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『セッションドラマー』 [自作原稿抜粋]

   セッション・ドラマー

 

 煌々と照るステージライトの中の逆光のシルエットになった竜司が、黙って後ろ向きに俺のカ

ウントを待っている。

 

 さち子! いよいよ始まるんだぞ。

 俺は、胸の中で呟く。

 

 高校を卒業するか否かの時期に、俺は、生涯で二つ目のバンド、キックスジョップリンに入っ

た。

 長浜が言う。

「東條君はね。パワーは有るわ・・・。だけどフュージョンのテクニックはまだ弱いなあ。とり

あえず、スクエアでも構へんか、スクエアからコピーしよう」

 俺は、二回目の面接で、そのバンドに合格した。

 カシオペアの朝焼けが課題曲だったのに、俺としては上手くやれたつもりなのに。それも、ア

イズ オブ マインドというアルバムの方からコピーしたから、刻む音は入れてなかった。

 カシオペア当人もパーカッショニストは使わないで、カウベルにしろバスドラムにしろ、神保

さん本人が刻みの音は同時に演奏する。 その当時、俺は、カウベルは多重録音だと思っていた。

 

 三回のステージをキックスジョップリンと共にして、それから曲数を増やすことになった。

 サザンオールスターズの気分しだいで責めないで、洋楽のWe are all alone、スクエアのハワイ

へ行きたい、Love still burning、までは既にやり、それから、Get away等の曲を増やすことにな

った。

 

 長浜は、ちくちく物を言った。

 東條君は、なんでリズム練習、こうして音が大きく出されへん家の時でもスティックだけしか

持って来えへんの?

 ブロックは、ウチに有るねんから、フットペダルだけでも持って来えへんかな・・・。

 なんか、遣る気が感じられへん。

 長浜自身は、ギターは下手ではない。

 かといって、フュージョンでプレーするには凄いという処まではいかない。

 他のメンバーは上手かった。

 でも、彼らは、違う処は違うと。もっと、こう叩いて欲しい時は、そう言った。注意と指示だ

けだった。

 

 長浜は、彼自身の内面が、決して明るくはない。無理して自分を弾けさせて、から元気の明る

さを醸し出していた。

 それさえも見抜けない連中が長浜の周りには60%居た。

「東條君。君、まず、その性格を変えなあ・・・。まあ一遍に変えんのは難しいやろうから、一

寸づつでも変えて行かなあ。叩き方に出るわ」

 俺は、こいつ金槌でどついてもたろか、と思った。

 性格は、今までの自分の周りの環境で変化して来てるねん。

 それに、元々の俺の性格なんか、暗いどころか、スーパーマンやったのに。

 それに、演奏者としてキックスジョップリンに迎えられたんと違うんか?

 俺の換わりに俺ほど叩ける奴を呼んで来い阿呆、と俺は思ってバンドを辞めた。

 

 それから地元の伊田っていう奴と、そいつはオリジナルを沢山書いていたので(実際にはテー

プに録音していた。書いているのはコードだけ)、そいつと一回ステージに出た。

 その途中で、俺は生業の仕事に嫌気が差してきたのが半分で、後半分はプロのドラマーになり

たいのに田舎に居てもアカンわと思って東京へ家出した。

 大阪のヤマハの講師や、神戸のキャバレーへ雇ってくれへんかと言って行ったけどあかんかっ

た。

 東京へ出て新品のバイクを名古屋で売った金と、その時の持ち金足しても25万くらいしか持

ってなかったから、新幹線で偶々隣りに座った広告代理店してるっていう伯父さんに、友達作る

んだったら渋谷がいいって言われたのを、そのまま実行してエピキュラスっていうスタジオの、

下の喫茶店で関西からバンドマンに成るつもりで出てきた奴らと話し合うて、そんだけしか今な

いんやったら、蕎麦屋の出前持ちに入るしかないいうて言われた。

 その内の一人の家に一泊、泊めてもろうて、次の日、仕事捜しに面接に二件行った。

 俺は、不眠症があるから、出前持ちは出来ぇへんと思とった。

 そいつは、俺が面接に出る時に、俺の持ってたトランペットが行動の邪魔になるやろから置い

ていけ言うた。

(そんなもん、奴も俺も、誰も出来るもんか? おれへん。東京に出て来とるねや。定価が20

万もするトランペットを置いていったら、そいつに売られてしまうかもしれへん。)と、俺は、

考えてずっと持って歩いた。

 有線放送の面接受けたけど、本当は、プロのドラマーに成りたいから、腰掛け的に仕事がした

いと、俺は、馬鹿正直に言うた。

 その当時、俺は、スタジオで練習でもええから叩く時間を持ちたかった。

 仕事先を自分から断って、昨日泊まったそいつの家に戻ろうと思ったけど、いくら歩いても道

が思い出せへんかった。

 

 関東馬鹿のええかっこし~のすました様な男女ばっかりから、同じ道をぐるぐる歩いとると、

「また、アイツ・・・」言うて見下す様な目で見られた。

 

 それから東京では、新聞屋と圧延所の派遣社員の仕事づくめの2ヶ月を送っただけで、結局、

元々、所属しとった宗教の寮に入れてもろうて、ちゅうか誘われて、せやけど寮に入ったら、初

めの話しとは違うてアルバイトやバンド目指した仮の仕事はいかんて決めつける女の人がおっ

て、その前島っていうんやけど。それで八方塞がりになった。

 俺は、結局、地元に運賃着払いで帰った。

 人の考えも抱負も無視して、こう生きなさいと抱え込むことが、いかにもその人を正している、

逞しく成長させてるとでも思っているのか? それだったら、初めから、寮に入る場合はこんな

生き方に制限してもらう事になる位の事、口があるのに言えよ!!

 

 地元に戻って来てから、もうツテも金も無い俺は、都会に留まることも出来なかったし、もう

一生、プロドラマーには成れないという事を受け入れた。

 

 中学のブラスバンドの先輩のコネでアマチュアのジャズトリオ組んで、地元の別の先輩とブル

ースのバンドやったり、ドラマーだけがおれへんた、まだ有名になる前のデビル沢田とも、スト

ーンズのコピーをやったりした。

 ジャズのトリオでは、二つの喫茶店で計三回ライブやって、その時初めて、五千円やら六千円

のギャラを貰った。

 嬉しかった。

 喰うのがぎりぎりでもええから、こうやってギャラだけで生活したかった。

 

「東條君は、どんなドラマーに成りたいの。誰を目指しとんの・・・?」

 長浜が言う。

 そんなんあれへん、誰も全部追い越して頂点に立つつもりやったから。

「将来は、どんなドラマーに成りたいの?」

 長浜が言う。

「僕は、セッションドラマーに成りたいんです」

「言うてる意味が、ようわからへんなあ」

 と長浜が言う。

 今の俺なら、その勘違いも分かる。

 プロのステージでセッションとして参加するドラマーは、自分は別に普段は、バンドを持って

いるか、スタジオでレコーディングの仕事をしているのだ。

 そうそう全国津々浦々、当たり散らして、誰彼構わずミュージシャンのステージに今回だけ参

加、という事は出来ないのだ。それをやるには、毎回綿密なリハーサルが要る。そして、ばらば

らのミュージシャンの所へ次から次へとは、どう考えても無理なのだ。

 それに、ドラムは、時刻の一点を刻む楽器だから、複数となると、余程息が合っていないと折

角の打音がバラけて鈍ってしまう。

 俺は、ある先輩と東原力哉のライブハウスでのライブに行った時、MCで力哉自身がドラムの

セミナーをやった話しをしていて、その受講生100人を集めて或る所でルーディメントを一斉

に演奏したそうだ。

 東原力哉さんは、もの凄く楽しそうで喜んでその話しをしていた。凄い迫力だとか何とか。

 阿呆か?

 否、東原さんの事を言ってるんじゃなしに100人もドラマーが寄ってドラムを叩くという1

00分の一秒単位のリズムを刻むという事をやったら、たいそうバラけた音が聞こえてくるだけ

で騒音だろう。

 たとえば、カウントを一人が出して、それに続くビートが頭の中か内臓で皆が100分の1の

ズレもなしに叩けるか? 人間なのに。クラック音と同時に演奏するならまだしも。

 

 デビル沢田は、俺を首にした。

 多分、俺が打ち上げに大分遅れて行ったせいも有るだろう。

 東條さんは、フュージョン畑なんで、ストーンズののりの叩き方じゃないんでって彼は言った。

 確かにその通りだった。

 前乗り後乗りも、当時知らなかった俺は、ローリングストーンズのドラムの叩き方は、譜面に

採っても表しきれない処が有ったし、そういう部分はドラマーが下手なんだと思ってた。だから、

そういう処のコピーは態と下手に叩いた。

 

 荻野っていう同じ中学のブラスバンド(俺もだが)上がりの先輩が居て、社会人になったらそ

いつもドラムをやりかけた。木村っていう同じトロンボーンを吹いていた先輩もだ。

 でも、その荻野先輩のドラムは上手くない。少なくとも、或る時期までは・・・。

 俺とキックスジョップリンの元ドラマーの先輩は、陰で嗤っていた。

 タイムキープとか、譜面通りとか、そんな事は、出来ていたと思う。但し、一音一音のショッ

ト音が粘つくのだ。

 まるで、餅をついている様だった。

 俺達の陰口は、いつのまにか本人の耳に入った。

 自己認識しようと思うよりも、やっぱり人間は、先に逆切れしてしまうのか?

 荻野君は、荻野君から見た先輩の北条さんには、今まで通り接した。しかし、俺には口を利か

なくなった。

 ある日、偶然、一緒になった中華料理店で、彼は、現在進行中の恋人と会っていた。

 俺と荻野君の席は距離こそ離れているものの目がばっちり光軸のように合う対面する恰好だ。

しかし、彼は、その光軸をたった2、3度だけずらして、絶対に俺とは目を合わさなかった。

 俺が左から彼の目線に合わせようとすると、対面して右へ2度、右から合わせようとすると対

面して左へ2度、二本のレールの二律背反のように彼は、俺を無視した。

 彼には、そっくりの兄弟が居ると聞いた事がある。

 しかし、相手が全く俺の事を知らない兄弟なら、こっちが見た時にわざとと視線を2度ずらし

たりする必要もないだろう。

 屑が!

 と、俺は、思った。

 荻野君のドラムは、今でも俺よりは落ちる。

 

 それから、俺は、普段の生活に埋没してドラムは殆ど叩かない日が続いた。

 

 俺が考えたメロディーが、或る番組に取り上げられて完成品になった。

 テレビ・ロケを同行したタレントはケンケンバリバリの偉ぶりようだった。

 アシスタントディレクターに対してだから、業界ではそんなもんなんだろうと後で解った。

 詩を提供してくれた、かの有名な作詞家は、俺が挨拶しても一言も口を開かなかった。

 TVカメラが回ると普通に話してくる。

 止まると、まるで別人だ。

 俺は、こんな空怠らない世界に行こうとしてたのか、とその時は思った。

 

 それから私生活でも色々有って、人前で演奏する舞台度胸も無くなってしまった。

 去年、結婚し、去年、妻が死んだ。

 妻のさち子が、その年の祭りに俺と一緒にアマチュアバンドの演奏を見に行って、「東條君、

飛び入りでええから叩きんか?」って、しきりに俺を煽って持ち上げてた。

 

 そして今年、八月十五日。

 2ヶ月前に楽器屋のガラスに募集したメンバーと、俺は、噴水の前のステージに居る。

 自前のヤマハの9000シリーズの6点セットのドラム。

 さて、十ウン年振りにどんな演奏になる事やら。

 4分の4の内の3カウントの後、4拍目の裏の喰ったポイントに俺の24インチのバスドラム

と右手のサイドシンバルへのクラッシュショットが、さち子を弔うかのように大きな唸りを挙げ

た。

 大丈夫だ。

 今でも健在だ、と俺は思った。

 

 4曲が終わって、祭りの客に混じって、ホットドッグの屋台の前で、俺達は、軽い打ち上げの

ような紙コップのビールでの乾杯をやった。

「東條さん。奥さん、喜んではりますよ」

 昨日、今日会った様なお前に何が解るねん?と、俺は、頭の中で照れ隠しにキザっぽく悪態を

ついたが、竜司の言葉は、本当は嬉しかった。

「東條。また叩かんかい」

 と、数年振りな北条さんが俺の肩を後ろから叩いて言って来た。

「おーい」と誰かが背中で言う。

 荻野君だった。

「・・・・」

「久しぶりに御前のドラム聴いたけど、やっぱり、御前、上手いわァ」

 俺は、蟠りを捨てて、荻野さんの為のビールを買い、彼とも乾杯した。

 その内に、俺達のバンド、ドッペルゲンガーⅡの集まりか何か解らない位に、ホットドッグ屋

の前は地元の昔の対抗してたバンドのドラマー達が数人加わって、複合組織体の打ち上げ会場み

たいになった。

 皆が意気盛んだった頃は、ドラマー同士が集まると腹にプライドを隠した、ここまでだったら

教えれる、でも、このテクニックだけは誰にも教えんとこうという自慢のし合い、手の内の見せ

合いになって心の中は、もやもやとどろどろが残ったままになったものだったが、今では、そん

なことは皆どうでもいい歳になった。

 去年、俺の嫁が死んだ事を知ってる奴も知らない奴も居て、昔、喧嘩別れしたバンドのメンバ

ー、それから、ずっと、お互いに口火を切ろうとしなくなっていた人達も居た。

 総ては、時の流れと共に、野心みたいなものも色褪せてどうでもいいと思える様になったとい

う事か。

 

 遠い地点に長浜さんの顔が見えて、それがだんだん俺の視野に大きくなってきて、彼の顔が俺

の顔の前に来た。

 長浜さんはニッコリ微笑んで言った。

「東條ちゃ~ん。プロになったら良かったのにな」

「いや~、どうしたら成れたんでしょうか・・・ははは」

 懐かしかった。がむしゃらに夢へ突っ走ったあの頃。

 俺は、もう41だ。

「プロに成るにはなあ・・・・まず、その性格を直さな・・・」

ーーードン! ドン!

 祭りの終わりを告げる花火の始まる音が、長浜さんの言葉の最後を消した。

 俺も長浜さんも花火の音には負けたけど、腹を抱えて笑いっ放しになった。

 祭りの舞台に立った歴代のドラマー達も皆、天国でも地上でも笑っていた。

 その年も、半分は過ぎた。

 夏は終わった。

  俺達の夏も終わった。

 


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