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東京家出の記ーーー12 [自作原稿抜粋]

 毎日は規則正しく流れた。


 朝に工場に出向き、昼に寮生に用意された弁当を食べる。

 五十代くらいの食堂のオバチャンは愛想がよかった。
 

 お茶は、四リットルのやかんから自分で汲んで飲む。

 夕方5時。遅くとも6時には仕事を上がれる。

 仕事を上がれば、○○製鋼の敷地内にある風呂に浸かることができる。

 僕は、そんな暮らしのなかで、週に一度は、池袋に出るようになった。

 渋谷のエピキュラスというスタジオにも一人で行って、練習をした。

 その当時では、フュージョンを叩くドラマーというのが珍しかったので、スタジオの窓から覗い

ている別のバンドの人もいた。

 池袋に何度か行った。

 或るとき、夕方から深夜になりかけている駅前で、広島の原爆被害者に折り鶴を届けようとい

う主旨の行動をしているボランティアのブースに寄った。

 僕には、ポリシーがあった。

「お宅ら、普段は何しとっての?」

「被爆者に折り鶴を届けるのは、わるい事じゃない。けれども、もっと実際的な援助をするのが

普通じゃないんだろうか。お辛かったですね、と、慰める折り鶴を贈るよりも、自分で働いた金

を、使って下さい、と差し出すくらいでなかったら、意味がないように思うけどな」

 と、僕は、そのメンバーに対して語った。

「仕事は、してます。写植の仕事です」

 と、ボランティアの方は仰有ったが、道行く人に声をかけて、折り鶴を折ってもらって被爆者に

届けるぐらいのことが有意義だとは、僕には思えなかった。

 その一部始終を見ていた、練馬区在住の若者が、僕に、

「面白いねぇ」

 と、声をかけてきた。

 相手は、二人連れだった。

 B君とP君である。

「一緒に飲もうか」

 と、B君に誘われて、僕たちは行動をともにした。

 B君とP君とは友達になった。

 二人とも、1963年生まれの同級生だった。

「おれ、Bです。脚本家を目指してるんだ。市場のアルバイトをしてる」

 つづいて、P君は、

「おれは、普通に仕事行ってるよ。フォークリフトの会社(メーカー)に行ってる」 と言った。

「○○(山雨のことです)、なかなか面白い奴だな、お前は。それに、着てるものもそんなにわるく

ないよ。今度、一緒にナンパに行こう。○○、一番いい服を着てこいよな」

 僕が、音楽でのデビューを目指していると言うと、

「そうか、おれも、そのバンドとかに、交ざってみたいなぁ」

 と、B君は言った。

 飲み屋(居酒屋風の洋風の店)では、マイケル・ジャクソンのスリラーのプロモーション・ビデオ

が流れていて、僕は、ちょっとまえに見たホラー映画の『死霊のはらわた』を連想してしまい、調

子がわるくなった。

 トイレに行くと、こいつ隙があるな、と思ったのだろう、見ず知らずの同年代の男が盛んに喧嘩

を売ってきた。

「お前に言ってんだよー! 聞こえねえのかよー!」

 と、絡んできたが、僕は、相手の顔をじっと見つづけて、相手が莫迦らしいと感じて、喧嘩にな

らずに済んだ。

 B君の提案で、僕が、隣の見知らぬ女二人づれに声をかけた。

 男女五人で、楽しい酒を飲んだ。

「いいか、○○。ナンパは、失敗するのが当たり前なんだよ。だけど、100人、声かけて、それで

諦めてしまっても、実は101人目に、成功するかもしんない。これ、ジゴロの××の言葉だよ。そ

ういうもんだよ」

 B君は、そう言って、僕を励ました。

 やっと、仕事以外のバンドの動きにはいれそうな予感がしていた。

 僕は、まだ若かった。

 馬の目を抜く東京でも、目標があるから、誰も怖くはなかった。


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