけは、全員でトイレットペーパーを作る。トイレットペーパーは、食

料のすぐ次の必需品なのだ。いつの時代も人類は肛門だけは拭き続ける。

 という訳で、新しい鉛筆には、来年の3月までは巡り会えないのであった。

 嗜好品は、法改正で家庭でも創って良い事になった。企業がないのだから仕方がない。嗜好品

が切れると人々の憤懣が爆発し兼ねない。

 杉並区で穫れた煙草の葉の配給があり、家でそれを古本の紙で巻く。元、人が住んでいた民家

の廃墟には、前世紀の遺物の古本が幾らでもあるのだ。

 酒の造り方は、放送局が教えて繰れたが、筑間には変な味の日本酒しか創れなかった。

 人口激減の過程で死体の火葬と生ゴミの焼却だけは、順次追いついていた。こんな状況で国内

旅行に行った処で、行った先には旅館さえない。

 筑間は、あらゆる思惑を一通り巡らせた後で呟いた。

「あーあ、お前はいいよな。奥さんが居て、しかも奥さんの方が原因で子供は出来ないんだから

……」

「先輩、俺も困ってるんですよ。ウチの美奈に子が出来ないんで、二重結婚しろって、先月勧告

を受けたんですよ」

 少子化、人口減少に苦しむ放送局は、ケースによっては重婚も認めていた。

 伊藤は続ける。

「ヨーコちゃんでいいじゃないですか」

 筑間に向けられた第一候補は、斉藤洋子だった。

 伊藤に向けられた第一候補も斉藤洋子だった。

 しかし、ヨーコは筑間が見ても、伊藤が見ても、魅力的ではなかった。39歳、子供を二人産ん

で夫に先立たれた生活疲れを纏ったヨーコ。

 そして、独身の18才以上の女性は、あと一人しか居なかった。 鈴木あけみだ。

 でも、それは……。

「俺は、鈴木あけみにするわ」

 伊藤は唖然として一瞬言葉を失いかけた。

「先輩、分かってるんでしょう?……」

「ああ、勿論」

 鈴木あけみとは、アンドロイドである。

 政府は、子供を創る機能に問題がある男達には、結婚を許さないという法律を創り、そうした

男達の欲求の対処の為、政府が秘密裏に製造・開発した、娼婦型アンドロイドが彼女だった。鈴

木あけみは、一体きりだ。見かけは若いが、もう60は過ぎているだろう。多分、何万人の精子が

未成熟の男たちと関係を持った事だろう。太陽電池で動く。人工知能を備えている。自動的にス

ピンドル油を注油する彼女の耐久年数は500年。前世紀の粋を集めた工作技術で、人工知能の

コンピュータ部の頭の芯と、可変動式の機械骨格を取り巻く人造脂肪、及び人造皮膚は、人間と

全く変わらない。20世紀に活躍した日本のバレーボール選手が体躯のモデルで、顔は、21世紀初

頭に爆発的ヒットを飛ばしたアメリカの歌手をなぞらえてある。人工知能は進化していて、自ら

家事全般をこなす。恋愛感情に似た言動も起こす。本当に惚れて繰れる訳ではないが、その反応

は充分男をその気にさせる程だ。

 勿論、表向きにはその事実は伏せられていたが、一般の人々は、どこからかの風評によって全

てを知っていた。

 少人口化が進んで、今や働ける青年・壮年の内にそうした独身の者は一人も居ない。

「何で、政府は、鈴木あけみなんてリストアップしたんでしょう?」

「決まってるじゃないか…。もう男にあてがう生身の女が居ないからだよ」

 筑間は、短い鉛筆を部屋の隅に放り投げ、自家製の日本酒を呷った。

 子供が居なくなり、居ない子供からは孫は生まれては来ない。

 日本は、楔を打つのに遅れ過ぎたのだった。 やがて健康な人間は居なくなる。

 環境ホルモンの影響を受けた末端の男女が残る。精子の未成熟な男性には、生身の女性は人口

問題だけに限れば、要らなくなる。

 最後の男がアンドロイドと交わる。

 やがて、鈴木あけみだけになる。

 老いない彼女は、後の四百数年を残されて寂しく生きる。

 その後は……?

 


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